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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)899号 判決 1954年10月30日

控訴人(原告) 高増貞治郎

被控訴人(被告) 細谷服装株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審において拡張した請求部分は、これを棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二十一万三千五百六十一円五十銭及び内金四千百九十三円五十銭に対し昭和二十五年三月十七日以降、内金十九万九千三百六十八円に対する昭和二十六年三月二十日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との趣旨の判決並に仮執行の宣言を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

控訴人が本訴請求の原因として陳述した事実は、原判決事実記載(一)の外(この部分については原判決を引用する)、次のとおりである。

一、被控訴会社は、昭和二十四年八月四日控訴人に対し、予告手当も支給せず、突然一方的に解雇の通告をしてきたが、これは控訴人が被控訴会社の脱税を目的とする二重帳簿作成の命令に服しなかつたためである。しかし使用者が労働者を解雇せんとして三十日以前に予告をしない限り、三十日分以上の平均賃金を支払うべく、若しこの予告手当が解雇の通告と同時に支払われないときは、その支払あるまで解雇の効力を生じないものというべきところ、被控訴会社はようやく昭和二十六年三月十九日に至り、昭和二十四年八月分の給料として金一万円(月給を支給される従業員には、退職の日いかんを問わず、当該月の全一月分の給料を支払う旨の被控訴会社の就業規則による。)予告手当に相当する金一万円右合計金二万円に、これに対する昭和二十六年三月十九日までの法定利息相当額を加算した金二万六百三十二円を支払つたので、ここに同日を以て解雇の効力が発生した。即ち控訴人は右予告手当等の支払われた昭和二十六年三月十九日までは引続き被控訴会社の従業員たる地位を失わなかつたのであるから、昭和二十四年八月以降昭和二十六年三月までの二十ケ月分給料合計金二十万円より、便宜前記受領金の全額を控除した残額十七万九千三百六十八円に達する未払給料の請求権を有する。

二、上記の如く控訴人と被控訴会社との間の雇傭関係は、控訴人入社以来昭和二十六年三月十九日まで満二年以上継続したこととなるところ、被控訴会社の就業規則中、二年以上勤続の従業員には、退職の場合、最低俸給の二ケ月分に相当する金員を支給する旨の規定が存するので、控訴人は該規定に基き俸給二ケ月分に当る金二万円の退職金の支払を受ける権利がある。

三、被控訴会社は労働基準法第二十条に違反し、解雇通告と同時に法定の予告手当を支払わなかつたのであるから、控訴人は本訴において(右違反のあつた昭和二十四年八月四日から起算して二年内なる昭和二十六年七月二十六日付の請求拡張等申立書を以て)労働基準法第百十四条に基き、被控訴会社に対し三十日分の平均賃金即ち月給額一万円と同額の附加金の支払を請求する。

四、よつて控訴人は、原判決事実(一)掲記の昭和二十四年三月十九日より同月末日まで十三日分の未払給料四千百九十三円五十銭に前記一ないし三の各金額を合計した金二十一万三千五百六十一円五十銭、及び右金四千百九十三円五十銭に対する昭和二十五年三月十七日以降、前記一及二の金額合計十九万九千三百六十八円に対する昭和二十六年三月二十日以降各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求むべく、当審において請求の拡張をした次第である。

被控訴人の答弁。

被控訴人が控訴人主張の業務を営む会社で、控訴人をその主張の給与条件で雇入れたことは認めるが、雇入の日は昭和二十四年四月一日であつて、同年三月十九日ではない。又被控訴会社が同年八月四日控訴人に対し解雇の通告をなし、昭和二十六年三月十九日控訴人主張の金員を支払つたこと及び被控訴会社の就業規則中俸給並に退職金の支払につき、控訴人主張の趣旨の各規定存することはいずれも認めるが、その余の控訴人主張事実は否認する。被控訴人は控訴人の請求するがままに、昭和二十六年三月十九日予告手当一万円の外に昭和二十四年八月分給料一万円及びこれ等に対する遅延利息をも支払つたので、附加金請求権は勿論雇傭に基因する一切の債務はもはや存在せざるに至つたのである。(証拠省略)

理由

控訴人が嘗てその主張の給与条件を以て被控訴会社に雇われ一般庶務、帳簿記入等の事務を担当していたことは、当事者間に争ないところであるが、その雇入の日時に関する控訴人の主張は、当裁判所が採用せざる原審の控訴本人尋問の結果を措いては、これを認めるに足る証拠がない。却つて成立に争のない乙第一号証(労働者名簿)と原審における被控訴会社代表者細谷心次本人尋問の結果とを綜合すれば、控訴人雇われの日は被控訴人主張の如く昭和二十四年四月一日であることを認めうべく右乙第一号証に控訴人の雇入年月日として昭和二十四年四月一日と記載してあるのは、同年四月一日前の給料が未払である関係上、監督官庁の検査の場合、雇主に迷惑がかかることのないよう辻妻を合せるため、控訴人自身わざとそのように不実の記載をしたものである旨の控訴本人の供述は、到底措信することはできない。それ故同年三月十九日以降同月末日までの十三日分給料四千百九十三円五十銭の請求は、もとより失当である。

次に被控訴会社が昭和二十四年八月四日控訴人に対し、予告手当を支給することなしに一方的に解雇の通告をしたこと及び昭和二十六年三月十九日に至り、遡つて昭和二十四年八月分の給料一万円、予告手当の額として給料一月分に相当する金一万円に、当日までの遅延利息を加算した合計金二万六百三十円を控訴人に支払つたことは、いずれも被控訴人の認めるところである。これにつき控訴人は、予告手当の支払を伴わざる右解雇の通告は、現実にその支払のあつた昭和二十六年三月十九日までは効力を生じなかつたものであると主張する。よつて按ずるに労働基準法第二十条の意図するところが、解雇により失職する労働者に対し他に就職の口を求めるに必要なる所定期間内の生活を保障せんとするにあることを思えば、同条の定める予告期間を設けず且つ予告手当の支払もせずになした解雇の意思表示は、これにより即時解雇としての効力を生じ得ないけれども、その解雇通告の本旨が、使用者において即時であると否とを問わず要するにその労働者を解雇しようとするにあつて即時の解雇が認められない以上解雇する意思がないというのでない限り、右解雇通告はその後同条所定三十日の期間経過を俟つてその効力を生ずる至るものと解するを相当とすべく、かく解したからとて何等法の附与せんとする労働者の保護を薄からしめることはないのである。それ故被控訴人が控訴人に対し昭和二十四年八月四日なした前記解雇の通告は、その三十日後たる同年九月三日の経過と共に解雇の効力を生じ、控訴人と被控訴会社との間の雇傭関係は同日限りを以て終了したものというべきである。しかして被控訴会社の就業規則には、月給を支給される従業員が月の中途に退職する場合その月分全額の給料を支払う旨の規定が存し、昭和二十六年三月十九日被控訴人より控訴人に対し昭和二十四年八月分給料として金一万円及び予告手当に相当する額として一月分の給料一万円と同日までの遅延利息を加算した金二万六百三十二円が支払われたことは当事者間に争がないのであるから、これにより控訴人退職の月である昭和二十四年九月分までの給料は完済されたことになり、もはや控訴人の請求しうべき未払給料は残存しない計算となることが明かである。されば本訴未払給料の請求部分は理由がない。

以上認定したとおり、控訴人は被控訴会社に昭和二十四年四月一日雇われ、同年九月三日限り解雇せられたものであるから被控訴会社の就業規則に基き二年以上の勤続者に支給さるべき退職金の支払を求める請求部分の失当であることは、更に言を俟たない。

控訴人はなお、労働基準法第百十四条に基く附加金の請求をするのであるが、同条の定める附加金なるものは、労働基準法の規定違背に対する一種の制裁たる性質を有し、労働者の請求に基き裁判所の命令によつて課せられ、その命令を俟つて始めて使用者の支払義務が発生するのであり、右規定違反あると同時に、労働者が当然使用者に対し附加金支払請求権を取得するものと解すべきでないから、控訴人解雇に当つて被控訴人側に労働基準法第二十条の違反があつても、その後前記の如く予告手当に相当する金額の支払を完了し、控訴人の本件附加金請求の申立前既に被控訴人の義務違背の状況が消滅している以上、もはや被控訴人に対し附加金の支払を命ずべき要件存せざるに至つたものといわなければならない。従つて本件附加金の請求も認容しうべき限りでない。

然らば控訴人の本訴請求はその全部が到底認容し難く、原審における請求の限度でこれを排斥した原判決はもとより相当であり、控訴は何等理由がない。よつて本件控訴を棄却すると共に当審に至つて拡張した請求部分もこれを棄却すべく民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)

参照

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の請求の趣旨及び原因

原告は「被告は原告に対し金四万九千百九十三円五十銭及びこれに対する昭和二十五年三月十七日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め請求原因として左の通り述べた。

(一) 被告会社は肩書地において洋服の製作修理を業とする者であるが、原告は昭和二十四年三月十九日賃金一ケ月金一万円(源泉所得税は会社負担)支払期日毎月末日の約で被告会社に雇われ、同日より被告会社の一般庶務、帳簿記入等の労務に従事していた。被告は原告に対して昭和二十四年四月一日からその賃金を支払つたのみで、同年三月十九日より三十一日に至る十三日分の前記契約の割合による賃金四千百九十三円五十銭を支払わない。

(二) 被告会社は昭和二十四年八月四日原告に対し何等の予告もなく一方的に解雇したのであるが、それは被告会社の取締役細谷心次より原告に対し脱税のため二重帳簿の作成を命じたが原告がこれに応じなかつたためで不当の解雇である。また原告は在職期間中誠実に勤務したのであつて、被告会社はそのために相当多額の利潤を得ているのであるから原告に対する解雇につき当時の一般会社の例により賃金三ケ月分以上六ケ月分の中間四ケ月半分の金四万五千円の解雇手当を支払うべき義務がある。

(三) よつて原告は被告に対し前記の合計金額金四万九千百九十三円五十銭及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十五年三月十七日以降右金員支払済に至る迄の間商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだものである。

二、被告の答弁

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、被告会社が原告主張の業務を営む株式会社で原告をその主張通りの契約内容で雇い入れたこと、昭和二十四年八月四日原告を解雇したことは認める。しかし原告雇い入れの日は同年四月一日である。その他の事実は否認すると述べた。

三、証拠方法及びその認否<省略>

理由

成立に争いない乙第一号証と被告会社代表者細谷心次本人尋問の結果とを綜合すると原告は昭和二十四年四月一日から原告は被告会社に雇われたことを認定でき、これに反する原告本人の供述は信用しない。したがつて同年三月十九日以降三十一日迄の賃金は被告会社に支払い義務はないから、原告の右の賃金を求める第一の請求は理由がない。

次に原告は被告会社は原告に賃金四ケ月半分の解雇手当を支払うべき義務があると主張するが、かりに原告主張のような事実ありとするも、その主張のような解雇手当を被告において支払うべき法律上の義務はないから原告の右請求も理由がないものと認める。

よつて原告の本訴請求はいづれも失当で、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。(昭和二六年三月一九日横浜地方裁判所第一民事部判決)

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