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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2517号 判決

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金百六万円及びこれに対する昭和二十五年十一月三日から支払ずみにいたるまで年五分の金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、当審において次のように附加訂正した外、原判決に事実として記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。

控訴代理人は、本件契約成立の日時は従来昭和二十五年二月二十八日と主張したが昭和二十五年一月三十日午前十一時二十分頃と訂正する。それは入札による売買契約の場合は競落者と宣言された時に売買の意思が合致しその時法律上契約が成立すると見るのが正しいからである。すなわち本件の場合、特別調達庁(以下たんに調達庁という)の庁舎の玄関傍に、予算決算及び会計令(以下たんに会計令という)第八十五条により、入札の契約者は特別調達庁、入札の場所は同庁、日時は昭和二十五年一月三十日午前十一時なること、競売目的物は東京都練馬区北町練馬集積所にある木材四五、八八五石なること、保証金五分を納入すること等その他を公告し、なお買受人心得なるものを掲示し希望者にはその印刷物(甲第五号証)を交付していたから、これは普通の広告と異なり申込の誘引でなく申込そのものである、すなわち調達庁が申込者で右条件を知悉してその条件に基いて入札するのが承諾の意思表示である。けだしこの公告は契約の締結に必要な一切を明示しているから、いやしくもその条件に従つて入札し、調達庁の予定価額に達し調達庁の意見と合致した最高価入札者は当然落札者すなわち買主たるべきもので、調達庁としては契約成立に関しなんらの行為をするべき余地がないからである。もつとも右会計令第六十八条には契約書の作成を命じているが、法律上の要式行為ではないから他日の証拠として保存するを要するに止まり、これを作成することが契約を成立せしめるものではない。また同令第八十二条には競落者が契約を結ばないときは云々とあるから、あるいは別個に契約を締結すべきかのように思われるが、現に本件契約書(乙第二号証)と前記印刷物(甲第五号証)とを比較すると、最後の契約解除の条項の有無の差があるだけであるから、一たん成立した契約にこの一カ条を追加したからとて別個の契約を結んだことにはならない。右第八十二条に契約書作成を契約内容にしているからそのことをいつたもので決して別個の契約を締結することを命じたのではない。故にこの公告が申込である以上落札者と指定された一審脱退原告小山量輔(以下たんに小山という)が承諾者であることはもちろんである。その開札の日時場所は公告によりあらかじめ一定し、かつ入札者の面前で開札するのであるから、落札者と宣言したときが承諾の意思表示を受入れたときすなわち双方の意思の合致したときで、それが昭和二十五年一月三十日午前十一時二十分頃(入札開始時午前十一時、入札終了時午前十一時二十分頃)であるというのである。小山が取消したのはこの契約中最初にした入札行為すなわち承諾の意思表示である。右小山及び控訴人は昭和二十七年八月十八日先の取消を右のように訂正する旨東京特別調達局長に通知し右は翌十九日到達した。被控訴人主張のように小山が能力者たることを信ぜしめるために詐術を用いたとしてもそれは落札決定後のことで、入札の時までは被控訴人は同人の能力の有無は念頭になかつたものである。従つて落札者が契約保証金を納めて契約を結ぼうとした以上被控訴人は契約の締結を拒むことはできないから右小山が被控訴人主張のようなことをいつてもいわないでも同じ内容の契約ができたはずであり、被控訴人が詐術にかかつて契約を締結したというものではない。仮りにもし法律上、落札によつて生ずる法律関係は予約であつて後に本契約を締結すべきもので、本契約は昭和二十五年二月二十八日成立したものという外ないとするならば、小山は右昭和二十七年八月十八日の通知にあわせて、右本契約の前提たる入札行為(それが承諾であると申込であるとを問わず)を取り消す旨の意思表示をした。予約者以外には本契約を結ぶことができないし、また予約も本契約もその内容同一でいわゆる本契約というのもただ形式上契約書を作成したに過ぎないものというべく、本契約は予約の延長と見るべきものであるから、予約の取消は、ひいて本契約にもその効力を及ぼすべきものである。なお、被控訴人が昭和二十五年二月三日小山の納付した入札保証金を同人に返還したとの事実は否認すると陳述した。

被控訴代理人は、被控訴人が小山から昭和二十五年一月三十日入札保証金(但しその金額は五十四万円)及び同年二月三日契約保証金百六万円を受領したことは認める。右入札保証金は同年二月三日契約保証金の納付を受けたときこれを小山に返還した。会計令に従つて行われる入札払下において、落札によつて成立する法律関係は、売買の予約であつて本契約ではない。被控訴人と小山との間に本件木材の売買契約が正式に成立したのは契約書の作成された昭和二十五年二月二十八日であつて、小山が落札者に決定した同年一月三十日ではない。従つて小山が契約成立前の一月三十日に詐術を用いている以上、本件契約を取り消すことはできないものである。本件木材の入札による払下は会計令に従つて行われたものである。会計令による競争契約において落札によつて成立する法律関係が売買契約そのものであるか、落札者をして本契約を締結すべき債務を負わしめる予約としての性質をもつものであるかについては見解の分れるところであろうが、被控訴人は後者をもつて妥当と考えるものである。このように解する方が競落者が契約を結ばないときは入札保証金を国庫に帰属させるとする会計令第八十二条及び落札者が契約を結ばない場合には再入札に付することがあるとする同令第九十条の規定に適すると考えるからである。落札によつて売買契約そのものが成立するとの見解は次の理由で不当である。(1) 会計令第八十二条は「競落者が契約を結ばないときは、保証金は国庫に帰属する」と定め、第九十条は「落札者が契約を結ばない場合において、更に、入札に付しようとするときは……」と規定し、落札者が契約を結ぶことを前提としている。落札によつて本契約が成立するとみることはこれらの規定の文理に反する。(2) 落札によつて本契約が成立するとすれば、「競落者が契約を結ばないとき」「落札者が契約を結ばない場合」というのは競落者又は落札者が契約書を調製しない場合をいうものと解するの外はない。そして契約書を作らないときは競落者は第八十二条で入札保証金を没収され、落札者は第九十条で契約を失効させられることになる。契約書は単なる証拠書類に過ぎないことを考えればこの結果はきわめて不合理である。(3) 会計令は契約保証金(第七十一条)と入札保証金(第八十一条)とを区別している。契約の履行を担保するものは契約保証金であつて、入札保証金ではない。ところで入札保証金は「競落者が契約を結ばないときは」没収される。もし落札によつて本契約が成立するという見解に従えば「競落者が契約を結ばないとき」という意味が分らなくなる。「契約を結ばないとき」というのを落札によつて成立した本契約の履行手続として契約書を作成しないときの意味にとれば(この見解に従えばかく解する外はない)、入札保証金は契約保証金と同様に契約の履行を担保する保証金であるということになり、入札保証金と契約保証金を区別した意味がなくなる。また落札によつて本契約が成立するという見解をとれば契約保証金は落札によつて成立した本契約そのものの履行として納付されるものであるといわなければならないが、契約保証金が売買契約の履行として納付されるものであるとみることは、通常の場合における保証金の性質にも添わない。入札保証金は入札の保証金であつて一面において無資力者又は不公正な競争者が入札に介入することを防止し、他面落札者が予約を履行し、本契約を締結することを担保する性質を有し、もし本契約を結ばないときは違約罰ないしは損害賠償として入札保証金を国庫に帰属させようとするもので(会計令中には民事訴訟法第五百七十七条第三項や第六百八十八条第六項のような規定はない)、契約保証金は本契約の履行を担保しようとする趣旨のものであると解する方が妥当であろう。以上の次第で小山は入札保証金五十四万円を納付して競争に加わり、昭和二十五年一月三十日落札し、二月二日契約保証金百六万円を納付して二月二十八日に契約書を作成しているのであるから、本件売買契約は二月二十八日に成立したものと解する外はない。仮りに落札によつて売買契約そのものが成立すると解しても、小山は契約を取り消すことはできない。すなわち落札によつて本契約が成立するとしても、落札者が契約書を作成しなければ契約は失効して再入札に付されるのであるから(第九十条)実質的にみれば、契約書の作成は契約が存続するための必要条件であつて、契約そのものの効力に直接結びついているのである。従つて落札後契約書作成までの手続において詐術を用いた準禁治産者は該契約を取り消すことはできないと解して妨げないといわなければならない。なお控訴人は小山が取消したのは入札行為であると主張するが落札によつては予約が成立するに過ぎないから本契約を取り消す効果はなく、落札によつて本契約が成立すると解しても右にのべたように国と契約を結ぶ者が入札後契約保証金を納付し契約手続を完了するまでの間において詐術を用いたときは当該入札そのものをも取り消すことができないものと解すべきであるから控訴人の請求は失当であると陳述した。

<立証省略>

三、理  由

昭和二十五年一月三十日被控訴人国(当時特別調達庁、同年四月から東京特別調達局と改称)が木材四五、八八五石を入札により売却するにあたり、小山が同局所定の入札保証金(その額は後に認定する)を納めて代金千五十八万円として入札したところ、右小山の入札価格が最高価のため同人に落札し、同年二月三日小山は契約保証金として金百六万円を納め、同月二十八日小山と被控訴人との間に右木材を代金千五十八万円で買受ける旨その他の事項を定めた契約書(乙第二号証)が作成されたことは当事者間に争なく、成立に争のない乙第六号証の記載によれば右入札保証金は金五十四万円で被控訴人はこれを右契約保証金納付を受ける際小山に返還したことが明らかである。

控訴人は右小山は昭和二年二月二十八日浪費者として東京区裁判所において準禁治産の宣告を受けたもので、小山は右入札による本件木材売買契約につき保佐人(小山セイ)の同意を得ていないから、これを理由として小山は被控訴人に対し昭和二十五年十月十日附内容証明郵便で右契約を取り消す旨の意思表示を発し、右意思表示はその頃被控訴人に到達したと主張し、この事実はすべて被控訴人の認めるところであつて、本件木材売買契約がその数量金額からみて民法第十二条第一項第三号の「重要ナル動産ニ関スル権利ノ得喪ヲ目的トスル行為」であることは明らかである。

被控訴人はこれに対し、右小山は右売買契約にあたり自己が能力者であることを信じさせるために詐術を用いたものであるから右行為を取り消すことはできないと主張するので、この点の事実関係を判断するに成立に争のない乙第一、第三、第四号証の各記載に原審における証人菱川正六(第一、二回)、同花形弘三郎の各証言をあわせ考えると、昭和二十五年一月三十日右小山は前記のとおり落札者と決定した後、同日午後訴外樋口五郎、同柾芳両名を伴つてその後の打合せのため特別調達庁に出頭し、本件木材売買の係官である同庁解除物件処理課入札係の菱川正六に対し、学生自立協会の肩書のある名刺(乙第一号証)を同人に差し出し「自分は学生自立協会の理事長をしているが、今回はかねてから念願としていたものが落札となり感激にたえない。この木材は他へ転売し、それによつて得た利益は同協会の資金にあてたい。」との趣旨のことを述べ、終始自己が準禁治産者であることについては黙秘していたこと、ために同係官は小山が相当の年配者(成立に争のない甲第一号証の記載によれば同人は明治十六年二月十七日生である)でもあり、かつ前示協会の理事長の職にあつて本件木材は同人が他へ転売し、その利益をもつて協会の資金にあてるものと信じ、同人が準禁治産者であることはとうてい思いもよらず、むろん能力者であると信じたこと、そして前示のように契約保証金の納付を得て同年二月二十八日右小山と被控訴人との間に売買契約書を作成するにいたつたものであることを認めることができる。右認定に反する証人樋口五郎の証言及び一審脱退原告本人尋問の結果は信用せず、成立に争いのない甲第四号証の記載は右認定を左右するものではない。右落札後契約書作成前における右小山の言動は、特に相手方をあざむくために積極的な術策を用いたとまではいえないとしても、たんに無能力者たることを秘したに止まるものではなく、前記のような言動と相当多額と認められる契約保証金百六万円も支障なく納付したこととをあわせて考えると、右小山の所為は本件契約の相手方である被控訴人国の機関である特別調達庁の当該係員をして右小山が本件法律行為をするについて能力者であると信ぜしめるに足りる所為であつたとみるのが相当であり、民法第二十条にいわゆる無能力者が能力者であることを相手方に信ぜしめるため詐術を用いたものと解すべきものである。

以上のような事実関係の下において、控訴人は本件売買契約は入札落札によつて当然成立しているものであるから、右小山の落札後の詐術は同人の右入札行為の取消権を失わしめるものではないとし、同人が取消したのは当初の入札行為すなわち入札公告による契約の申込に対する承諾行為である。仮りに落札によつてはたんに予約が成立したのみであつて、本件の本契約は同年二月二十八日契約作成と同時に成立したものとしても、入札行為の取消によつて本契約もその効力を失つたものであると主張するに対し、被控訴人は本件は会計令に則つてなされる入札による契約であつて、落札によつて成立するのは売買の予約であつて本契約ではなく、本契約は契約書作成の日である同年二月二十八日であるから、それ以前に詐術を用いた小山は本件契約を取消すことはできない。また入札行為だけを取消しても本契約には影響がない。仮りに落札によつて本契約が成立するとしても、契約の効力は契約書作成と結びついているので、その作成前に詐術を用いた者は本契約そのものを取消すことはできないと主張するのである。

按ずるに本件木材売買契約は会計法、会計令の定めるところに従うものであることは弁論の全趣旨により当事者間に争ないものと認むべきものである。国が当事者となつて売買等の契約をするときは、原則として公告して競争に付すべきものであり(会計法第二十九条)、競争は原則として入札の方法による(会計令第八十三条)。この公告は競争入札に付する事項、契約条項を示す場所、競争執行の場所及び日時、入札の保証金額に関する事項等についてすべきものである(会計令第八十四条、第八十五条)。競争に加わろうとする者は一定の入札保証金を納め(同第八十一条)各自入札の上、その最高の価額を示したものでかつ国の予定価格に達した者が落札者と決定されるものである(同第八十六条、第八十八条)。ところで右会計令は「競落者が契約を結ばないときは、保証金は国庫に帰属する(同第八十二条)」、また「落札者が契約を結ばない場合云々(同第九十条)」等と規定し、また入札保証金とは別に国と契約を結ぶ者は契約保証金を納めるべきこと(同第七十一条)を規定しているので、これらを一見すれば、入札落札によつては契約は直ちに成立するものでなく、落札者と決定された者とさらに契約を結ぶことによつて売買契約が成立するものと解すべきもののようである。しかし、他面公告によつて契約条項を示す場所が明らかにされるので、入札に加わろうとする者はその場所につきあらかじめ契約事項を承知しているものと見るべきであり、本件の場合においても成立に争ない乙第二号証と甲第五号証とを比べて見ると、前記契約書に定められた事項は、おおむね買受人心得として入札者に配付されたものの中に契約条件として示されていたことをうかがい得るところである。もつとも右買受人心得には権利移転の時期、代金支払及び物件引渡の時期等通常売買契約にあたつて約定されることの多い事項については具体的に示されるところがないけれども、これらの事項は売買契約成立のため不可欠のものではなく、本件においては売買の目的物が特定し代金が決定され、各給付が可能であることによつて十分であると見るべきものである。かく解すれば右入札による競争契約にあつては入札の公告及び契約条件の呈示によつて契約の申込があり、入札によつて承諾の意思表示がなされそれが最高の条件を示しかつ国の予定価格に達したときここに売買契約に必要な意思表示の合致があつたものと解して差し支えはない。かく解すれば会計令がさらに落札者と国とが契約を結ぶことを規定した趣旨は売買契約について契約書を作成することをさすものと解すべきである。国のする契約については本来、契約の目的、履行期限、保証金額、契約違反の場合における保証金の処分、危険の負担その他必要な事項を詳細に記載した契約書を作成しなければならないものである(同第六十八条)。入札落札によつて売買契約の本質的部分は成立しておるのであり、これを契約書に表示するときさらにその細目又は附随事項を特約してあわせて契約書に表示することは当然のことであり、そのことの故に右契約書作成の時あらたに契約が成立すると解すべきものではない。しかしながら、この契約書の作成はたんに証拠書類の作成たるに止まるものではなく、落札者が契約書を作成しないときは入札保証金は国庫に帰属する(同第八十二条)とともに、契約は失効するものと解すべきである(同第九十条)。契約書を作成しない落札者は入札保証金を失うだけで、なお契約の履行を請求し得ると解すべきではあるまい。すなわちこの公告にはじまり入札落札を経て契約書作成に終る一連の手続によつて、はじめて国を当事者とする一個の法律行為たる売買契約は完結するものである。落札者と国とには互いにその間契約書を作成すると否との自由は通常存しないのではあるが、もし契約書作成以前において右入札が無能力者の取消し得べき行為であることが判明した場合には、無能力者の側においてこれを取消し契約書作成の段階に進まないことを得るとともに、その相手方においても民法第十九条によつて追認するか否かを催告して後はじめて契約書を作成すべきか否かを決するのを通常とするであろう。しからばこの一連の手続を経て完結する一個の法律行為の形成される過程において、無能力者が能力者たることを信ぜしめるため詐術を用いたときは、その者はこの法律行為を全体として取消し得ないものと解すべきであり、たんに右入札行為が詐術以前のものであるとの理由で、これだけを切はなして取消し得るものと解すべきではない。本件において小山は落札後契約書作成前に右のような詐術を用いたものと認めるべきこと前示のとおりである以上、同人は本件法律行為はもとより入札の意思表示をも取り消し得ないものといわなければならない。

以上の次第であるから右小山の行為が有効に取り消されたことを前提とする控訴人の本訴請求は、控訴人のその余の主張及び被控訴人のその余の抗弁について判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。これと同趣旨の原判決は相当であるから本件控訴は理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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