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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2281号 判決 1953年1月30日

控訴人 原告 倉田重太郎

訴訟代理人 栗原寧之助

被控訴人 被告 丹沢庸義 福井明

訴訟代理人 森本正久

主文

原判決を取消す。

被控訴人らは各自控訴人に対し金二十四万円及びこれに対する昭和二十三年八月五日から支払ずみにいたるまで年五分の金員を支払うべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

この判決は控訴人において被控訴人ら各自に対し各金五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、被控訴人丹沢は本件家屋につき所有者松山一郎に金二〇万円を支払えば同人からその所有権の移転を受け得る関係にあつたもので、同被控訴人はこの関係にもとずき控訴人との間に売買契約を結んだものであるから、約旨に従つて控訴人に本件家屋の所有権を取得させるべき義務があるのに、同被控訴人は控訴人から受取つた代金二七万円を自ら又は他人のために費消して所有者松山一郎には少しも支払をせず、その結果控訴人との本件売買契約を履行不能に帰せしめた、従つて同被控訴人は右履行不能によつて控訴人に生ぜしめた損害を賠償すべき義務がある、被控訴人福井は被控訴人丹沢の権限が右の如くであることを確めず、所有者は遠隔の地におりしかも被控訴人丹沢は売買委任によるものでないのに本件売買の履行が完全にできるものかどうかを確めず、漫然被控訴人丹沢を控訴人に紹介し自ら仲介して本件売買契約を結ばせたものであつて、控訴人が被控訴人丹沢の履行不能によつて損害を受けたのは、被控訴人福井の不動産売買仲介業者としての注意義務の欠缺によるものであると述べ、被控訴人ら代理人において右事実は否認する、本件のような事態に立ちいつたものはもつぱら控訴人が約旨に従つて代金の支払をしなかつたことによると述べた外、原判決に事実として記載されたところと同一であるから、ここにこれを引用する。

立証として、控訴代理人は当審における証人砂子伊右衛門、同倉田つる、同橋本太郎の各証言及び当審における被控訴人丹沢庸義本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、被控訴人ら代理人は当審における証人橋本太郎の証言を援用した外、当事者双方とも原判決の事実のらんに記載されたとおり、証拠の提出、援用、認否をしたから、ここに右記載を引用する。

理由

被控訴人福井が不動産売買仲介業を営むものであり、昭和二十三年三月中控訴人から家屋買受の依頼を受け、同年四月東京都目黒区原町一三五八番地所在の訴外松山一郎所有木造瓦葺平家一棟建坪二九坪五合を控訴人に紹介し、次で被控訴人丹沢を所有者松山一郎の代理人として控訴人に紹介したこと、同年四月五日控訴人と被控訴人丹沢との間に右家屋につき、代金五〇万円とし、即日手附金として金七万円、同月十五日内金一〇万円を支払い残額金三三万円は同月三十日所有権移転登記手続と同時に支払うこととする売買契約が成立したこと、控訴人が約旨に従い被控訴人丹沢に同月十五日までに手附金七万円、内金一〇万円、同月三十日さらに内金一〇万円合計金二七万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人丹沢は右金二七万円を受取つた後姿をくらまし右売買契約の履行をしない、同被控訴人は本件家屋売買につきなんら所有者松山一郎からその代理権を与えられたものではなく、たんに右松山に金二〇万円を支払えば右家屋の所有権を取得し得るという関係にすぎないのに、代理人の如く装つて控訴人をだまし売買名義の下に控訴人から金二七万円を騙取したものである、仮りにそうでないとしても本件売買契約の約旨に従つて控訴人に本件家屋の所有権を取得させるべき義務があるのに、右松山にはなんらの支払をせず、控訴人から受取つた金二七万円は自己又は他人のために費消し、右売買契約の履行を不能に帰せしめたものである、これによつて控訴人は右代金二七万円相当の損害をこうむつたから、被控訴人丹沢はこれを賠償する義務があると主張する。成立に争いのない甲第二号証、同第六号証の一、三、四、原審における証人松山きぬの証言により成立を認めるべき甲第四号証、同第五号証の一、二、当審における証人砂子伊右衛門の証言により成立を認めるべき甲第六号証の五、当審における被控訴人丹沢庸義本人尋問の結果により成立を認めるべき乙第一号証の各記載、原審における証人松山きぬ、同岩崎武、同山本多四郎、当審における証人砂子伊右衛門、同倉田つる、同橋本太郎の各証言、原審における控訴人、原審及び当審における被控訴人丹沢庸義(当審は第二回)各本人尋問の結果に、前記争いのない事実をあわせ考えると、本件家屋の所有者松山一郎は三重県に住み、右家屋には訴外岩崎武が賃借居住していたところ、被控訴人丹沢は右松山に家屋売却の意思あることを知り、同人に対し右家屋を自分の手で売らせてくれと交渉したが、松山は同被控訴人とは従来未知の間柄であり、かつ遠隔の地にいることでもあるので、直ちに同人を自己の代理人としてこれに売買を委任することはせず、同被控訴人が金二〇万円を現金で松山方へ持参するならば、それと引きかえに右家屋の所有権を同被控訴人に譲渡する旨を約し、従つて委任状、印鑑証明書等の書類は一切交付せず、たんに右約旨を記載した書面(乙第一号証、同証の成立に関する前記証人松山きぬ、同砂子伊右衛門の証言は信用しない)一通を与えたのみであつたが、被控訴人丹沢は一方居住者岩崎との間では同人に立退料として現金二〇万円を支払えば何時でも右家屋を明渡す旨を約束させ、以上の関係にもとずき被控訴人福井の仲介のもとに控訴人と本件売買契約を結び、前記のとおり代金の内金二七万円の支払を受け、残額は双方合意の上当初の期限を延期し同年五月五日に家屋の明渡及び所有権移転登記と同時に支払を受けることとしたものであること、しかるに被控訴人丹沢はその後所有者松山に対してはなんらの支払をせず、また居住者岩崎に対しても金七万円を支払つたのみで、その余の金員は自ら費消してしまつたので、所有者から家屋所有権の移転を受けることもできず、居住者を立退かせることもできなくなり、ついにその所在をくらますにいたつたこと、その後同年七月には所有者松山は訴外橋本某に依頼して本件家屋を第三者に売却してしまい、結局本件売買契約は履行不能に帰したものであることを認めることができる。被控訴人丹沢の本人尋問における供述中右認定とちがう部分は信用しない。被控訴人丹沢が本件家屋売買契約につき所有者松山から代理権を与えられたものではないのに、松山の代理人と称してこれにあたつた事実は前記各証拠によつてうかがい得るけれども、本件売買は他人の物の売買であつて、被控訴人丹沢としては松山との契約により自ら家屋所有権を取得した上これを控訴人に移転せしめるべきもので被控訴人丹沢としては右債務を負うとともに、これを完全に履行する限り、控訴人としてはこれによつても売買の目的を達するに十分であることが明らかであるから、被控訴人丹沢が松山の代理人と称したとの一事をとらえて同被控訴人が控訴人を欺罔して売買代金名義のもとに前記二七万円を騙取したとするのは相当でない。しかしながら被控訴人丹沢は自ら右債務を履行せず、結局これを履行不能に帰せしめたのであり、控訴人がその代金として支払つた金二七万円相当の損害をこうむつたことは自明であるから被控訴人丹沢はこれが賠償義務あることはもちろんである。被控訴人らは本件売買契約の履行が不能に帰したのは、控訴人が約旨にもとずく代金の支払をしなかつたためであると主張するけれども、当初の契約によつて昭和二十三年四月三十日残額の取引をすると定められたところは、その後当事者合意の上同日内金一〇万円を支払つて残額は同年五月五日に支払うこととしたことは前記のとおりであり、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、右五月五日には被控訴人丹沢はすでに逃走して取引の場所に出頭しなかつたことが明らかであるから、被控訴人らの右主張は失当である。

次に被控訴人福井に対する関係につき、控訴人は被控訴人福井は不動産売買仲介業者として控訴人の委託にもとずき事務を処理するにあたりその尽すべき注意義務を尽さなかつたものであるから、控訴人のこうむつた前記損害については同被控訴人にもその賠償の義務があると主張するのに対し、被控訴人福井は、同被控訴人としては控訴人に対して本件家屋と松山の代理人として被控訴人丹沢とを紹介したに止まり、売買契約の仲介をしたものではないから、控訴人が損害をこうむつたとしても賠償義務はないと主張する。前記甲第二号証成立に争のない甲第六号証の二、乙第三号証の一、二、原審における控訴人本人尋問の結果により成立を認める甲第一号証、原審における被控訴人福井本人尋問の結果により成立を認める乙第二号証の各記載、前記証人山本多四郎、同倉田つるの各証言、原審における控訴人、被控訴人両名各本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えれば、被控訴人福井は控訴人の委託にもとずき、控訴人に対して本件家屋を示し、所有者松山の代理人として被控訴人丹沢を紹介したのみでなく、売主側の売却条件の内容を呈示し、契約書には立会人として署名し、金員授受の一部には自ら立会い、総じて売買当事者双方の間をあつせん仲介していることが明らかであるから、控訴人としては不動産売買仲介業者としての被控訴人福井に対し家屋売買の仲介を委託(準委任)したものであると認めるのが相当である。およそ不動産売買仲介業者が客の委託を受けて不動産売買の仲介をするには、その委託の趣旨に則り、善良な管理者の注意を以つて売主買主双方の間をあつせん仲介し、売買契約が支障なく履行されて当事者双方がその契約の目的を達し得るように配慮すべき義務があると解するを相当とするのである。ところで本件のように、家屋の所有者が遠隔の地に居住し、しかも売主の地位に立つ者が所有者の代理人ではなく、たんに所有者との間の約旨により自らこれが所有権を取得し得る関係あるに過ぎない他人の物の売買は、所有者本人が自ら売主となる場合や、委任状その他の書類によつて明確にその権限を証明し得る代理人がその衝にあたる場合とはちがつて、その効力がすぐに所有者に及ばないのであるから、本来ある不確実さをおびているもので、はたして目的物件が確実に所有者から売主へ、売主から買主へと移転され得るかどうか、それは必ずしも簡単に予測し得ないところである。そこで仲介業者たるものがかような取引に関与するにあたつては、通常の場合に比して一段と高度の注意を用うべきことは条理の当然である。しかるに被控訴人福井は本件において被控訴人丹沢と所有者松山との関係を調査せず、従つて被控訴人丹沢の権限の内容、範囲を知ることなく、漫然同人を所有者の代理人と軽信してこれを控訴人に売主代理人として紹介したことはその過失の第一である。のみならず、前記の如き被控訴人丹沢の権限にもとずき売買が支障なく履行されるについて通常要すべき書類の如きは一切具備しないままにあえて本件売買契約を仲介して控訴人に代金を支払わしめたのは、第二の大いな過失であつて、仲介人として尽すべき注意義務を尽さなかつたものと断ぜざるを得ない。従つて右売買契約が被控訴人丹沢の債務不履行によつて控訴人に損害が帰した以上被控訴人福井においてもこれが賠償義務あるものといわなければならない。

被控訴人らは被控訴人らに本件損害賠償義務があるとしても、控訴人にも被控訴人丹沢の権限につき調査しなかつた過失があるから、賠償額算定の上に考慮さるべきものであると主張する。しかしながら前記各認定の事実によれば、控訴人としては本件売買にあたりもつぱら不動産売買仲介業者たる被控訴人福井に信頼していたものであることは明らかであり、不動産取引の如き事務について通常人が、その専門の知識経験を有し、それを業務とする仲介業者に手数料を支払つてこれを委託するのは、それによつて自ら取引に過誤なからんことを期するために外ならないのであるから、仲介業者を信用してそれ以上に自ら相手方の事情を調査しなかつたとしても、それはむしろ当然のことであつて、これをもつて過失であるとすることは相当でない。被控訴人らのこの点の主張は採用しない。

しからば、被控訴人らは各自控訴人に対し、控訴人のこうむつた前記損害額のうち控訴人の請求する金二四万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人らに送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和二十三年八月五日から支払ずみにいたるまで年五分の遅延損害金を支払うべき義務があり、これを求める控訴人の本訴請求は理由がある。これと異なる原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

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