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東京高等裁判所 昭和27年(う)1711号 判決 1953年3月10日

控訴人 被告人 崟午任

弁護人 渡辺喜八

検察官 田中政義

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添付した弁護人渡辺喜八名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一、二点について。

被告人が昭和二十五年四月六日頃政府の免許を受けない者が製造したアルコール分一度以上の合清酒七斗九升一合と右と同様の焼酎八斗五升二合を所持し、その頃右同様の合成清酒五升を渋木子之男に譲渡したという本件酒税法違反事実について、三条税務署収税官吏大蔵事務官渡辺輝澄の告発があつたのは、右犯行後一年半を経た昭和二十六年十月十五日であることは所論のとおりである。しかし原審並当審証人渡辺輝澄、同伊藤正二郎、当審証人石田美代治の各証言によれば、被告人方に酒税法違反があることを探知した三条市警察署は三条税務署と協力し、右違反事件を摘発せんとしたが、三条市警察署の側では被告人をも被疑者の一人とみる方針を以つて捜査したに反し、三条税務署収税官吏たる渡辺輝澄は、右犯則事件の犯人は被告人の夫である藤田こと李康玉に違いないと思いこんでいたので、昭和二十五年四月六日適法な令状によつて被告人方を捜索した際も単なる立会人として取扱い、事情を聴取して顛末書を作成したに止まり、被告人自身の酒税法違反事件が存することを看過し、夫李康玉のみを被疑者とする犯則事件の調査をした上で、同年五月二十日李康玉を新潟地方検察庁三条支部に告発したところ、同支部に於ては係官の転任その他の事情により、右事件の処理が著しく遅れ、同庁検察事務官石田美代治がその取調に着手したのが昭和二十六年十月頃であり、その取調の結果、李康玉には犯則事実の嫌疑がなくなり、寧ろ被告人こそ真の犯人であると認められるに至つたので、前記渡辺輝澄を三条税務署より招いてその顛末を打明けたところ、渡辺に於ても、初めて自己の調査に行き届かない点があつたことを発見し、そこで本来なら被告人を被疑者として再度の調査をすべき筈であるが前記のように昭和二十五年四月六日の捜索の際被告人を立会人として事情を聴取し顛末書を作成してある関係上、今更改めて被告人を被疑者としてその犯則事件について取調べるという労をとるまでもなく、被告人の夫李康玉に対する犯則事件の調査により蒐集し得た資料を検討することによつて被告人自身に犯則事件の存することを認め得たので、昭和二十六年十月十五日被告人に対し本件酒税法違反事件について告発の手続を採つたものと認めることができる。而して以上認定のように三条税務署収税官吏たる前記渡辺輝澄が検察事務官小川美代治の説明により、当時なお三条税務署に残つていた昭和二十五年四月六日附顛末書を作成した当時の記憶をよび起し、事件の全貌を検討した結果、これまで立会人として事情を聴いただけの被告人が真の犯則者であることに気がついたということは、渡辺輝澄が収税官吏として独自の権限に基き従前の資料により事件を再検討したことを示すものであり、従つてこの再検討こそ国税犯則取締法第十三条第一項本文にいう収税官吏としての事件の調査というに該当するものといわなければならない。証人渡辺輝澄が再調査しなかつたと証言しているのは被告人を被疑者として尋問する等の手続を省略したことを意味するに止まり、被告人を犯則者とする事件の調査が行われなかつたことまでをいうものとは認められない。それ故右渡辺輝澄が右調査を終つた上、収税官吏たる職務上国税犯則取締法第十三条第一項但書第三号に則つて被告人に対する告発手続をしたことは正当な権限の行使であると認められる。

所論は先ず収税官吏たる渡辺輝澄が昭和二十五年四月頃か遅くも同年五月中には本件犯則事件の調査を終り、之を所轄税務署長に報告したものとの事実を前提とし、右報告後に於ては税務署長の権限による告発手続があれば格別、収税官には告発の権限がないと主張するのである。しかし渡辺輝澄が本件は被告人を被疑者とする犯則事件であることに気づいたのは前段認定のように昭和二十六年十月十五日に至つて事件の全貌を検討した結果でありそれまでは被告人を犯則者とする事件の調査をしなかつたのであるから、所轄税務署長にその報告をしたことは認められない。もつとも原審証人渋木子之男の証言に当審検証の結果を綜合すると、渋木子之男が朝鮮人藤田某から無免許製造の合成清酒を買い受けた事実につき昭和二十五年四月十四日頃三条税務署長より渋木子之男に対し罰金相当額を納付すべしとの通告処分があつたことを認めることができるし、この事実から更に右渋木の犯則事件は収税官吏の調査を終つた後三条税務署長に報告済の事が窺い得ないわけではない。しかし右渋木の犯則事件の報告に当つて朝鮮人藤田某とは被告人であることを税務署長に報告されたとまでは到底認められないのであるから、被告人の犯則事件が昭和二十五年四、五月頃税務署長に報告があつたことを前提とし、収税官吏に告発の権限がないと主張する点は理由がない。

所論は更に犯行後一年有半を経過した後に於て証拠湮滅の虞あることを理由として為された告発であるからそれ自体に於て証拠湮滅の虞ありとするのは失当なこと明白なように主張するのであるが、犯行後一年半を経過しているからといつて証拠隠滅の虞はないと断定できないところであり、渡辺輝澄が被告人に右のような虞があるものと判断したことが或は客観的に考察して不当な点が存したとしてもそれ故に同人の昭和二十六年十月十五日になした告発手続が当然無効のものといえないから論旨がその無効を主張する点も理由がない。

同第三点について。

原審に於て弁護人から本件酒税法違反の告発は無効であるから訴訟条件を欠缺し、公訴棄却の判決を言渡さるべきものであると主張があつたことは記録上認められる。しかし訴訟条件の欠缺の故を以つて公訴棄却の裁判を求めるとの主張は刑事訴訟法第三百三十五条第二項前段の法律上犯罪の成立を妨げる理由にもならず、又同項後段の刑の加重減免の理由となる事実上の主張にも該当しないこと明白である。従つて原審が弁護人の前記主張にも拘らず本件告発を有効とする前提の下に被告人に対し罰金刑の言渡をしただけで、右告発の無効でない所以を説明しなかつた点に刑事訴訟法第三百三十五条第二項の判断を示さなかつたとの違法が存するわけでなく、論旨は独自の見解に過ぎないからその理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則つてこれを棄却し、当審の訴訟費用は同法第百八十一条により被告人に負担させることとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第一点原判決は公訴棄却を言渡す可きに拘らず之を為さず被告人に有罪の言渡を為した違法がある。

酒税法違反は告発権を有する者の告発を待つて之を論ずる事案であることは争のない処であつて、しかも酒税法違反の犯則事実のあつた場合の告発を為し得る者は原則として国税犯則取締法第一四条によつて国税局長又は税務署長である。例外として、収税官吏が告発し得る場合は、収税官吏が犯則事件の調査に際し又は犯則事件の調査を終つて之を国税局長又は税務署長(以下局長、署長と略称)に通報する迄の間に、(イ)犯則嫌疑者の居所不明の場合 (ロ)犯則嫌疑者の逃亡の虞れある時 (ハ)証拠湮滅の虞のある場合に限るものであることは、国税犯則取締法第十三条第一項第二項の規定の趣旨からして明白である。即ち、収税官吏が犯則事件の調査を終つた時は之を所轄の局長、署長に報告しなければならないのであつて、その間に前記(イ)乃至(ハ)の理由のあるときは直に告発し得るが、調査を終り之を局長又は署長に報告又は通報した時は、それに対する告発権は局長又は署長に移り収税官吏は之が告発を為し得ないものである。

局長又は署長が右報告又は通報を受けそれによつて犯則の心証を得た時は、その犯則の理由を明示して罰金若は科料に相当する金額没収物等の納付を犯則者に通告し(国税犯則取締法第一四条第一項)犯則者がその通告に従えばそれで良いが(同法第一六条第一項)右の通告を受けても二十日以内に履行しなかつたならば局長又は署長は犯則者を告発することが出来る(同法第一七条第一項)。局長、署長と謂共右の罰金(相当額)通告を為さないで直に告発の出来る場合は犯則者に前記の通告の旨を履行する資力がないと、犯則の事実が懲役刑に処するような情状のものであると、局長又は署長が認める時(同法第一四条二項)及び犯則者の居所不明の為め通告を為し得ない時か又は犯則者が右の通告の受領を拒む時(同法第一七条第二項)に限られるものであつて、局長、署長と謂共右の場合の外は通告を為さずに直に告発を為し得ないものであることは国税犯則取締法第十四条乃至第十七条の規定で争う余地のないものである。従つて、収税官吏が直に告発する場合は全く例外であつて、局長又は署長に犯則事実の調査をし之を報告した限りは如何なる場合と謂えども収税官吏に告発権がなくなるものである。

若し局長又は署長に報告して置きながら、収税官吏が告発する様なことがあれば、局長又は署長の行政処分権、しかもそれは局長又は署長に専属する先決権を侵すことになるばかりでなく、既に告発権が局長又は署長に絶対的に専属し、収税官吏は告発権が無くなつているのであるから、その告発は無権利者の告発であつて、無効なものである。即ちその告発は一般市民の告発と何等違うところのないものである。本件の事実に付いて鑑るに、密造酒の販売、所持が発覚したのは昭和二十五年四月六日であつて、当日収税官吏が警察職員と共に現場に於いて押収捜査を遂げていることは、証人渋木平之助、被告人本人、証人渡辺輝澄の各原審に於ての供述で明かであつて、更にその犯則事件に対する取調の進行に付いて原審に於ける証人渡辺輝澄収税官吏の証人調書をたどつてみると、裁判官との問答中、問「昭和二十五年四月六日に臨検したか」答「そうです」問「そうして差押をした日に崔を調べたか」答「はいその日に調べました」………問「取調はそれで済んだのか」「答そうです」問「全部の取調が終つたのはいつか」答「その年の五月中旬には全部済んだと思います」弁護人との問答中、問「渋木に罰金の通告処分をしたか」答「しました」問「何時したか」答「昭和二十五年中に税務署長がしました」問「その頃証人は崔千任方に合成酒、焼酎等があつたことを報告したか」答「報告してあると思います」これに依つて、本件の事案に付いて収税官吏の調査は昭和二十五年五月中旬には終つて、渋木に対しては同年中に既に署長の罰金通告が為されている位であるから、事件は当然税務署長に報告されていることは前記渡辺証人の証言を俟つまでもなく当然推察し得る処である。それならば如何なる理由があろうとも被告人に対する告発するや否やの権限は署長に専属する処で収税官吏渡辺輝澄にはその告発権がないのであるにも拘ず同人が昭和二十六年十月十五日附で本件藤井検察官に告発をしても、その告発は全く告発権のない者が為した告発で所定の効力のある告発でない。

然るに原審は弁護人が有効な告発でなく訴訟条件をかく故に公訴棄却の判決言渡が至当であるとの主張を容れず、此の点の判断を誤つて、判示第一、二事実に付いて有罪の言渡を為したものであつて、原審判決はその点の解釈を誤つたものであるから当然破棄されなければならないものである。

第二点更に渡辺輝澄の告発は昭和二十五年四月の事案に対して一年以上も経過した昭和二十六年十月十五日に為されたものであつて、その告発の理由は被疑者に証拠湮滅の虞れのあることを理由に収税官吏として告発しているが、犯則事件の調査が昭和二十五年五月中旬に終つて(同人の前記証言参照)一年半も放任していて、それで昭和二十六年十月十五日に至つて証拠湮滅の虞を理由に告発するに至つてはその理由の余りにも出鱈目であることは何人も容易にうなずける処である。

告発が仮りに形式的に整うているとしてもそのような告発は実質的には無効と謂わなければならないから、此の点からしても公訴は訴訟条件を欠くものであつて、これを過誤した原判決は破棄されなければならない。

第三点原判決は為さねばならぬ判断を遺脱したものである。

第一審弁護人は原審に於て前記第一点第二点に記載された如く、被告人に対する起訴は訴訟条件を備えていないから公訴棄却の言渡が至当である旨を主張したものであつて、それであればこそ一旦結審した弁論を裁判官が職権で昭和二十七年二月二十八日に再開し、同日告発者渡辺輝澄を職権で証人として訊問したものであることは記録の上で明白である。弁護人が本件の起訴は訴訟条件を欠くを以て公訴棄却の判決を求める主張を為している限り、それを容れる容れないのは別として、右の主張に対して当然その判断を判決に示さなければならないことは刑事訴訟法第三五三条第二項の命ずる処であるにも拘らず原判決は弁護人のその主張を排除していながら、その判断を示さないのは明かに同条に違反するものであつて、当然附す可き判断(理由不備)を遺脱した判決として破棄されなければならない。

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