東京高等裁判所 昭和26年(ネ)80号 判決
水戸地方裁判所が、昭和二十五年(ヨ)第三四号仮処分命令申請事件につき、昭和二十五年五月三十一日なした仮処分命令を、左のとおり変更する。
本案判決確定に至るまで、別紙目録<省略>記載の土地に対する控訴人(被申請人)の占有を解き、これを被控訴人(申請人)の委任する水戸地方裁判所執行吏の占有に移す。
執行吏は、被控訴人(申請人)において既に植付耕作中の昭和二十七年度の耕作物に限り、その耕作または収穫のため被控訴人(申請人)に右土地を使用することを許さねばならない。右収穫後は控訴人(被申請人)に対し従前の土地の使用目的を変更しないことを条件として、その使用を許さねばならない。
執行吏は前各項の仮処分の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。
訴訟費用は第一、二審共二分し、その一宛を各当事者の負担とする。
二、事 実
控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。水戸地方裁判所が同庁昭和二十五年(ヨ)第三四号土地立入禁止並耕作妨害禁止仮処分命令申請事件につき、昭和二十五年五月三十一日なした仮処分決定を取消す。被控訴人の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人訴訟代理人において「本件土地は元公有水面として国の所有であつたのを、訴外岡崎惣太郎が昭和五年二月四日公有水面埋立免許を得、昭和十二年九月六日その工事竣功認可により、これが所有権を取得したものであるところ、被控訴人先代金五郎は、昭和十八年中耕作の目的でこれを賃借し、被控訴人は昭和二十一年十二月十九日右先代の死亡によりその家督相続をなし、右賃貸借関係を承継した。従つて被控訴人の本件土地の右賃借権設定については昭和二十一年十一月二十二日以後施行せられた改正農地調整法第四条及び同法施行令第二条による許可又は承認を要しない。後記(二)ないし(四)の控訴人主張の法律見解はすべて失当である。なお本件仮処分執行の結果、現在被控訴人において本件土地を耕作使用していることは争わない。被控訴人は控訴人を被告として水戸地方裁判所に、本件土地につき耕作権確認並びに土地立入禁止請求の本案訴訟を提起中であつて、本件仮処分によつて保全せらるべき請求権はこの耕作権確認請求権等に外ならず。従前土地引渡請求権なるが如き表現を用いたのを右の如く訂正する。」と述べ、控訴人訴訟代理人において「訴外岡崎が本件土地につき、公有水面埋立免許を得て、その竣功認可のあつたことは認めるが、右土地は耕地整理施行中であつて未だ換地処分なく、従つて自作農創設特別措置法に基く農地買収に至らないものである。被控訴人が本件土地を右岡崎から賃借していることは否認する。(一)仮りに被控訴人が本件土地につき賃借権の設定を受けたとしても、農地調整法第四条による許可または承認を受けていないから無効であつて、被控訴人は適法な賃借権を有しないこととなる。(二)昭和二十三年四月本件当事者間に成立した農地の耕作交換契約につき、農地調整法第四条の許可または承認を得ていないとしても、かかる許可または承認は第三者対抗要件であるに止り、当事者間の法律行為の有効要件ではない。(三)更に同条により許可または承認を要するのは、自作農創設特別措置法により買収の対象となる農地に限るところ、本件係争土地は広浦干拓耕地整理地区事務所の管理する土地で自創法第五条の規定により同法の買収の対象とならないのであるから、前記許可または承認を要しない。(四)仮りに本件農地の耕作交換契約が、農地調整法違反で無効であるとすれば、かかる強行法規に違反する行為に基ずき本件係争地を控訴人に引渡した被控訴人は、民法第七百八条により不法の原因のため給付をなした者としてその給付した本件係争地の返還を請求し得ないものである。(五)なお本件土地は本件仮処分執行の結果、その後は被控訴人において耕作使用している。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
別紙目録記載の土地が元公有水面として国の所有であつたのを、訴外岡崎惣太郎が昭和五年二月四日公有水面埋立免許を得、昭和十二年九月六日その工事竣功認可を受けたことは当事者間に争なく、従つて同人は公有水面埋立法第二十四条により右埋立地である本件土地につき所有権を取得したものと謂うべきところ、成立に争のない甲第八号証、原審における証人関口ハル及び被控訴人本人の各供述並びに当裁判所が真正に成立したと認める甲第十二号証を総合すれば、被控訴人(申請人)先代関口金五郎は昭和十八年頃以来前記岡崎から右土地を賃借耕作してきたが、昭和二十一年十二月十九日死亡し、被控訴人がその家督相続をして、右賃貸借関係を承継した事実を疏明するに十分である。
控訴人は、前記土地は現に耕地整理実施中であつて未だ換地処分の認可がない旨主張するが、換地処分によつて従前の土地に関する権利関係が、換地に移るのであつて、未だ換地処分のない間は、従前の土地の権利の帰属については、何等の移動変更を来すものでないことは自明の理である。控訴人は更に(一)被控訴人の前記賃借権の設定については、農地調整法第四条による許可または承認がないから無効であると主張するが、前示疏明の如く被控訴人先代の賃借権設定は、農地調整法第二次改正による第四条の施行せられた昭和二十一年十一月二十二日以前のことに属するから、右改正後の第四条所定の地方長官の許可または農地委員会の承認を要しなかつたものであつて、右主張は理由がない。
次に昭和二十三年四月頃被控訴人と控訴人との間に被控訴人の賃借耕作する本件土地と、控訴人の耕作する茨城県鹿島郡沼前村網掛下中沢八百四十四番田五反四畝歩の内一反六畝歩とを交換して耕作する契約成立し、右契約に基き相互に引渡を完了して耕作するに至つたこと、そして本件仮処分執行に至るまでは、控訴人において本件土地を占有耕作していたことは、当事者間に争がない。
そして前記土地の耕作交換契約は、即ち本件土地についていえば、耕作農地の賃借権の譲渡または転貸借に外ならないから、第二次改正後の農地調整法第四条所定の許可または承認を要し、若しこれなきときはその効力を生じないことは同条の明定するところであるが、かかる許可または承認のあつたことを疎明するに足る何等の資料なく、却つて各農地委員会長の記名押印の部分の成立に争ないことにより全部真正に成立したと認める甲第三号証の一、二、成立に争のない乙第十号証、甲第七号証によれば、かかる許可または承認のなかつたことが疎明せられる。
控訴人は(二)前記承認または許可は第三者対抗要件たるに止り当事者間の法律行為の有効要件でないと謂い、(三)更にかかる要件は自作農創設特別措置法により買収の対象となる農地に限りこれを要する法意であると主張するが、その見解の失当であることは、前記農地調整法第四条(第二次改正後)の明文に照らし、また農地調整法と自創法の各立法趣旨に徴しても疑のないところである。してみると本件農地の耕作交換契約は無効であると断ずべきところ、控訴人は右契約が強行法規に違反して無効であるとすれば、この契約に基き引渡された本件土地は不法原因に基く給付として民法第七百八条により返還を請求できない旨主張するが、民法第七百八条に所謂不法の原因とは公序良俗に反する場合を指すものであつて、法律の禁制に違反した行為であつても、その行為自体が公序良俗を害するものと謂うを得ない場合には、同条の適用はないものと解すべきである。而して地方長官の許可または市町村農地委員会の承認を得ないで、農地につき権利の設定または移転をすることは、前示法条により禁止せられているが、元来かかる権利の設定移転自体は何等公序良俗に反するものと謂うを得ないから、右許可または承認なくしてなされた権利の設定移転を目して直ちに民法第七百八条の不法原因に基く給付として、これが返還を求め得ないと解することはできないのみならず、若しこの場合同条の適用ありとすれば、結局前示農地調整法第四条に右許可または承認を得ずしてなした行為を以てその効力を生ぜずとして、違反行為を抑圧せんとする法の目的は全く失われる結果となるから、いずれにしても控訴人の右主張は採用できない。その他控訴人は昭和二十六年七月十二日附準備書面を以て、不法原因に基く給付であるとの根拠について被控訴人が耕作農地についての届出義務を怠つたとか縷々述べるところあるも、いずれも採るに足らない。
以上説示のように被控訴人と控訴人との間の本件耕作交換契約が無効であるとすれば、被控訴人は依然本件土地に対する従前の賃借権を保有する筋合であり、或は土地所有者の有する権利を代位行使する等、その他の理由により前示契約に基いて引渡した本件土地の引渡を求め得るわけであるが、被控訴人は当審において本件仮処分によつて保全せんとする本案の請求権は、かかる土地の引渡請求権でなく耕作権(賃借権)確認等請求権であると訂正主張する。被控訴人がかく主張する所以は、現に被控訴人が本件土地を耕作使用している事実を目して既に終局的に右土地の占有を回復したものとの誤解に基くものと思われるが、右は本件仮処分の執行として右土地の保管を命ぜられた執行吏から、命令の趣旨にしたがいその使用を許されている結果に過ぎないことは、弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、更に本案訴訟においてその引渡を求めるのでなければその究極の目的を達することはできないものと考えられる。しかし引渡を求めないで単に賃借権の確認を求める法律上の利益あることも勿論であり、更に本案訴訟において土地の引渡を求めることも可能であつて、要するに被控訴人の本件仮処分申立の趣旨は、これら権利の実行を保全するにあること疑なく、且つかかる被保全権利の存在につきその疎明のあつたことは前説示のとおりである。
よつて本件仮処分の必要性の有無並びに右申立の目的を達するに必要なる処分の当否につき審按する。
凡そ係争物に関する仮処分は、現状の変更により当事者の一方の権利の実行をなすこと能わず、又はこれをなすに著しい困難を生ずる恐あるときこれを許すべく、更に継続する係争の権利関係につき著しい損害を避け、若しくは急迫な強暴を防ぐため、その他の理由により、仮りの他位を定める仮処分も亦これをなすことができることは、民事訴訟法第七百五十五条、第七百六十条の明定するところである。そして本件仮処分において保全せんとする本案の請求権が、被控訴人主張の如く本件土地の賃借権等の確認請求であるにせよ、或は右土地の引渡という給付の請求であるにせよ、本案判決確定前に被申請人である控訴人においてその占有を他に移転するにおいては、本案の権利の実行をなすに著しい困難を生ずるわけであり、現に控訴人においてかかる権利の存在を争う以上、その占有を他に移転する恐れあるものと謂わねばならぬから、少くともこれを防止するため、被申請人たる控訴人の本件土地に対する占有を解き、これをその所轄する水戸地方裁判所執行吏の保管に附するを相当とする。被控訴人は更に、右執行吏保管中の土地につき、従前の使用目的を変更しないことを条件として、申請人たる被控訴人にその使用を許すべく、被申請人たる控訴人において右土地に立入り、且つ申請人の耕作を妨害してはならない。旨の仮処分命令を求めているのである。勿論本案判決確定前と雖も前叙民事訴訟法第七百六十条の要件を具備する限り、右被控訴人申立のような仮処分も同条の仮りの地位を定める仮処分の一態様として許容せられる場合あることは当然であるけれども、本件仮処分申請人たる被控訴人の全疎明に俟つも、到底右要件に合致するような著しい損害ないし急迫な事情の存することを認めるに足らない。被控訴人において交換により先に引渡を受けた他の耕地の占有を失つているというだけでは右結論を左右し得るものではない。
そして本件仮処分の目的たる土地は、現に耕作に適する土地であつて、前記仮処分執行までは控訴人において占有耕作していたことは前認定のとおりであるから、本件仮処分によつてその占有を執行吏に移すも、後記被控訴人の耕作物収穫後は執行吏は右土地の使用目的を変更しないことを条件として従前(仮処分執行前)の占有者である控訴人に耕作使用を許すを適当とすべく、ただ前説示の如く本件仮処分執行の結果、既に昭和二十七年度の耕作は被控訴人においてなしつつあること明らかであるから、右耕作物の収穫に限り、被控訴人になさしめるを至当と考えられるから、右目的を達成するための限度において、被控訴人にもその使用を許すを相当とする。
よつて本件仮処分の申請は、前説示の範囲において認容すべきものであつて、これを全面的に認容した原判決は一部不当であるから、主文表示の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)