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東京高等裁判所 昭和27年(う)1516号 判決 1953年2月23日

控訴人 被告人 水野繁彦 外一名

弁護人 瀬崎憲三郎 外四名

検察官 曽我部正実 田中政義

主文

原判決中被告人水野繁彦同野津重男に関する部分を破棄する

被告人水野繁彦を懲役二年六月に、被告人野津重男を懲役一年に処する。

第一審に於ける未決勾留日数中被告人水野繁彦に対し九十日を、被告人野津重男に対し三十日を右各本刑に算入する。

訴訟費用中第一審証人布施政雄同上西正三に支給した部分は被告人水野繁彦同野津重男と原審相被告人池田偵一郎同能勢正の連帯負担とし、第一審証人清水隆一に支給した部分は被告人野津重男の負担とし、其の余の訴訟費用中第一、二審証人伊藤清六同福田太一同小林越松同泰慶蔵同上野四夫同棉引喜一第一審証人伊藤泰同小林衝同明石哲郎第二審証人矢吹哲夫、同石川正次郎に支給した分を除く其の余は第一、二審を通じ全部被告人水野繁彦の負担とする。

被告人水野繁彦に対する公訴事実中、昭和二十五年十二月二十六日附起訴状記載第一、第二(原判決判示第一(一)(イ)(ロ)に該当)の詐欺の点については同被告人は無罪。

被告人野津重男に対する公訴事実中昭和二十五年十二月二十八日附追起訴状記載の公文書偽造同行使の点(原判決判示第二に該当)については同被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は被告人水野繁彦の弁護人丸三郎同瀬崎憲三郎同野村雅温並に被告人野津重男の弁護人和光米房同佐藤操の各提出した控訴趣意書に記載された通りである。之に対し当裁判所は左の通り判断する。

弁護人佐藤操趣意書第一点について

論旨は被告人野津重男に対する原判決第二第三(一)(二)の事実はいづれも事実誤認に基くものであると主張するのであるが、右論旨に付判断を加えるに先立ち職権を以て按ずるに、被告人野津重男に対する本件公文書偽造同行使の事実は昭和廿五年十二月二十八日附追起訴状の記載によれば「被告人野津は相被告人水野、原審相被告人池田、同能勢と共謀の上東京地方検察庁の庁印を押捺した検察庁用紙を入手し昭和廿四年十月下旬東京都千代田区霞ケ関一丁目法務府内全法務労働組合厚生部売店等に於て行使の目的を以て擅に右用紙に同検察庁が近江織物株式会社に対し抄織一万三千三百十反(一反二十五碼もの)を代金三千九百九十三万円にて註文する旨記載し以て同検察庁名義の註文書一通を偽造し之を真正に成立したものの様に装い同月下旬東京都港区芝白金台町三丁目十番地旅館港屋に於て第一繊維株式会社社長柊末吉に交付して行使したものである」というのであり、被告人野津は原審公判冒頭に於て右公訴事実を認め、そのことについては被告人水野も承知していたと陳述したが其の後の公判に至り地方検察庁名義の註文書は正当のものと考えていたといい右公訴事実を全面的に否認する態度を示したのである。而して原審は右起訴状記載の訴因に対し、何等訴因変更等の手続を経ることなく「被告人野津は水野を除く他二名(池田、能勢)共謀して判示文書偽造を遂げた上(之を訴因に記載された柊末吉に対し行使したものではなく、却つて)偽造の情を知らない相被告人水野に交付して行使したもの」と認定したのであつて、右訴因と原判決の認定との間には、被告人が判示註文書の偽造を遂げた上之を行使したという公訴事実についての同一性は保持されていると見得るであろうが、何等の訴因変更の手続を経ないで原審の如き認定をすることは文書偽造の点は別として偽造文書行使の点について、被告人をして防禦権の行使を全うせしめなかつたとの非難を免れないであろう。

蓋し防禦権の行使とか之に対し如何なる保障を与えるべきかの如きは必しも訴訟の全段階を通じて一定不変のものとみるべきではなく、訴訟の実態に応じて変化し得べきものと謂うべく、本件に於ては前記の通り被告人の当初の態度と其の後のそれとは対蹠的の差がある丈でなく、訴訟の具体的経過に鑑みても被告人が相被告人水野に対し偽造文書を行使したという事実の如きは特に審理の対象となつたものとは認め難いのであるから、原審の前記認定は唐突の感あるを免れず、原審は結局此の点に於て訴因変更に関し訴訟手続上の違法を冒したものといはなければならない。

更に進んで原判決認定の事実に付て論旨主張の如き誤認の有無を按ずるに、記録並に原審、当審で取調べた証拠を検討すると、被告人野津が本件公文書偽造並に行使に付共同正犯の責任ありという原判決認定の事実は誤認であるとの疑いがあるから、論旨も結局理由があることになり、原判決中被告人野津に関する部分も亦以上各点に基き破棄を免れない。但し原判示第三(一)(二)の事実は原判決挙示の証拠により其の証明があり記録を精査しても事実誤認とするに足りないので此の点についての事実誤認の主張は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 藤嶋利郎 判事 飯田一郎 判事 井波七郎)

被告人野津重男の弁護人佐藤操の控訴趣意

第一点原判決は判決に影響を及ぼすべき重要な事実に付て誤認をしている。

(一) 原審は本件被告人に対し公文書偽造罪を認めているが被告人が本件公文書の作成に関与した事実と言えばタイプに打つことを依頼したと言う一点だけである。そしてそれはその文書の作成名義が真正に成立したものであると確信して居たからである。

即ち本件文書は中村が直接水野の依頼によつてその作成を池田に依頼し池田が能勢から判を借りて文書の作成名義を作成し空白の文言は形式が判らないから適当に補充する様に言つて中村に渡し同人から被告人の手に移りタイプに廻されたものである。被告人は池田、能勢両人の人格に依頼して居たので中村の言によりそれが真正のものであることに付何等の疑念を抱く余裕もなく予て水野から手渡されていた官庁関係註文書の形式に従つてタイプを打たせたのである。そして此の間の事情を最もよく知る者は中村、池田、能勢、水野、被告人の五人であるが更にその中核をなす者と言えば中村、池田、能勢の三名であり、この三名の原審に於ける供述を精読すれば明瞭である様に被告人が本件文書の偽造行為に協同したと認むべき点は右のタイプを打たせたと言う一点を除いてはどこにも全然存しない、本件の発端の頃ブローカ連中の口を通して空発註し真実の註文でなくても註文書さえ取ればよいと言う話が出たためにそれが劈頭からして本件の全貌を歪曲し極めて不利な先入感を抱かしめる様に出来ているのであるが、このことが後に本件文書が作成される頃に及んでこの品物ならば大丈夫売れると言う見透しから真実の註文を取ると言うことに方針が決定していたことは各関係者の供述により明かであつて被告人も固より真実の註文を取らなければならないと殊に努力していたものであり本件文書を似て真実の註文書であると固く信じて居たからこそタイプに打たせたものであるに外ならない。

又原審は被告人に対し偽造文書の行使罪の成立をも認めているがこれ亦事実を誤認したかそれでなければ法令の解釈を誤つたものと言わなければならない、仮りに前述の文書偽造罪が本件被告人に対して成立するとしてもその行使罪は成立しない。被告人が本件文書を作成するに当り之を行使する目的を有して居たとしてもそれは単に該文書の偽造罪を成立せしめるだけであつて若し此の行使の目的が無かつたならば文書偽造罪そのものが成立しないのである。行使罪が成立する為にはその上更にその文書を行使したと言う事実が存在しなければならないのに原審記録で明かである通り本件文書を実際に行使した者は水野でありそして水野の右行使行為に付て被告人が水野と明示にも黙示にも意思を通じて居たと認むべき事実は全くないのであるから行使罪の成立する余地はないのである。

(二) 原審は被告人に対し詐欺罪の成立を認めて居るが、これも事実を誤認したものである、詐欺罪とされた理由の(一)は実際の註文数を偽つて虚構の事実を申向けたと言うことと、納入先の名目を偽つて品物を引取つたということが実質的に重要視されている様であるけれども註文着数はそれ位の数量は大丈夫売れるという池田の見込によつて同人からその様な註文が出たので被告人がその通りに大栄産業に註文を出して品物を引取つたけれども池田の見込がちがつて居つたため予定通り売れなかつたので已むなく他へ売却したという事実であり、又全法務労働組合厚生部へ納入するといふことで取引をしたということも証人清水隆一の供述によると被告人が取引相手ならば断るが全法務労働組合厚生部が直接の取引相手であるならばということで特に念を押して取引をしたものであるという様になつているけれどもこれは要するに被害者心理から出た言葉であつてこれは被告人が右組合の厚生部へ納入するためその様に言つて大栄産業から買受けたがそれが予定通り消化されなかつたので他へ売却したという事実なのである。そしてこの間の真相は被告人の供述は別としても池田の原審に於ける供述によつて明白である。たゞ右何れの場合にも代金未払となつて大栄産業に迷惑をかけたが、ために被害者心理に固つて結果から原因を憶測して詐欺罪であると速断し原審も亦被害者の供述に最も着眼して事の真相を看過し事実を誤認したものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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