東京高等裁判所 昭和26年(ネ)907号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事実)
被控訴人の主張の要旨は、本件土地は被控訴人の所有であつて被控訴人はこれを控訴人藤井に売却したことがないのに、同控訴人名義に売買による所有権移転登記がなされている。これは被控訴人と何らの関係のない訴外楊文盛において偶々被控訴人の印章を託されていた訴外木内嶺より該印章を入手したのを奇貨とし、これを冐用して澁谷区役所に被控訴人の改印届をなし、僞造の委任状を使用して勝手に本件土地を訴外斎藤啓助に売却し、同人はこれを控訴人藤井に売り渡し、かくて中間登記を省略して同控訴人のために所有権移転登記がなされたものであるから、右各売買は無効である。よつて被控訴人が本件土地所有権を有することの確認並びにこれに基く登記抹消等を求めるというのである。
控訴人等は右に対し、(一)右楊文盛は被控訴人の代理人としてその不在中本件土地に関する一切の管理処分権を与えられていた訴外木内嶺より適法に本件土地の処分を託された復代理人であるから、同人が斎藤啓助との間に為した売買は被控訴人に対しその効力を生ずべきである。(二)仮に楊文盛が本件土地売却の代理権を有していなかつたとしても、買主斎藤としては被控訴人の実弟と称する楊文盛が被控訴人の実印を所持し、その不在中財産の管理処分に関する一切の権限を委されているが如く振舞い、委任状等の必要書類も交付されたので、同人の代理権を疑う余地なく、その権限ありと信じたのは正当の理由あるものであると主張した。
原審は被控人の請求を認容した。
(判斷)
控訴審は控訴人の右(二)の抗弁を採用して原判決を取消し被控訴人の請求を棄却した。
判決はまず右売買のなされた経緯について証拠によつて次の如く認定し
「被控訴人は昭和二十年三月二十五日頃今次戦争も終末段階に入り帝都に対する敵の空襲激化するや家族を引き連れて中国へ引き揚ぐるに当り、予て交際があり深く信頼していた澁谷署長訴外木内嶺に対し、被控訴人所有の本件土地及び当時その地上に存した建物並びに家財道具等を右建物に住み込み管理すること、隨時被控訴人の銀行預金を引き出して右土地家屋に関する諸費用を支弁すること等を依頼し、預金通帳と共に右預金払戻その他必要な用途に使用させるため印顆二箇を同人に預けて置いた。その後右建物は戦災で燒失し終戦後銀行預金は封銷されたので木内は被控訴人のために右封銷預金の解除払戻に関する事務を処理させるため、中国人たる訴外楊文盛に右預金通帳と被控訴人の印顆一箇を託したところ、同人はこれを奇貨とし昭和二十三年十二月初旬頃恣に被控訴人に代つて本件土地を訴外斎藤啓助に売り渡し且つ当時澁谷区役所に改印届を提出して該印を被控訴人の実印として届出で、印鑑証明書の下附を受けた上、その印を冐用して作成した被控訴人名義の本件土地売却委任状と印鑑証明書並びに印顆を斎藤に交付し、斎藤は更に昭和二四年二月本件土地を控訴人藤井に売却したものである。」
右の事実から、被控訴人は木内にその財産を託して遠く中国に出立せんとするに当り、木内が委任事務遂行上その責任において復代理人を選任するが如きことを暗默に許諾していたものとみるのが相当であるとなし、従て木内より封銷預金の解除払戻に関する事務の処理を依頼された楊文盛は右に関し被控訴人の代理人としての権限を有するに至つたものと判示し、進んで証拠により
「楊文盛は平素被控訴人の実弟と称し、木内及び斎藤等はかくこれを信じていたのであるが、本件地上の建物罹災後その燒跡に工場を建設し菓子製造業を営み、斎藤は同人に雇われて右工場で働いていたところ、楊は斎藤に対し被控訴人の不在中本件土地の管理処分に関する一切の権限を委されておる旨を示し、被控訴人の印顆並びに前記印鑑証明書を所持し該印を押捺した売却委任状をも交付したので斎藤は楊の代理権については何ら疑念を抱くことなく、代金二十五万円を以つて本件土地を買い受け、その後これを控訴人藤井に転売し、同控訴人も善意でこれを買い取つた」事実を認定し、「斎藤がかような状況において楊に被控訴人を代理して本件土地を売却する権限ありと信ずるのは、通常人として寧ろ当然の所であるから、かく信ずるにつき毫も過失ありとはいい難く、従つて斎藤は楊に右代理権ありと信ずべき正当な理由を有していたものというべきである。」と判断した。