東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2572号 判決
被控訴人は控訴人に対し東京都中央区佃島西町一丁目十二番地七所在の木造瓦葺二階建アパート一棟建坪二十九坪三合、二階十八坪のうち階下五畳半、四畳半の二室を明け渡せ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は控訴人において金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は主文第一項ないし第三項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求める旨申し立て、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実並びに証拠の関係は、証拠として(中略)と述べた外、すべて原判決の「事実」の部分に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。
三、理 由
按ずるに、控訴人が昭和十二年三月頃被控訴人に対し控訴人所有の本件アパートの管理を委任したこと、被控訴人が右アパートの階下五畳半及び四畳半の二室に居住してこれを占有していることは当事者間に争がない。
而して成立に争のない乙第二号証の一、二、同第三、四号証、甲第七号証、原審証人萩原タキの証言(第一回)によりその成立が認められる乙第一号証の各記載、原審証人五十嵐喜久一、同池田保、同八倉巻要次郎、同家入経晴、同萩原タキ(第一回)、同宿谷勘造、同谷部隆助、原審並びに当審証人田辺武蔵、当審証人久野由市の各証言、原審並びに当審における控訴本人田辺ヨシの尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件建物は元階下が工場、二階が住宅となつていた建物で、控訴人等の家族は右二階に住んでいたのであるが、現住所に移り住むことになつたため、本件建物をアパートに改造し貸間として他に賃貸することになり、控訴人は昭和十二年三月頃被控訴人に対し、控訴人のため本件アパートを看守する傍ら貸間の賃借人の選定及びこれとの折衝、間代の取立、電燈及び水道料金の支払等本件アパートの管理に関する事務の処理を依頼し、右管理の便宜のため、本件アパートの階下五畳半及び四畳半の二室を被控訴人の居室として提供してこれに居住せしめ、無償でこれを使用させたこと、然しながら控訴人は被控訴人に対し別段右アパートの管理に対する報酬を支払う約束もしなかつたし、又右報酬として金員の支払をしなかつたこと、被控訴人は爾来前記二室に居住して本件アパートの管理に関する事務を処理して来たが、なお本来の職業たる洋服業を続けて来たこと、本件アパートには階下に一号から四号まで八畳一室、六畳三室の貸間があり、二階に五号から八号まで八畳一室、六畳二室、四畳半一室の貸間があり、被訴訴人の居住する前記二室は入口の脇にあつて室番号がなかつたこと、前記八室の貸間全体の間代は合計金八十四円五十銭であつたこと、被控訴人は貸間の賃借人から間代の外、その負担と定められた電燈及び水道料金として毎月若干の金員を取り立て、これをもつて電燈会社及び水道局への支払をしていたこと、被控訴人が貸間の賃借人から取り立てた間代は被控訴人方で控訴人の許に届けたこともあり、又控訴人方からこれを受け取りに行つたこともあるが、控訴人はこれを受け取るたびに貸間の賃借人に対し各別にその領収証を作成して交付していたものであつて、被控訴人主張の如く特に被控訴人に対し、その居住する前記二室につきその賃料を一ケ月金十五円と定めて賃貸したものでないことが認められる。原審証人萩原福太郎、同町田寛作の各証言中右認定に反する部分は前記各証拠と対照して措信し難く、他に前記認定を覆すに足る特段の証拠はない。
右認定の事実に徴すれば、被控訴人が本件アパートの管理をするという委任事務の処理に関する報酬は前記二室を使用することによる利益即ち使用料に相当する関係にあるものとはいえるが、然しながら、被控訴人には別に本業があり、又本件アパートは比較的小さなアパートであるため、被控訴人としては専ら右アパートの管理事務に従事しなければならないような状態ではなかつたものと推察され得るから、被控訴人の前記二室の使用関係は、いわば、そのアパート管理事務を遂行するという一種の負担付の使用貸借関係にあつたものといわなければならない。従つて被控訴人が控訴人から前記二室を賃料一ケ月金十五円と定め、右賃料債務は被控訴人が控訴人から受けるべき本件アパート管理の報酬金一ケ月金十五円の債権と相殺する約旨の下に期間の定めなく賃借したものであるとの被控訴人の主張は採用し難い。
更に被控訴人はその後昭和十八年六月頃控訴人から本件アパート全部を賃料一ケ月金八十四円五十銭毎月末日払の約束で期間の定めなく、賃借するに至つたものであると主張するから按ずるに、原審(第二回)並びに当審証人松田タキ(但し、原審においては萩原姓)、同萩原福太郎、原審における被控訴本人松田秀一(第一、二回とも)は、今次戦争が激化し本件アパートの貸間の賃借人のうちにも疎開する者がでて来て空室が多くなつて来たところ、控訴人は被控訴人に対し貸間全部の間代を持参することを要求した揚句、被控訴人において本件アパート全部を賃借されたい旨を申し出したので、被控訴人はこれを承諾し、昭和十八年六月から賃料は一ケ月金八十四円五十銭の約束で全部を借り受け、爾来控訴人に対し右金額の賃料を支払つて来た旨の供述をなし、又当審証人池田保、同塚田政重、同山根栄吉、原審証人金田重三郎の各証言中にもこれに副うかの如き供述部分があるが、これらはいずれも前掲各証拠と対照して遽かに措信し難く、被控訴人の提出援用にかかるその余の証拠によつては未だ被控訴人の前記主張事実を肯認せしめるに足りない。
尤も成立に争のない乙第十二号証、同第十三号証の一ないし三によれば、控訴人の側において被控訴人が本件アパートの賃借人であることを認めているかの如き記載があり、又本件に関しても、当初控訴人の代理人鈴木貞吉は、控訴人が昭和十二年三月以来本件アパート全部を賃料一ケ月金八十四円五十銭、毎月末日払の約で被控訴人に賃貸したものであるが、控訴人においてこれが自己使用の必要があるから解約申入をなしたと主張して被控訴人に対し、本件アパート全部の明渡請求訴訟を提起したものであることは本件記録に徴して明らかであるが、右乙第十二号証、同第十三号証の一ないし三、成立に争のない甲第一号ないし第六号証の各記載、原審証人萩原タキ(第二回)、当審証人鈴木貞吉(第一、二回とも)、原審における被控訴本人松田秀一(第二回)の各供述並びに本件における審理の経過に徴すれば、控訴人から本件アパートの明渡方を委任された前記鈴木貞吉は、まず被控訴人について本件アパートの使用関係を調査したところ、被控訴人から同人において本件アパート全部を前記賃料で賃借している旨を告げられたので、被控訴人の右申述を基礎として法律上の手続を進め、昭和二十一年七月十五日被控訴人に対し控訴人において本件アパートを自ら使用する必要があるとの理由で右賃貸借解約の申入をなし、その頃本件アパートの貸間の賃借人たる山本勝重等に対しても、被控訴人に前記解約申入をした旨を通知してその貸間の明渡を求める旨を通告し、次いで昭和二十二年に入り東京区裁判所及び東京地方裁判所に右山本勝重等賃借人七名及び被控訴人に対する明渡請求訴訟を各別に提起し、右山本勝重等賃借人七名についてはそれぞれ同年中に和解又は調停が成立して訴訟は終了したのであるが、被控訴人に対する明渡請求訴訟たる本件においては、被控訴人は本件アパートの賃借人ではなくて管理人であると主張して抗争し、証拠を提出するに至つたこと、かくて審理の進行するに従い控訴人の代理人鈴木貞吉は昭和二十三年二月十七日附準備書面を提出して、被控訴人の右主張を認めて被控訴人を本件アパートの管理人であると主張するに至つたところ、被控訴人の代理人岡田久恵において昭和二十四年九月二十九日午後一時、昭和二十五年十二月一日午前十時の各原審口頭弁論期日において被控訴人が本件アパートの賃借人であると主張するに至つたものであつて、控訴人の代理人鈴木貞吉が当初前記のように被控訴人を本件アパートの賃借人であると主張したのは、同人が被控訴人の前記申述を単純に信用した結果によるものであることが窺われるから、前記乙第十二号証、同第十三号証の一ないし三の存在によつては、直ちに前段説示を覆し、被控訴人主張の如く、本件アパート全部につき賃貸借契約が成立したものとはなし難い。
又既に認定したように、被控訴人は本件アパートの管理人として従前から右アパートの電燈及び水道料金の支払を担当して来たのであるから、被控訴人が終戦後同様支払をなした事実があつてもこれだけでは直ちに被控訴人が本件アパートの賃借人であるとの根拠とはならないから、前記料金の領収証たる乙第六号証の一ないし二十一、同第七号証の一ないし十一(但し、宛名は被控訴人ではない。)が被控訴人の手中に存する事実は未だ以て前段認定の妨げとなるものではない。
以上説示のとおりであるから、被控訴人が昭和十八年六月から本件アパート全部の賃借人となつたものであるとの主張は到底これを採用し難い。
而して成立に争のない甲第一号ないし第六号証の各記載に弁論の全趣旨を併せ考えれば、控訴人と前記貸間の賃借人たる訴外山本勝重外六名の間においては、昭和二十二年二月から同年七月までの間順次裁判上の和解又は調停が成立し、同人等はいずれも昭和二十三年四月から昭和二十六年七月までの間に本件アパートから退去してその居室を明け渡すとともに、右明渡までの貸間使用料は直接控訴人が受領することとなつたことが認められる。(又原審並びに当審における証人田辺武蔵の証言及び控訴本人田辺ヨシの尋問の結果に当審証人久野田市の証言を綜合すれば、控訴人は本件アパートの明渡を受けたときはこれを電球の口金工場とすることになつており、前記貸間の賃借人の立ち退いた本件アパートの階下の部分につき既に改造に着手した事実が認められる。)従つて本件アパートのうち被控訴人の居住する前記二室を除いては前記和解又は調停の成立により控訴人の直接管理に移つたものということができるから、控訴人は最早被控訴人を本件アパートの管理人とする必要がなくなつたものというべく又既に認定した事実に徴すれば、本件管理事務の委任は控訴人の利益のためになされたものであると考えられるから、これにより控訴人は被控訴人に対し右委任契約を解除し得るものであつて、その解除に伴い右委任契約に附随する前記使用貸借も亦これを解除することができるものと解するを相当とする。
而して控訴人が昭和二十三年二月二十五日午前十時の原審口頭弁論期日において右委任契約並びに前記使用貸借契約解除の意思表示をしたことは記録に徴して明らかであるから、その後相当期間を経過した本件においては、被控訴人は控訴人に対し本件アパートの階下五畳半及び四畳半の二室を明け渡すべき義務あるものといわなければならない。
よつて被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、当裁判所とその判断を異にした原判決はこれを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第百九十六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 牛山要 野本泰)