東京高等裁判所 昭和26年(ネ)884号 判決
控訴人龍は本件家屋の占有者である訴外鈴木の拒絶するにもかかわらず、訴外崎田に右家屋に立入り、階下部分を確保管理すべきことを依頼し、訴外崎田が、訴外鈴木に脅迫的の言辞を弄して強いて右家屋に立入り、被控訴人の承諾もなく控訴人山田、同田中等をこれに居住せしめているのであるから、控訴人等の右家屋使用関係が転貸借関係でないとしても、控訴人龍の所為は家屋の賃借人として不法な行為であることは疑がない。しかし控訴人龍をしてかかる行為に出でしめたゆえんのものは、一には被控訴人の本件家屋の管理人である訴外田中重男が、賃貸借解除の原因がないのにもかかわらず、控訴人龍に対して本件賃貸借を解除する旨の意思表示をなすとともに、同控訴人の留守番として右家屋に居住する訴外鈴木と賃貸借契約を結んだ結果によるものであるから、被控訴人も不法の責を免かれないものといわなければならない。かかる場合において被控訴人が控訴人龍に対し、転貸借を理由として本件賃貸借の解除をなすことは信義誠実の原則に戻り、不当であるからこれを許容すべからざるものと解するを相当とする。したがつて控訴人龍に対し、右契約解除を理由として本件家屋の明渡を求める被控訴人の右請求もまた失当であること勿論である。
よつて右の訴状送達による解約の申入について、正当の事由があるかどうかについて按ずるに、前に認定した諸事実に前掲証人山本源太郎の証言、前掲被控訴人山本キヨ本人の供述を綜合すれば、被控訴人は前述のような事情のもとにその居住していた若松町所在の家屋を売却し、東京都北多摩郡谷保町青柳寺に建坪九坪余のバラック小屋を建ててここに引移り、夫源太郎とともに、山林を開墾し、農耕園芸等に従事しているが、被控訴人はすでに四十九才、夫源太郎は五十九才の老齢であつて、しかも夫は健康を害しており、農業によつて生活の安定を計ることの至難であることを覚り、都心に出て石炭商を開業して生計を立てることを念願し、それには本件家屋の明渡を受けることが極めて必要とするものであることが認められる。一方前認定の諸事実に当審証人宮本敏夫の証言、前掲控訴人龍断本人の供述を綜合すれば、控訴人龍は前述のような事情のもとに銀座の会社の事務所の二階に家族雇人七名とともに居住しているのであるが、本件家屋を訴外崎田に管理を依頼した後は、自らは勿論、その雇人すらこれに居住せしめようとせず、訴外崎田がその縁故者等を居住せしめるに委せている情況にあつて、控訴人の本件家屋を必要とする程度はさして急迫なものとは考えられず、しかも控訴人龍は株式会社の主宰者として相当の収益を得ていることが明らかであるところ、終戦後の住宅難も漸次緩和せられ、資力さえあれば他に住家を求めることも、不可能でないことは、当裁判所に顕著な事実であるから、相当の資力を有するものと推せられる控訴人龍において、他に住家を求めることはさして困難でないものと老えられる。以上の当事者双方の諸般の事情を比較考量すれば、被控訴人の控訴人龍に対する本件訴状送達による解約申入は正当の事由があるものというべきである。