東京高等裁判所 昭和26年(ネ)559号 判決
按ずるに成立に争のない甲第三、四号証、同第十一号証、乙第九号証、弁論の全趣旨を参酌して当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一号証の各記載、原審証人竹内道子の証言、原審における被控訴本人の尋問の結果によれば、被控訴人は三代前から東京都中央区霊岸島一丁目十二番地の三宅地百八坪五合八勺のうち本件十五坪四合二勺(昭和二十八年二月十八日分筆により同番地の四となつた宅地二十六坪八合六勺のうち南方中央で間口前方二間二分後方二間三分、奥行右方七間一分左方六間六分強の部分)を、地主竹内たまから建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、(賃料は昭和二十三年一月当時一箇月金十円七十九銭、毎月末日払の約であつた。この点に関する前記証人竹内道子の証言部分は信用しない。)同地上に建物を所有していたこと、右建物は昭和二十年三月十日戦災によつて焼失したが、被控訴人はその後も引続き本件土地を賃借していたことが認められ、他に特段の反証はない。尤も、甲第二号証(昭和二十三年五月六日附土地賃貸借証書)は本件土地の賃貸人として竹内道子名義で作成されており、成立に争のない同第十五号証(成立に争のない乙第十二号証と同一)(昭和二十一年九月一日附土地賃貸借契約証書)は東京都京橋区霊岸島一丁目十二番地三号宅地三十四坪五合七勺の賃借人杉浦悦三が土地所有者竹内たまに宛て作成した文書であり、同第十二、十三号証の各一、二、同第十四号証にも右土地の賃借人が杉浦悦三であるかの如き記載があるが、成立に争のない乙第六号証、前記同第九号証の各記載、原審証人竹内道子、当審証人杉浦悦三(第一、二回)の各証言によれば、前記宅地百八坪五合八勺の所有者竹内たまは昭和十七年一月二十三日死亡し、その二女竹内よ志がその遺産相続をしたが、同人は昭和二十三年五月一日これを長女たる竹内道子に贈与し、同人がその所有者となつたものであるところ、登記簿上は依然として前記竹内たまの所有名義のままで経過し、昭和二十六年二月二日に至つて漸く竹内よ志に、更に昭和二十七年二月十二日竹内道子にその所有名義が変更されるに至つたこと、そのため前記甲第二号証、同第十四号証、同第十五号証(乙第十二号証)がその作成当時の土地所有者の名義に合致するように作成されたこと、又控訴人の夫杉浦悦三は前記竹内たまの時代から同人の土地管理人をしており、且つ、前記百八坪五合八勺のうち十九坪一合五勺を賃借していたが、昭和二十一年九月一日その賃貸借契約証書を差入れるにあたり、被控訴人の賃借する本件土地十五坪四合二勺をも併せて三十四坪五合七勺につき右杉浦悦三名義で一通の土地賃貸借契約証書(甲第十五号証、乙第十二号証)を作成し、後日これを別々の賃貸借契約証書に改める了解の下にこれを地主(当時の地主は前記認定のとおり竹内よ志である。)に差入れたものであり、従つて又甲第十二、十三号証の各二、同第十四号証も右土地賃貸借契約証書の記載に合わせて作成されたものであることが窺われ、他に特段の反証がないから、これらの書面の存在は未だもつて前段認定の妨げとなるものではない。
よつて控訴人主張の抗弁につき按ずるに、控訴人が昭和二十八年二月十八日土地所有者たる竹内道子から本件土地を買受けたことは被控訴人の認めるところであり、前記甲第十一号証の記載によれば、東京都中央区霊岸島一丁目十二番地の三から分筆された同番地の四宅地二十六坪八合六勺(本件土地十五坪四合二勺を含む。)につき、同日所有者竹内道子から控訴人に所有権移転登記がなされていることが認められ、他に何等の反証がない。
よつて被控訴人は、本件土地については同年一月三十日被控訴人の賃借権の登記を経たからこれをもつてその後に本件土地の所有権者となつた控訴人に対抗し得るものとなし、昭和二十八年五月二日午前十時の当審口頭弁論期日において従前における請求原因を変更し、右登記された賃借権に基いて控訴人に対し本件建物収去土地明渡を求めると主張したのに対し、控訴代理人において右請求原因の変更に異議を述べたから、先ずこの点につき按ずるに、被控訴人は原審以来本訴請求原因として、被控訴人がその主張の如き賃借権者であるから地主竹内道子に代位してその所有権に基き不法占有者たる控訴人に対し本件建物収去土地明渡を求めると主張し、これに対し控訴人は訴外柴崎嘉平の有する本件土地の賃借権を讓受け、これに基き控訴人が本件建物を建設所有して本件土地を占有するものであると抗争し来つたところ、控訴人は前記昭和二十八年五月二日午前十時の当審口頭弁論期日において、同年三月二十三日附準備書面に基いて、控訴人が前記の如く本件土地所有者となつた旨を主張したため、(昭和二十九年十月四日午前十時の当審口頭弁論期日において控訴人は従前の主張を整理して本件土地所有権取得に関する右抗弁のみを主張するものとした。)被控訴人において前記の如くその請求原因の変更をなしたものであり、又これより先既に被控訴代理人は控訴人の本件土地所有権取得の事実を前提として被控訴人において本件土地につきその賃借権の登記を経たから新所有者といえども被控訴人に対抗し得ない旨を記載した昭和二十八年三月十九日附準備書面を提出し、更に同日午前十時の当審口頭弁論期日において右事実立証のため甲第十一号証(登記簿謄本)を提出していることは本件記録上明白であり、前後を通じその請求の基礎に変更がないものと考えられる被控訴人の前記請求原因の変更は、控訴人の本件土地所有権取得という新たな事態の発生に基く控訴人の新たな抗弁に対処すべく被控訴人においてその攻撃方法として採つたやむを得ざる措置であるから、控訴人の異議は理由がなく、被控訴人の右請求原因の変更はこれを許すべきものとする。
よつて被控訴人の有する前記賃借権をもつて本件土地の新所有者となつた控訴人に対抗することができるか否かにつき按ずるに、前記甲第十一号証によれば、本件土地については昭和二十八年一月三十日東京法務局受附第八五七号をもつて「昭和二十一年九月一日賃貸借契約に因り被控訴人のため存続期間契約の日から満二十箇年賃料一坪につき一箇月金二十円、同支払時期毎月二十八日の賃借権設定を登記す。右分割により新十二番の三順位第一審の登記を転写す」る旨登記簿の記載があるけれども、成立に争のない乙第八号証の一ないし三、同第十号証の二、同第十一号証の一ないし四、当審証人三浦道子(旧姓竹内)の証言(第一、二回)によりその成立が認められる同第十号証の一の各記載に右証人の証言(第一、二回とも)を綜合して考察すれば、本件土地を含む竹内道子所有の前記宅地百八坪五合八勺については被控訴人の夫たる杉浦悦三がその管理人をしていたが、右土地に関連して本件訴訟の外居住者等との間に訴訟事件、調停事件が数件あり、土地所有者竹内道子はその訴訟関係人として幾度か裁判所に出頭することを余儀なくされ、到底その煩に堪えなかつたので、何とかして一日も早くこれらの事件の解決することを希望していた折柄、昭和二十八年一月下旬控訴人との間に本件土地を含む前記二十六坪八合六勺の土地の売買が具体化するに及び前記管理人杉浦悦三にその旨を知らせたため、同人は本件土地の賃借権設定登記申請に関する書面を準備した上、同月二十九日竹内道子に対し同人の印鑑証明と委任状があれば地主にこれ以上裁判所に出頭して貰わなくてもよいし、事件を早く片付けて一切を解決する旨を告げて委任状と印鑑証明の交付を求め、右賃借権設定登記申請に関する委任状(乙第八号証の二)の竹内道子の名下等に押印することを要求したところ、当時右杉浦悦三を信用していた竹内道子は右委任状の内容を詳しく調べず、従つてその内容が右の如く被控訴人のための賃借権設定登記申請に関するものであることを認識せずして漫然これに印鑑を押捺し、その印鑑証明書(同号証の三)とともにこれを杉浦悦三に交付した結果、これらの書面によつて本件土地につき前記賃借権設定登記がなされたものであることを認めることができる。当審証人杉浦悦三の証言(第二回)中右認定に反する部分は前掲各証拠と対照して信用できないし、他に右認定を覆するに足りる証拠はない。
右認定の事実に徴すれば、前記竹内道子は本件土地につきかかる賃借権設定登記をなす意思がなかつたものというべきであるから、右委任状によつてなされた前記賃借権設定登記は無効であり、従つて登記簿上右の如き記載があつても、前記認定の本件賃借権は未だその登記がないと同様の状態にあるものというべきである。
而して既に認定したところによれば、本件土地に対する被控訴人の賃借権は、罹災都市借地借家臨時処理法第十条所定の借地権に該当するものというべく、従つて被控訴人はその借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても昭和二十一年七月一日から五箇年以内にその土地について権利を取得した第三者に対抗することができるけれども、控訴人が本件土地の所有権を取得したのは右五箇年を経過した昭和二十八年二月十八日であることは既に説示したとおりであるから、被控訴人は最早本件借地権をもつて新所有者たる控訴人に対抗し得ないものといわなければならない。