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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)672号・昭26年(ネ)671号 判決

第一審原告酒井信子と第一審被告との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも同第一審原告の負担とする。

二、事  実

第一審原告等代理人は「原判決中第一審原告佐藤正、南雲源兵衛、藤田正に関する部分を取り消す。第一審被告が昭和二十五年二月四日付を以て同原告等に対して為した各休職処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」旨並に「第一審原告酒井信子、福井ツルヨに対する第一審被告の控訴を棄却する。」との判決を、第一審被告代理人は「第一審原告佐藤正、南雲源兵衛、藤田正の各控訴を棄却する。原判決中第一審原告酒井信子、福井ツルヨに関する部分を取り消す。同原告等の本件休職処分取消の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも同原告等の負担とする。」との判決を各求めた。

当事者双方の事実上並に法律上の主張は、当審においてそれぞれ次の如く附述した外凡て原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第一審原告等の主張

(一)  教育公務員特例法第二章任免、分限、懲戒及び服務に関する規定は教育委員会法第四十九条第五号に対応するもので、地方公務員たる教員の任免についても当然教育公務員特例法が適用され、官吏分限令の適用せらるべき余地はないが、仮りに右特例法第三十三条(改正前の)が教員の分限について政令に委任したものと解するも、地方自治法施行規程(昭和二十二年政令第一九号)第二十四条によれば、官吏の休職の手続に関する規定は都道府県の吏員についてこれを準用しない旨規定されているので、官吏分限令第十一条の休職に関する規定はその適用なきこと明らかであるに拘らず、同令に準拠して為された本件休職処分は違法である。

(二)  又本件の如き場合官吏分限令第十一条第一項第四号の「官庁事務の都合により必要なるとき」とある規定に基き休職を命じ得るものとするも、その必要の有無は官庁の自由なる裁量に一任されているものと解することはできない。即ち新憲法下において教育公務員としてその職に従事する者は、何等正当の事由なくして一方的に免職又は休職等の不利益処分を受け、勤労者としての地位と勤労の機会とを侵されるが如きことなき基本的の権利を保障されているのであり、前記特例法第十五条第三項(改正前の)において、任命権者が教員に対しその意に反して著しく不利益な処分をした場合には、国家公務員法第八十九条ないし第九十二条第二項の規定を準用し審査を請求しうべき旨規定している趣旨に徴しても、休職事由の認定が任命権者の専擅によることは許されず、その休職を命ずるについては官庁事務の都合上真にこれを必要とする事由ある場合に限られ、これが認定を誤つたときはその処分は違法として取り消さるべきが当然である。而して本件休職処分は第一審被告が予め定めた「人事刷新要綱」なる整理基準に従つて為されたのであるが、第一審原告等には何等右基準に該当すべき事項なく、従つて官吏分限令第十一条に所謂「官庁事務の都合に依り必要なるとき」との要件を充足するものでない。

第一審被告の主張

官吏分限令第十一条第一項第四号が官吏に休職を命ずべき事由として「官庁事務の都合により必要なるとき」と規定しているのは、その認定を一切官庁の自由裁量に委せた趣旨であつて、このことは、官吏分限令が官吏の服務規律上の規定である当然の結果に外ならず、これあたかも使用者が工場従業員の服務規律として就業規則を作成し、法令又は労働協約に反せざる限り一方的に労働条件その他解雇に関する事項を定めうるのと同一である。元来使用者が従業員を解雇することは使用者の自由に為し得る所であつて、只如何なる場合でも権利の濫用に渉ることを許されぬに過ぎないのである。本件の場合第一審被告は休職事由の具体的内容として「人事刷新要綱」を作成し、各種の資料に基き自由なる裁量によつて第一審原告等が教職に留ることを不適当と判断し、これに休職を命じたのであるから、訴訟上その判定の当否を争うことは許されない。教育公務員法第十五条第三項が処分に対する審査の請求を認めたのは、単に処分権者の再考の道を開いたのであつて、これを以て休職処分そのものが本質上自由裁量によるものなることを否定する論拠とは為し得ない。而して第一審被告は昭和二十四年政令第七号都道府県職員委員会に関する政令に基いて設けられた新潟県職員委員会に対し、昭和二十四年十二月三日本件休職に関する件を附議し、その承認を得て昭和二十五年二月四日第一審原告等に休職を命ずる辞令と共に説明書(国家公務員法第八十九条教育公務員特例法第十五条第三項)を交付したのであるから、その手続は凡て正当であり、毫も違法の廉はない(各証拠省略)。

三、理  由

第一審原告等がその主張の新潟県下各公立中学校に教員として勤務していたところ、任免権を有する第一審被告委員会は第一審原告等に対しそれぞれ辞職勧告を行い、これを拒否せらるや昭和二十五年二月四日付を以て教育公務員特例法第十五条(改正前の)同法施行令第九条地方自治法附則(昭和二十二年法律第六七号)第五条により官吏分限令第十一条第一項第四号を準用し、官庁事務の都合上必要ありとして、第一審原告等を休職に付する処分をしたことは各当事者間に争がない。

(一)  第一審原告等は教育公務員たる第一審原告等に対する休職処分は、教育公務員特例法の規定ないし国家公務員法によつてのみこれを為し得べく、この場合官吏分限令第十一条はこれを準用し得ないとして種々論難するのであるが、地方公務員たる身分を有する第一審原告等の如き教育公務員に対し、都道府県教育委員会が休職処分を行うに当つても、当時においては結局官吏分限令の規定を準用する外なく、従つて第一審被告委員会が本件休職処分を為すにつき同令第十一条第一項第四号に準拠したことの正当であることは、原判決の詳細説示するとおりであり、右と同一の見解を持する当裁判所はこの点に関する原判決の理由を凡て引用する。なお地方自治法施行規程(昭和二十二年政令第一九号)第二十四条は官吏の休職の手続に関する規定は都道府県の吏員についてはこれを準用しない旨定めているけれども、これはその文言の示すようにこれが手続のみに関する除外規定であるに過ぎず、従前の官吏又は待遇官吏の休職に関する相当規定たる官吏分限令第十一条第一項第四号の適用をこれにより排除したものと解することはできないから、右規程第二十四条を論拠として官吏分限令の適用を否定する第一審原告等の主張も採用の限りでない。

(二)  第一審被告は、官吏分限令第十一条第一項第四号の「官庁事務の都合により必要あるとき」との休職事由の認定はそもそも官庁の自由なる裁量に属し、第一審被告において各種の資料に基き自由裁量により第一審原告等の教職に留ることを不適当と判定してこれに休職を命じた以上、その判定の当否を争うことは許されないと主張する。然し国家公務員に対しその意に反して免職休職の不利益処分を行うのは、国家公務員法又は人事院規則に定める事由ある場合に限られ、その処分に不服ある者は同法に基き人事院に審査を請求してこれが是正を求め、更に処分に違法の廉あるときは該処分取消の訴を提起して救済を求めうるのであるが、地方公務員たる都道府県の吏員に対しても将来地方公務員法の制定施行により身分の保障が付与されるまでの経過的措置として、その分限につき官吏分限令を適用し、同令に定める事由がなければ任命権者と雖も自由にこれを休職に付し得ざるものとし、殊に教育を通じて国民全体に奉仕する立場に在る教育公務員の為に、その職務と責任の特殊性に基き教育公務員特例法を制定し、その第十五条を以て任命権者が公立学校の校長又は教員に対し、免職休職その他その意に反する不利益処分を行つた場合には国家公務員法の規定を準用して任命権者に対し、審査の請求を為し得るものと定めてこれが身分を保障した趣旨よりすれば、官吏分限令第十一条第一項第四号に「官庁事務の都合により必要あるとき」とある休職事由の認定は任命権者の自由裁量に一任されたものと解することはできない。即ちこれが休職処分を行うには客観的な標準に照らし、その者が真に教員としての適格性を欠き、その職に当らしめることを不当とする等、相当の理由あることが認められる場合たることを必要とし、その認定は所謂法規裁量の問題に属するのであるから、これが裁量を誤り客観的に相当と認められる休職事由なきに拘らずこれありと判定して為した処分は、唯に不当であるだけでなく違法のものとして訴訟上取消を免れぬものというべきである。それ故前記第一審被告の主張は到底採用し難い。

(三)  よつて進んで第一審原告等に果して本件休職処分を相当とする事由が存するか否かについて審按する。

第一審原告佐藤正、南雲源兵衛、藤田正の三名については、当裁判所は審究の結果、原判決理由に説示するとおりこれと同一事実を認定したので、原判決の理由を引用する。しかも当審における新な証拠調の結果に徴するに、第一審原告佐藤の関係においては当審証人稲垣逸郎、本間正雄、第一審原告南雲の関係においては当審証人小田原徳郎、第一審原告藤田の関係においては当審証人星野大三の各証言も、右認定を支持する資料と為すに足り、殊に右小田原証人の証言によれば、第一審原告南雲は(一)昭和二十三年一月頃同人が学級主任たる五十沢中学校三年生の教室に日本共産党機関紙「アカハタ」を貼付し、(二)同年頃同校教務室において同僚教員に対し、日本共産党の活動資金を募る為め資金カンパを為し、(三)昭和二十二、三年頃学校の授業時間中にも拘らず校長、又は教頭に無断で数度ソ聯よりの帰還者出迎の為め赤旗を携えて学校より約一里半を距てた六日町駅頭に赴き、教務主任をして教課の繰合せに困惑せしめたこと等の事実をも認めることができる。原審並に当審における右各第一審原告等の提出援用にかかる証拠にして、以上の認定に牴触するものはいずれもこれを措信し難い。而して斯く認定した所によれば、原判決説示の如く第一審原告佐藤、南雲、藤田等はいずれも教員としての適格性を欠くものと断ずべく、同原告等に対する休職処分は正当といわねばならない。

次に第一審原告酒井信子について見るに、原審証人新藤正平、荒木忠、当審証人井上里子、中山英治、原審並に当審証人石川健四郎、松田時次の各証言及び原審における原告酒井信子の供述の一部分を綜合すれば、同第一審原告は笹岡村立笹岡中学校に教員として在職中、

(一)  昭和二十三年頃職員会議の席上に日本共産党機関紙「アカハタ」や書信を持ち込み会議中これを閲読して会議の進行に協力しなかつたことがあり、

(二)  同年中新潟県教員組合北蒲原郡婦人部長をしていたのであるが、組合専従者でないに拘らず組合関係の仕事の為めに教員としての本務を怠り、無断で欠勤又は遅刻することが多く、教務主任に全然連絡を取らないので授業に手違を来し、学校運営に支障を生ぜしめた、

(三)  昭和二十二、三年頃学級費の取立、教科書注文の取纏及び教科書代金の集金、月末統計表、答案採点表の提出がいつも遅れ、殊に教科書注文の係でありながら、これを放擲して組合事務の為に出張した為め全校の教科書注文に差支を生じたこともあつて、これ等の為め学校全体の事務処理に甚しき渋滞を来さしめた、

(四)  授業の準備に熱意を欠き、教授能力低く、担任学級の国語の教科進度が他学級に比し著しく遅れていたにも拘らず、その遅れを回復する為め特別の努力をしなかつた、

(五)  同第一審原告は学校の内外において特定政党に偏した教員と目され、生徒父兄の信頼を失うに至り、昭和二十二、三年頃教室の黒板その他校内数ケ所に「共産党本部酒井」「共産党笹岡細胞酒まん」と楽書され、昭和二十三年頃同第一審原告の思想動向に不安を抱いた笹岡村長村会議長等より、同原告を他に転出せしめられたき旨文書を以て県教育庁に陳情が為された、

等の事実を認定することができ、これに反する趣旨の証拠は採用し難く、その他同第一審原告の挙げる資料によつては右認定を覆すに足りない。そこでこの認定事実に徴する同第一審原告の教員としての職務に対する責任感、教授能力、事務能力はいずれも低度であつて且つ生徒父兄の信頼も薄きものと判定され、従つて教員たる適格性に欠ける所ありと認めるのを相当とする。それ故同趣旨の下に右第一審原告に対して為された本件休職処分は正当にしてその取消の請求は是認し難い。

第一審原告福井ツルヨについて見るに、当裁判所が認定した事実は原判決理由に示すところと同一であり、第一審被告の当審における新な立証によるも右認定を左右することはできない。然るところ成立に争のない乙第十一号証当審証人小林章平の証言によれば、同第一審原告は昭和二十四年十月二日日本共産党に加入し、同党村上細胞に所属していたに拘らず、同年十一月中村上中学校長小林章平から入党事実の有無を訊ねられたのに対し「入党していないが入党した方がよいと思つている」と答えて右入党を秘匿したことが認められるけれども、これが為め格別校長の学校運営上支障を生ぜしめたものとは認められない。従つて以上認定の凡ての事実を個々に取り上げ、又はこれを併せて考察しても未だ同第一審原告を休職に付するに足るべき充分の理由ありとは為し難い。なお又成立に争のない乙第十号証によれば、同第一審原告が本件休職処分後一年を経た昭和二十六年二月二十四日同年一月初旬より同月下旬に亘り「アカハタ」後継紙「平和のこえ」多数部を頒布した廉により、昭和二十五年政令第三二五号違反として起訴されたことは明かであるが、右違反事実は同第一審原告の否定するところであり、しかも本件訴訟においては未だその事実の有無を判定するに足る的確の資料が何等提出されておらない以上、同第一審原告が事後においてかように起訴されたこと自体から推して、直ちに本件処分当時においても教育基本法に違反して特定政党の為めにする政治活動を行い、若しくは行う恐れがあつたものと認めることはできないのである。これを要するに同第一審原告については、当裁判所も結局原審と同様休職処分の事由薄弱に失し、これが取消を求める本訴請求を正当として認容する外なきものと判定する。

然らば原判決中第一審原告佐藤正、南雲源兵衛、藤田正の本訴請求を棄却し、第一審原告福井ツルヨの請求を容れた部分は相当であり、右第一審原告佐藤、南雲、藤田等の各控訴及び福井に対する第一審被告の控訴は共に理由なきものであるが、第一審原告酒井信子の請求に基きその休職処分を取消した部分は失当であつて、同第一審原告に対する控訴は理由がある。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第三百八十六条第八十九条第九十五条第九十六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)

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