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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2022号 判決 1953年2月24日

控訴人(原告) 鈴木炭砿株式会社

被控訴人(被告) 日立労働基準監督署

被控訴人(被告) 茨城労働基準局保険審査官

主文

原判決を取り消す。

被控訴人日立労働基準監督署が控訴人鈴木炭礦株式会社に対し労働者災害補償保険法第十九条により昭和二十四年六月三十日の落盤事故に因る罹災者安島次男に対する休業補償を除く他の全額の給付制限及び罹災者竹田久の遺族補償の五割制限をなした昭和二十四年八月十六日附決定並びに被控訴人茨城労働基準局保険審査官が右決定に対する控訴会社の異議申立を棄却した、昭和二十四年十二月七日附審査決定はいずれもこれを取り消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張はすべて原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(証拠省略)

理由

被控訴人等の本案前の抗弁の理由なきことは原審判定の通りであるから原判決理由中この点に関する記載をここに引用する。

よつて進んで本案について判断する。

控訴会社が多賀郡華川村地内において石炭採掘事業を経営しているものであること、昭和二十四年六月三十日控訴会社炭坑の第一斜坑第八坑道で谷に中切第四切羽(四昇り)と称する採炭場所に交替番として入坑した二番方竹田久、安島次男の両名が廃止切羽であつた第三切羽(三昇り)に入つて採炭作業をなしたため、落盤により竹田は死亡し、安島は負傷するという事故が発生したこと、そこで被控訴人日立労働基準監督署は右事故は労働災害補償保険法所定の保険事故であり、しかも右は保険加入者である控訴会社の重大過失によつて発生させたものであるとして同法第十九条を適用して竹田久死亡に対する遺族補償の五割と安島次男負傷に対する障害補償の全額(休業補償費を除く)につき保険給付をなさないと決定して昭和二十四年八月十六日附日監収第一九四八号を以て通知したので控訴会社は同年十月十五日被告茨城労働基準局保険審査官に審査請求をしたが同被控訴人は右審査請求を却下し原決定を維持する決定をしたこと、よつて更に茨城県労働者災害補償保険審査会に対し昭和二十五年五月十九日審査請求をしたところ同年十月三十一日附でこれを却下する旨の決定のあつたことは当事者間に争いない事実である。

そこで本件事故の発生が控訴会社の重大な過失に基因するか否かについて判断する。

(一)  被控訴人等は控訴会社の重大過失の具体的内容として第一に「凡そ炭坑の所謂切羽において採炭を中止し、これを廃坑とするときは炭礦経営者はこのことを関係従業員に対し一般に周知せしめるとともに、該箇所を板等で囲つて通行出来ぬようにするか、またはズリを多量に積んで廃坑であることを明示する等の処置をなすべき当然の義務あるにかかわらず控訴会社は第三切羽を廃坑としながら、右の処置を怠り関係従業員一般に周知せしめず殊に右事故発生当日初めて右切羽の隣の切羽である第四切羽に入坑すべきことを安島に命じたに拘らずこのことを同人に知らしめず右のように第三切羽と第四切羽との間に通行禁止の措置及び右箇所が危険区域であることを標示する方法を講じなかつた」と主張している。ところで右主張事実中本件事故を発生した第三切羽については控訴会社は事故発生前これを廃坑としたが同切羽が採炭禁止区域であることを標示するために柵や囲を設けなかつたことは控訴会社も認めて争わないところであるが、本件事故発生当時施行せられていた鉱山警察規則(昭和四年十二月商工省令第二十一号)第四十八条にも「不用ノ坑道又ハ坑内採掘跡ニハ柵囲其ノ他通行遮断ノ設備ヲ為スベシ」と規定しているので、禁示区域標示のためには必ずしも板等にて囲うことを要せず、通行遮断に適する他の設備にて足ること明らかである。而して成立に争いない乙第二号証(現場略図)原審並びに当審証人神永進光、渋谷幸衛、神永東、原審証人草野民郎、鈴木清の各供述を綜合すれば本件事故発生の箇所は控訴会社炭礦第一斜坑中切坑の第三切羽でその奥隣に第四切羽があり、第三切羽は本件事故発生の一週間前から廃坑とし採炭禁止区域に指定したので控訴会社は直ちにこれが標示として同炭礦所在村内において従来一般に採り来つた措置にならつて第三切羽に高さは前方か奥に行くに従つて高く一尺二、三寸から二尺五寸位に一面にズリを充填し(但し第三切羽と第四切羽の間は通風並びに通行のため人が通れる位の間にはズリはない)なお同所に山固めのため四尺おきに支柱七本を立て、以つて第三切羽が一見して採炭を禁止された廃坑であることを識別し得るよう処置を講じたこと、控訴会社としては斜坑とか片盤とかを廃止した場合には従業員に一般に知らせなければならぬが単なる切羽の場合はもともとその切羽に関係のない坑夫は立ち入らないことになつているのでその切羽廃止の場合はその関係坑夫にだけ知らせれば足りるのであつて必ずしも関係従業員に対し一般に周知せしめる必要がなかつたので一般周知の処置をなさなかつたこと及び事故当日第三切羽の隣の切羽である第四切羽に入坑するよう番割した際第三切羽が廃坑になつていることは同人に告げなかつたがそれはもともと坑夫は採炭禁止区域とそうでない区域とは指示されなくも、禁止区域には番割なく、またその場所には支柱が立つてあつたりズリが充填されてあつたりするから、一目して禁止区域であることが識別できる状態にあつたがためであることが認められ、原審証人安島次男、原審における被告代表者豊田与吉の各供述中右認定に副わない部分はたやすく信用し難く、その他には右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実によつて考えるに、控訴会社が本件第三切羽を廃坑にしたことを関係従業員に対し一般に周知せしめなかつたこと及び同切羽が廃坑の危険区域であることの標示として右認定の如き程度の方法を講じたのみであつて被控訴人等主張のような標示方法まではこれをしらなかつたことをもつて本件事故発生について同会社に重大な過失があるとは断じて難くまた、安島次男に番割をなした際隣の第三切羽が廃坑になつた旨を同人に告げなかつた点は控訴会社の過失とも見られるが、同人が割り当てられた切羽は第四切羽であり、その割り当てられた切羽以外で採炭作業に従事するなどと云うことは通常考えられないし、それに坑夫であれば本件第三切羽が採炭禁止区域の危険箇所であることは一目して識別し得られる状況にあつたのであるからこの点から考えれば、安島に対し特に告げなかつたとしてもそれが著しく注意を用いなかつたとは認められないから重大な過失であるとはなし難い。また三切羽と第四切羽との間を通行し得るようにして置いたことも通風や山固めをする支柱夫の通行のため必要であつたものと考えられるので右両切羽間を全然通行を禁止する措置を講じなかつたとしても、これまた重大な過失であるとは云い難い。

(二)  次に被控訴人等は控訴会社の坑内管理不十分の点を指摘しているが原審証人神永進光、原審並びに当審証人草野民郎、渋谷幸衛、大西義信の各供述を綜合すれば、事故発生当日の番割は第四切羽に対し午前六時から午後二時までの一番方としてサキヤマ大西義信、アトヤマ渋谷幸衛、午後二時から同十時までの二番方としてサキヤマ竹田久、アトヤマ安島次男を番割したもので、交替時間が来た時一番方の現場係鈴木卯之助が二番方現場係草野民郎に向い「一番方はあと、トロを一函積むだけだから入つても差支えない」と申したので交替は採炭の現場交替ということになつていたため右草野は竹田、安島の両名に入坑を命じ同人等は午後二時を二、三十分過ぎた頃命ぜられた第四切羽の採炭場所に到つたところ、一番方はその時既に予定の四函分を掘り、あと十五分位で交替して二番方も直ぐに仕事に取りかかれる状態になつていたので、大西は竹田等に「自分等は長い時間仕事をする訳ではないんだからあんたらの仕事を始めてくれ」と申したが、竹田等は第四切羽で採炭を始めようとせず第三切羽の方に入つて行こうとしたので渋谷は同人等に「向うは山がうるさいから入らない方が良い」と注意した、ところが竹田は「向うからたたけばやわらかいから」といい、(竹田は第三切羽が廃坑となるまでは同切羽では仕事をしていたが廃坑となつたので第四切羽で一週間前から仕事をするようになつたもので、第三切羽の状況も熟知している)更に「今晩は早く上るんだから」と申して(同夜は宴会があるので短時間で割当函数をあげようとした)、渋谷等の注意をきかないで第三切羽に入り採炭を始めたもので、その際巡廻して来た支柱夫は渋谷からいわれて第三切羽になお二、三本の支柱を立てに行つたが竹田安島は第四切羽に戻ることなく、第三切羽で作業を続けていたため遂に落盤の災害に見舞われた事実が認められ、成立に争いなき乙第七号証(渋谷幸衛に対する第一回供述調書)の記載原審並びに当審証人安島次男、原審における被告署代表者豊田与吉の各供述中右認定に反する記載並びに供述部分はたやすく信用し難く、その他には右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実によつて考えれば一番方と二番方との交替は採炭の現場交替であるから、一番方が居残り作業中であるかどうかは、二番方は交替場所に赴けば判明することであるから、これを特に二番方に知らしめるには及ばないものというべく、また、巡廻の支柱夫が危険注意をしなかつたとしても、二番方のサキヤマは前認定の如く第三切羽の廃坑になつたことは先刻熟知の者であり、アトヤマ安島といえども坑夫として第三切羽が採炭禁止の危険区域である位のことは十分知つていたものと考えられるし一番方の大西、渋谷等において危険注意を与えたことは前認定の通りであるから、支柱夫が危険注意をしなかつたことは控訴会社が坑内管理について注意を怠つたものとは断定し難い。その他控訴会社の坑内管理について著しく注意を怠つたと認められる点は存しないから、坑内管理に重大な過失があつた如く主張する点は採用できない。更に被控訴人等は「控訴会社は採炭夫に対して採炭量増加を要望して賃金値下げにより収入減となることを採炭増加によつて補うように余儀なくすると共に殊に昭和二十四年五月末日頃第二斜坑に転属された安島に対し神永礦長は「掘れるところならどこでも掘つてくれ」といいために第一斜坑の保安炭柱すら採掘したことがあると主張しているのでこれを審按するに原審並びに当審証人神永進光、原審証人草野民郎、鈴木清の各供述と原審並びに当審証人吉田正の供述の一部とを綜合すれば控訴会社は石炭局からの割当量を従業員に指示し、出来る丈多く採炭するよう要望したことはあるが、掘り易い所なら保安炭柱廃止切羽等何所でも掘つて良いなどといつて割当量の貫徹を強制したことはなく、本件事故発生当時は石炭局の割当量が多いのに常磐炭田の磯原地区の炭礦では埋蔵量が少くなつて来たため、炭柱採炭をなす炭礦も出て来た際とて会社不知の間に昭和二十四年四月頃本線の保安炭柱が掘られたのでこれを知つた当時の控訴会社社長の鈴木清は早速神永礦長に注意しその後は保安炭柱の採炭は全然していないこと、及びその頃山神祭の行われた際神永進光礦長が採炭従業員等に対し石炭局の割当量千二百噸の採炭を要望したが却つて従業員等から、それは無理だとて抗議を受けたに止まる事実が認められ原審並びに当審証人安島次男、吉田正の各供述中右認定に副わない部分はたやすく信用し難くその他には右認定を左右するに足る証拠はない。思うに埋蔵量の少ない炭礦に割当が多量に来た場合に如何にしてこれを達成するかについては会社も従業員も共に苦慮するところで採炭に多少の無理をすることになるのも止むを得ないであろう。しかし保安炭柱は坑内従業員にとりては命の綱であるから、命を絶たれるほどの危険を生ずるような無謀な炭柱採炭を当時したとは考えられない。従つて控訴会社が割当量達成のため、従業員等に対し増炭を要望し従業員また増炭を欲するの余り保安炭柱から採掘した事実があつたとて、この点につき控訴会社が著しく注意を怠つたもの、即ち重大な過失があるものと判定することはできない。

以上の次第にして本件事故発生については控訴会社には労働者災害補償保険法第十九条に謂うような重大な過失はないのであるから、これありとして被控訴人日立労働基準監督署がなした前記決定並びにこれを支持した被控訴人茨城労働基準局保険審査官の前示審査決定はともに違法であるから、これが取消を免れないものである。

従つて右各決定の取消を求める控訴人の本件請求は正当であるからこれを認容すべく、右請求を排斥した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 小堀保 梅原松次郎 原増司)

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