東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2276号 判決
控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴却下の判決を求める、仮りに控訴が適法であるとすれば控訴棄却の判決を求めると述べた。
本案前の主張として被控訴代理人は、控訴人の本件控訴は弁護士太田実(後に辞任した)が控訴人の訴訟代理人としてしたものであるが、同弁護士の本件受任行為は弁護士法第二五条第一項第二号に違反するものであつて無効である、すなわち同弁護士はさきに本件係争物件の所有権確認に関し本件において被控訴人の代位する前所有者たる原ヒサの代理人であつてその後解任されたものであるのに、今また控訴人翁福生の代理人となつて同一係争物件について訴訟行為をするのは許されない、さらに同弁護士は本件の原審において控訴人翁福生を相手方とし原告鄭鴻章の代理人となつて所有権移転登記を請求し(原審昭和二十六年(ワ)第五三八号事件)、その係属中、被控訴人が原ヒサを代位して本件当事者参加をした後に、右鄭の訴を取下げたものであるが、原審において控訴人翁の敗訴判決を見るや今度は翁の代理人として本件控訴を提起したものであつて、これまた許されるべきものではない、よつて本件控訴は不適法として却下されるべきものであると述べ、控訴代理人において控訴人翁は太田弁護士から本件物件の所有権確認に関し原ヒサの代理人としてはなんらの請求も交渉も受けたことがない、また鄭鴻章の控訴人に対する本件第一審の請求と被控訴人の控訴人に対する本件請求とは別個の事件であり、原審判決前控訴人に対する請求を取下げた同弁護士は鄭の同意を得て控訴人の本件控訴を受任したものであり、控訴人は鄭鴻章との右事件が終了したので太田弁護士に委任して本件控訴をしたに過ぎない、従つて本件控訴はなんら違法ではないと述べた。
当裁判所は控訴の適否の判断を留保して本案の主張を促したところ、控訴代理人において被控訴人の主張事実中被控訴人がその主張の日時本件建物を原ヒサから買受けたことは知らない、控訴人が原ヒサの委任状を乱用して本件建物の所有権移転登記手続をしたとの事実は否認する、控訴人は昭和二十四年七月十四日原ヒサから本件建物を代金八十五万円で買受け所有権を取得し、翌十五日その移転登記を経由したものである、ただ右代金の支払をしないのは当時本件建物は空家と思つていたのに実は居住者が三組もいるので右原がこれらの居住者を立退かせるまでその支払を拒んでいるに過ぎない、本件における控訴人の主張が時機におくれた防禦方法であることは否認する、右主張の内容はすでに控訴人の控訴状にも記載されていて被控訴人としては十分攻撃の準備をする機会があつたものであり、その後当事者双方の差支え、裁判所外の示談交渉、訴訟代理権の否認その他の事情で昭和二十八年三月十六日迄陳述する機会がなかつたのはやむを得なかつたことであり、控訴人において故意に事実を否認して訴訟遅延をはかつているものではない、なお被控訴人主張の詐欺による取消の意思表示のあつた事実、売買契約が錯誤にもとずくとの事実はいずれも否認すると述べ、被控訴代理人において、控訴人が当審にいたつて被控訴人の主張事実を不知又は否認をもつて争いかつ本件家屋は控訴人において買受けたとの事実を主張するのは時機におくれた防禦方法の提出であり、控訴人は故意に訴訟遅延をはかつているものであるから民事訴訟法第一三九条により却下を求める、もし控訴人の右主張が許されるとすれば次のように主張する、仮りに控訴人主張のように原ヒサと控訴人との間に本件建物について売買契約があつたとしても右契約は控訴人の詐欺による意思表示にもとずくものであるから原ヒサの代理人神谷安民において登記の直後控訴人に対しその旨取消の意思表示をした、仮りに詐欺によるものでないとしても右売買契約は控訴人及び原ヒサ代理人神谷安民双方の錯誤にもとずくものであるから無効である、従つていずれにしても控訴人の登記は原ヒサのために抹消せられるべきものであると述べた。以上のほか被控訴人の本訴請求原因たる事実は原判決に事実として記載されたところと同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
まず被控訴人の本案前の主張について判断する。本件控訴が弁護士太田実を訴訟代理人として提起されたものであることは明らかで、成立に争いのない丙第九号証の一、二の記載に本件弁論の全趣旨をあわせれば、同弁護士はさきに本件係争の建物の所有者であつた原ヒサから控訴人翁福生に対する同建物についての登記抹消請求に関する事務を委任せられたが、その後右原から解任されたものであることを認めるに足りる。しかし本件訴訟は被控訴人から控訴人に対する請求であつて、被控訴人は右原ヒサに代位して右請求をするというにあるけれども、控訴人の相手方は被控訴人であつて原ヒサではないといわなければならないから、本件と同一の係争事件について弁護士がかつて原ヒサから依頼を受け、またその協議を受けたことがあるとの事実は、同弁護士が控訴人の委任によつて本件の訴訟事件につき職務を行うことを妨げるものではない。次に同弁護士は原審においてはじめ鄭鴻章の代理人として控訴人に対し本件家屋の所有権移転登記の請求をし(原審昭和二十六年(ワ)第五三八号)、被控訴人が当事者参加するに及んでその訴を取下げ、被控訴人も鄭鴻章に対する訴を取下げ、鄭鴻章は本件訴訟から離脱することとなつたが、原判決後同弁護士は今度は控訴人の代理人となつて本件控訴を提起したものであることは記録上明らかである。従つて右取下以後においては鄭鴻章は本件について控訴人翁福生の相手方ではなくなつたものといわなければならないから、同弁護士がかつて控訴人の相手方であつた鄭の代理人であつたことは、本件において控訴人の代理人として訴訟行為を行うことについて妨げとなるものではない。同弁護士のこのような控訴人からの受任行為は、弁護士の品位を保持し、社会の信頼を得る上において望ましくないことはこれを肯定しなければならないけれども、これをもつて弁護士法第二十五条各号のいずれにも違反するものとは認められないから、同人の訴訟行為をもつて無効とすることはできないのである。
よつて本案について判断する。控訴人が当審においてあらたに被控訴人の原審以来の主張を争うのは、本件訴訟の経過にかんがみその故意又は重大な過失により時機におくれた防禦方法を提出するものというに妨げないけれども、被控訴人としてはたまたま原審において控訴人不出頭のため立証をまたずして勝訴の判決を得たに止まり、当審において控訴人がこれを争う以上直ちにその主張事実を立証すれば足り、それがため特に訴訟の完結をおくらせるものとは認めがたい(当審において結果として訴訟の完結がおくれたのは、被控訴代理人による控訴代理人太田弁護士の代理権否認、公証人の認証する委任状の提出、太田代理人の辞任等の事情によるものであることは当裁判所に職務上顕著であつて、控訴人の右防禦方法の提出自体によるものとは認められない)。よつてこれを許すべきものである。当審における証人原ヒサの証言により成立を認め得る丙第六号証の一、二の記載に右証言及び当審における証人神谷安民の証言をあわせれば、被控訴人は昭和二十六年三月二十三日原ヒサから同人所有にかかる別紙目録<省略>記載の建物を代金五十万円で買受け所有権を取得したことを認めることができ、右建物につき昭和二十四年七月十五日東京法務局受付第五八二三号をもつて控訴人のため同月十四日附原ヒサから控訴人に対する売買による所有権移転登記がなされたことは控訴人の明らかに争わないところである。被控訴人は原ヒサは控訴人に右建物を売渡したことがないのに控訴人は原の委任状を乱用して右のような登記手続をしたものであるから、右登記は無効であると主張するのに対し、控訴人は昭和二十四年七月十四日原ヒサから右建物を代金八十五万円で買受け翌十五日その登記を経由したものであると主張する。成立に争いのない丙第八号証同第十号証の二の各記載に前記証人原ヒサ同神谷安民の各証言及び当審における控訴人本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)をあわせると、控訴人は昭和二十四年七月十四日原ヒサの代理人神谷安民との間で右建物を代金は八十五万円登記と同時に支払うこととして買受ける旨契約して、翌十五日その登記を経たものであることが明らかであり、右登記は控訴人が原ヒサの委任状を乱用してしたものであるとの事実はこれを認め得ない。
被控訴人は原ヒサと控訴人との右売買契約は控訴人の詐欺による意思表示であるから右登記の直後原ヒサの代理人神谷安民において控訴人に対し取消の意思表示をしたと主張するところ、前記証人原ヒサ、同神谷安民の各証言によれば、控訴人は前記売買代金は登記と同時に登記所で支払うと称しながら登記が済んでも代金を支払わず、渋谷に行つて支払うといつて右神谷を渋谷にともない、結局同人をまいて控訴人側の仲介人であつた訴外邱乾台をして登記済証を持逃げさせたので、右神谷は右売買は控訴人の詐欺にもとずくものとして即日控訴人に対し取消の意思表示をし、その後原及び神谷の陳情によるCID係員のあつせんで控訴人は原ヒサに対し右登記済証を返還したことを認めることができる。この事実によれば控訴人ははじめから売買代金を約旨にもとずき登記と同時に支払う意思がないのにその意思があるもののようによそおい原の代理人神谷安民をしてその旨誤信せしめて右売買契約を成立せしめたものと推認すべきものである。右認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果は信用できない。その他に右認定をくつかえすに足りる的確な証拠はない。しからば原ヒサと控訴人との右売買契約は有効に取り消されたものであることは明らかであり、右売買を原因とする前記登記は原ヒサのために抹消されるべきものである。
被控訴人は原ヒサに対し本件建物の所有権移転登記を請求し得べきところ、原が控訴人に対し現に前記登記の抹消を請求しないことは本件口頭弁論の全趣旨により明らかであるから、被控訴人は自己の移転登記請求権を保全するため、原ヒサに代位して控訴人に対し前記登記の抹消登記手続を請求し得るものというべきであり、これを求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。
しからばこれと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)