東京高等裁判所 昭和26年(ラ)173号 決定 1951年8月22日
抗告人 相手方 黒沢熊由
訴訟代理人 本間誠治
相手方 申立人 松井清十郎
主文
原決定を取消す。
相手方の換価命令申請を却下する。
理由
(抗告の理由)
一、申立人は昭和二十五年十二月三日相手方から別紙目録記載の物件を買受たが申立人は之を申立外強瀬隆治に昭和二十五年十二月十日転売した。
二、相手方は本件物件が腐朽すると言うが之を除くには適当場所に保管換えすればよい。
また価格が低落すると言うが競落者は値を叩いて市価の半額位に競落される危険がある。
三、相手方は寧ろ本件立木を目標(疏第二号参照)にして換価することは望んでいなかつた。
四、従来この種の事件で換価命令の発せられたことは稀有である。
それは假処分の本質からである。
(裁判の理由)
假差押は、金銭的請求権のための強制執行の保全を目的とする制度であるから、そのねらうところは、仮差押物の交換価値である。そこで仮差押執行中に、仮差押物の価額が著しく減少し、または、その貯蔵のために不相応な費用を生ずることがあれば、仮差押の目的は著しく害せられることになる。従つて、できるだけかかる事態の生じないように、なんらかの手段をそなえることが、制度の趣旨にかなうことである。そこで民事訴訟法第七百五十条第四項の然れども以下の規定がおかれたわけである。
ところが、係争物に関する仮処分は、その目的たる物それ自体をねらう権利のための強制執行保全の制度であるから、仮処分のねらうところも、係争物そのものの現状維持にあつて、その交換価値の維持ではない。であるから、係争物が仮処分執行中に「著シキ価値ノ減少」または「貯蔵ニ付キ不相応ナル費用ヲ生スル」ことがあつても、仮処分の目的は害せられない。のみならず、もし、右のような事態の生ずるおそれがあるからといつて、目的物を換価するならば、かえつて、本案の請求権の目的物を失わしめる結果となるのであるから、これは、仮処分制度の趣旨に背反することである。
以上のようなわけであるから、仮差押についての、民事訴訟法第七百五十条第四項の規定は係争物に関する仮処分には準用がないと解するのが相当である。
記録によつてみると、原決定は、原裁判所が、同庁昭和二十六年(ヨ)第七号仮処分命令申請事件について、発した仮処分命令の目的物の一部分に関する換価命令であつて、前段説示の法理に照し、明かに違法の裁判である。従つて、他の抗告理由について判断するまでもなく、取消しをまぬかれず、相手方の換価命令申請はゆるすべからざるものとして却下すべきものである。よつて、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 山口嘉夫 判事 猪俣幸一)