東京高等裁判所 昭和27年(う)1615号 判決
原判決が認定した事実は源村農業協同組合長たる被告人が同組合参事河西次郎、及び同組合書記埴原力と共謀の上昭和二十三年十二月末頃業務上保管していた政府所有の検査済粳玄米六十瓩入十俵を営利の目的を以つて物価庁長官指定の統制額を超えた代金五万三千円で名取秀子に売却して横領したというのであり、右事実認定に引用の証拠によれば、前記玄米十俵というのは、昭和二十三年度分産米を生産者が政府に売渡す目的で集荷機関である源村農業協同組合に持ち運び同村駐在の食糧検査員水上悠紀近の検査を受けた上、組合倉庫に保管されていた多数の玄米俵の一部であること明らかであるが、その十俵の生産供出した農民が誰であるかを認め得る資料は記録上存在しないのである。そこで論旨は(1)本件玄米十俵には主要食糧買入代金支払証票が未だ発行されておらず、政府に所有権が帰属したといえない。(2)しかも右十俵は他の多数の米俵と混同してしまつたから、誰がこの十俵を供出したかは不明で、特定の生産者の所有といえない。(3)然るに他方源村農業協同組合は当時蚕豆十俵を代替供出し、前記玄米十俵は蚕豆に代つて同組合の手に残つたものであり、組合の所有というべきである。それ故被告人等がこれを他に売却しても組合の所有物を処分したに過ぎず、業務上横領罪は成立しないと主張する。
しかし右所論中(1)の支払証票がまだ発行されていないのかどうかは一箇の疑問に属する。所論支払証票というのは生産者に対し交付されるものである(食糧管理法施行規則第十六条参照)から、現実に米を売渡又は売渡の委託をした生産者が存在するのに、支払証票が発行されていない理由は何故であるか、又支払証票が発行されないでも生産者が別段物議をかもさず納得していた理由は何であるか一切不明だからである。それはそれとして本件に於ては積極的に前記玄米十俵につき支払証票が発行されたとの証拠もないし、原審相被告人埴原力は所論に符合する供述をしていることでもあるから、この点所論のとおり支払証票の発行がなかつたものとする。然りとすると、政府の買受の意思表示が確定的のものといえないから、本件十俵の玄米が政府所有に帰したといえないことは所論のとおりで、原判決に右玄米十俵を政府所有と認定したことは事実を誤認したといえよう。そこでこの玄米十俵が政府所有でないとすると果して何人の所有であろうか。此の点進んで検討するならば、この十俵の玄米が生産者より政府に売渡すため集荷機関に集まつたものであること先に説明したとおりであり、集荷機関たる農協の倉庫内に於て他の生産者の所有に属する米俵と混和し識別することができなくなつても、民法第二百四十五条の混和の法理によつて所有権の帰属が解決されるべきであり、依然生産者の所有というべく第三者たる農業協同組合の所有に帰すべき理由はないのである。この事は源村農業協同組合が蚕豆十俵の代替供出をしたからといつて右結論に何等の差異を来すものではない。源村農協のいわゆる代替供出をしたという蚕豆十俵は政府から農民の種子用として同農協に売渡されたけれど、希望者が少かつたため、売残つたものであり、この蚕豆を生産者でもない農協の名前で代替供出をすることを認められてはいないのであり、源村農業協同組合長たる被告人が食糧検査員水上悠紀近と結託して違法な代替供出を正当なもののように仮装したに過ぎないことが記録上明白なところであるから、源村農業協同組合が右蚕豆十俵の代替供出の故を以て農民から政府に売渡さんとして集荷機関に持つてきた米穀十俵の所有権を取得するいわれのない事は明白である。所論は敍上見解に反し独自の主張をするものであつて到底採用できないと共に玄米十俵が政府所有でないとしても農業協同組合の所有でなく、従つていずれにしても他人の所有であること明白であるから、原判決が政府所有と認定した点の事実誤認は判決に影響を及ぼさないというべきであつて論旨は理由がない。