東京高等裁判所 昭和26年(ネ)350号 判決
控訴代理人は、原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求めると申し立て、被控訴人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、次のように附け加えて述べた外、全部原判決の記載と同一であるから、ここに引用する。
一、被控訴人の本訴請求は、罹災都市借地借家臨時処理法第十条に基いてなされるもののようであるが、同条は、建物自体について、罹災前登記がなされていた場合にのみ適用をみるものであつて、罹災前建物の登記がなく、建物保護法の適用により第三者に対抗することのできなかつた建物の敷地の借地権まで、第三者に対抗できることとしたものではない。しかるに被控訴人が罹災前本件地上に所有した建物は登記を経由していなかつたから、被控訴人は同条を援用して、控訴人に対しその借地権を主張することはできない。
二、また、被控訴人の借地権は、控訴人が原審で述べたように昭和二十三年六月一日放棄によつて消滅した後、新たに土地所有者松村清吾から賃借して得たもので、罹災当時から引き続いて有するものでないから、この点においても、同条の要件を具備しない。
三、仮りに、被控訴人の借地権について、前記法条の適用があるとしても、賃借権が債権である以上排他性を有するものではなく、控訴人もまた本件土地を所有者から賃借して使用しているものであるから、被控訴人は控訴人に対し、その賃借地上にある建物の収去、借地の明渡を求めることはできない。
四、以上の主張が理由ないとしても、終戦後家屋が払底し極度の住宅難のため、社会及び国民が全力を挙げて住宅の新築に努めている折柄、単に借地権の存するだけの理由で、現に存在する家屋の収去取毀を請求することは、社会及び控訴人の実情を無視し、借地人である被控訴人個人の飽くなき慾望を満足する以外の何ものでもない。すなわち本件建物の収去及び敷地の明渡により、社会及び控訴人が被むる損害は、これをしないことによつて被控訴人の被むる損害に較べて、甚だしく大きいものであるから、被控訴人の本訴請求は、権利の濫用であつて許さるべきものではない。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が控訴人に対し明渡を求める東京都江東区大島町六丁目六百九十五番地所在の宅地五坪が訴外松村英光の所有にかかり、被控訴人が右五坪を含む十五坪の土地を、昭和十二年四月十九日松村英光から二十ケ年の期間で賃借したこと。右賃借権に基き被控訴人が該地上に所有していた建物が、昭和二十年三月十日戦災のため焼失したこと、及び控訴人が右五坪及びその東方の土地十坪を敷地とし、ここに木造亜鉛葺平家建一棟建坪十二坪三合五勺の建物を所有し、該建物のうち西側の間口一間、奥行四間三尺の部分が右五坪の上に存在していることは、当事者間に争がない。(尤も右賃貸借成立の日及び期間は、その成立について争のない甲第一号証による。)
控訴人は、被控訴人は昭和二十三年六月中右控訴人の建物の敷地に当る五坪に対する借地権を抛棄したと主張するが、原審及び当審証人丸本清、当審証人丸本操の各証言並びに原審及び当審における控訴人の供述中、右控訴人の主張に副う部分は、原審における証人伊藤ハル及び被控訴人の各供述並びにその成立に争のない甲第二、三号証の記載と対照して考えて見て、当裁判所はこれを信用することができないし、他にこれを認めるに足る証拠がない。そして右の事情と前記甲第一、二、三号証を綜合すれば、被控訴人は右土地につき、昭和十二年四月賃借当初からの借地権を引き続いて有するものと認められる。
一方原審及び当審における証人丸本清の証言及び控訴人の供述によれば、右被控訴人所有の借地上の建物が戦災により焼失した後、昭和二十二年六月頃、訴外島崎達三は、土地所有者松村英光の代理人訴外丸本清から、控訴人が現に使用中の五坪を含む十五坪の土地を賃借し、その地上に本件建物を建築所有したが、昭和二十三年三月控訴人は、島崎達三から右建物を買い受けると同時に、前記丸本清の承諾を得て、その敷地にあたる十五坪の賃借権を譲り受け、今日に至つたものであることを認めることができる。
被控訴人は、罹災前、前記賃借権についての登記はもちろん、その土地にある建物についての登記をもしていなかつたことは、弁論の全趣旨に徴し明白であるが、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定は、ひとり罹災前借地権又はその土地にある建物について登記をしていた賃借人ばかりでなく、若し建物が戦災によつて滅失しなかつたならば、これについて登記をなし、賃借権を第三者に対抗することができたのに、戦災のためその機会を失つて了つた罹災建物の敷地の賃借人についても、その賃借権を第三者に対抗することを得せしめ、以つてかかる賃借人の保護を全くすることを目的として設けられた規定と解するを相当とし、また賃借権者は、違法に賃借権を侵害する者に対しては、権利の性質上当然これが妨害の排除を求め得るものと解すべく、しかも前記法条は、従来の賃借人をして、一定の期間内にその土地について賃借権を取得した第三者に対しても、自己の賃借権を主張し、これと相容れない権利を否定し、直接妨害の排除を求めることを許したものと解するを相当とするから、被控訴人は、前記賃借権に基き、控訴人に対し、控訴人所有の建物のうち、被控訴人の借地五坪の上に存する部分を収去し、右五坪の明渡を求め得るものといわなければならない。
最後に控訴人は被控訴人の請求は権利の濫用であると主張するが、控訴人の主張するように、被控訴人は社会及び控訴人の実情を無視し、被控訴人個人の飽くなき慾望を満足せしめるためにのみ本訴請求をなすものであるとの事実は、これを認めるに足る証拠がない。
以上の理由により被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 三宅多大)