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東京高等裁判所 昭和26年(ラ)438号 決定 1952年2月05日

抗告人 被申請人 株式会社山田商店

訴訟代理人 古家幸吉

相手方 申請人 水口修 外二名

主文

本件抗告はこれを棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の理由は末尾添附の抗告理由書記載のとおりである。

よつて判断するに、記録によれば抗告人は原告となり相手方三名を被告として東京地方裁判所に家屋明渡の請求訴訟を提起し同庁昭和二十二年(ワ)第一二九〇号家屋明渡請求訴訟事件に於て抗告人(原告)勝訴の判決の言渡があつて右判決には仮執行の宣言が附せられた事実、相手方三名は右判決に対し当庁へ控訴し当庁昭和二十四年(ネ)第一三六号家屋明渡請求控訴事件として繋属し尚当庁に於ては相手方三名の申請により昭和二十四年三月二日相手方水口に於て金八千円、その他の相手方等に於て各金千円宛の担保を供託することを条件として本案控訴事件の判決のある迄前記判決の仮執行を停止する旨の強制執行停止決定をした事実、相手方水口は金八千円、相手方小島、相手方丸山は各金千円宛をその翌日供託した事実、右控訴事件はその後昭和二十四年十月二十一日相手方三名敗訴(控訴棄却)の判決の言渡があり同判決が確定した事実、相手方三名は原裁判所へ右担保取消の決定を求める為め抗告人に対し権利行使の催告を求め、原裁判所は昭和二十六年十月三十一日抗告人に対し十四日以内に権利行使をなすべき旨の催告書を発送し同催告書が同年十一月十二日抗告人に到達した事実、抗告人が同月二十六日相手方三名との間の東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一二九〇号(東京高等裁判所昭和二十四年(ネ)第一三六号)家屋明渡請求訴訟事件につき相手方三名の負担すべき訴訟費用額の確定決定を求める旨の申立をなした事実は孰れも明白である。

おもうに仮執行の宣言を附した判決に対し上訴を提起したとき保証を立てさせて仮執行の停止を命じた場合右保証によつて担保せられる債権は、右仮執行の停止によつて生じた損害賠償請求権であつて本案訴訟事件に於て生じた訴訟費用の請求権はこれに該当しないものと解するを相当とする。即ち訴訟費用の担保は、民事訴訟法第百七条に、「原告が日本に住所、事務所及営業所を有しないときは裁判所は被告の申立に因り訴訟費用の担保を供すべきことを原告に命ずることを要する」と明定するように、法律の規定を俟つて始めて生ずるものであつて、民事訴訟法第五百十二条によつて準用せられる同法第五百条に規定する担保は、強制執行の停止によつて生じた損害賠償請求権だけを担保するものであることは同法条の法意に照して疑ないものと考へられる。然も訴訟費用は民事訴訟法第八十九条によれば、敗訴の当事者が負担するのが原則であるが、同法第九十条によれば、裁判所は事情に従ひ勝訴の当事者をして其の権利の伸張若は防禦に必要でなかつた行為に因つて生じた訴訟費用又は訴訟の程度に於て相手方の権利の伸張若は防禦に必要であつた行為に因つて生じた訴訟費用の全部又は一部を負担せしめ得るものであり、他面損害賠償請求権の成立要件としては故意又は過失によつて権利を侵害したことを必要とするから、訴訟費用の請求権と損害賠償請求権とはその成立要件内容を異にする結果相一致するものでないこと多言を俟つ迄もなく明白である。

従て本件担保について、抗告人が本案訴訟事件に於ての訴訟費用額の確定決定の申立をなした一事によつては民事訴訟法第百十五条第三項所定の権利行使をなしたものとは云ひ難く、右に所謂権利行使をなしたものとしては抗告人に於て前記説明の損害賠償請求権について訴の提起、支払命令の申請、調停の申立、裁判上の和解の申立等少くとも裁判上の権利の行使を催告期間内になすべきことを必要としたものと解すべきところ、抗告人が催告期間内にこれ等の権利行使をしたことはその主張、立証しないところであるから原裁判所が抗告人が催告期間内に権利行使をしなかつたものと認め抗告人に於て本件担保取消に付同意があつたものとみなして本件担保取消決定をしたのは洵に相当である。

又原決定の担保取消決定には昭和二十六年(モ)第三九四六号事件に於て申請人として水口修、丸山千鶴子、小島仲、被申請人として抗告人を表示し申請人が昭和二十四年三月三日東京法務局へ金八千円を供託して為した担保(供託番号昭和二十四年金第七五八五号)は担保権利者の同意があつたものとみなして取消す旨記載してあるが冒頭説示のとおり本件強制執行停止決定は相手方水口に金八千円、その他の相手方に各金千円宛の担保の供託を命じたものであつて相手方等三名は夫々その担保を供託したものであり、本件担保取消決定の申立は相手方三名から原裁判所へ同時に共同して申立てられ昭和二十六年七月十一日東京地方裁判所(モ)第三九四六号担保取消決定申請事件として受理せられ(記録第八丁参照)、担保権行使催告の申立も同様三名から原裁判所へ同時に共同して申立てられ同年十月二十七日東京地方裁判所(モ)第六三九九号事件として受理せられ(記録第二八丁参照)催告書亦申立人水口、丸山、小島三名を表示して発せられ(記録第二九丁参照)た事実に、原決定の事件名並に当事者として相手方三名を表示してある点並にその内容の記載を照合するときは、原決定は相手方三名の供託に係る担保全部について取消の決定をなしたものであることは明白疑のないところであり、唯相手方丸山千鶴子、同小島仲の供託金額、供託番号の表示を遺脱したものと認められる。そしてこのような遺脱は民事訴訟法第百九十四条により原裁判所は申立に因り又は職権により何時にても更正をなし得べきものであつて原決定の実質には何等の違法がないものと云わなければならない。

よつて抗告人の本件抗告は理由がなく、その他記録を調査しても原決定を取消すべき違法の点は発見出来ないから本件抗告を棄却すべきものとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡辺葆 裁判官 牛山要 裁判官 野本泰)

抗告の趣旨

原決定を取消すとの御裁判を求める

一、抗告人は原裁判所から、水口、丸山、小島等より担保取消決定の申立があつたから、十四日内に権利行使の上、其の証明書を添付して原裁判所に提出すへき旨の催告を受けた、催告書の日附は昭和二十六年十月三十一日で送達のあつたのは同十一月十二日であつた

二、抗告人は之に応じ、昭和二十六年十一月二十六日、東京地方裁判所に対し、本案訴訟、即ち同庁昭和二十二年(ワ)一二九〇号、其の控訴、東京高等裁判所昭和二十四年(ネ)一三六号各事件の判決によつて被告等(相手方等)に負担を命ぜられた訴訟費用額確定決定の申請を為し、即日右申請書提出受理せられた証明書を受け、原裁判所の担保取消の掛に提出した

三、而して右訴訟費用額の決定は未だ為されてゐない、それにも不拘之の権利行使の申告を無視し原裁判所では前掲の如く決定された、之れは明に不法の決定で取消さるべきものと確信する

四、尚ほ決定書によれば三名(水口、丸山、小島)か八千円供託した様に記載されてゐるが、抗告人本人に送達せられた強制執行停止決定には計壱万円の供託を命ぜられたことになつてゐる

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