東京高等裁判所 昭和27年(う)2422号 判決
原判決が証拠に採用している検察官作成にかかる被告人の供述調書の記載によれば、検察官は、被告人に対し、その嫌疑を受けている犯罪事実の有無を質問する趣旨をもつて司法警察員の事件送致書の記載内容の一部である犯罪事実を読み聞けた事実が明らかである。検察官小松勇蔵は、原審(第七回公判期日)において、自らの録取作成にかかる被告人の右供述調書と共に所論事件送致書を刑事訴訟法第三百二十二条のいわゆる被告人の不利益な事実の自認乃至自白を内容とする書面として証拠に提出していることによつて見るときは、右供述調書の前示記載に照らし、検察官は、右送致書の犯罪事実とある部分のみ取つて前示犯罪事実の質問内容を明らかにしたにすぎず、決して同送致書自体を証拠に提出したものでなく、原審もまたその趣旨をもつて事実認定の証拠に採用したものであることが窺われる。只斯る場合、右供述調書の記載に読聞けたとある事件送致書が果して検察官提出の事件送致書と同一であるか何うか、従つて、その記載にかかる犯罪事実が彼此同一であるか何うかにつき疑の存する場合が無いでもなかろうけれども、記録に徴し、右供述調書の供述につき、特にその任意性を疑うべきものの存するあるを認め得ない本件において、原審第七回公判調書の記載でも明らかなように、原審が、刑事訴訟法第三百二十二条所定の条件を充足するものとしてこれが供述調書につき、これが内容を明らかにする趣旨をもつて、右事件送致書記載の犯罪事実をも同法第三百五条第一項所定の何れかの方法により朗読して、適式な証拠調を履践したことの認め得られる以上、右供述調書及び事件送致書を証拠とすることにつき、被告人の同意がありたると否とを問わず、記録上被告人側において右証拠調の履践につき何等異議を止めた事跡もないのであるから、右事件送致書の同一性につき何等の疑もなかつたものと言わざるを得ない。果して然らば、原審が検察官作成の被告人の供述調書の事実認定の証拠として採用するに当り、所論右の事件送致書をも、それ自体においては本来証拠能力のない伝聞証拠たるに拘わらず敢えて右供述調書との牽連において証拠の標目に挙示したことは寧ろ事理の当然とするところであつて、訴訟法上何等批議さるべき限りではない。
然るところ、所論によれば、原判決挙示の証拠中、原審証人嶋田七郎、同渡辺荘治、同白根六太郎の各証言は、被告人が直接賍物の故買に関係した事跡を示すものがないから、証拠能力のない前示事件送致書と共に、爾余の被告人の各供述調書の自白を補強するに足りないものがあるから、原審は、憲法第三十八条、刑事訴訟法第三百十九条第一項第二項に違背して、被告人の任意性なき自白のみを唯一の証拠とした違法があると主張しているけれども、被告人の右各供述調書に何等その任意性の疑うべきものの存しないこと、及び原審が所論事件送致書を証拠の標目として挙示したことの何等批議さるべき限りでないことは、既に前段説示したとおりであるのみならず、事実の認定は、諸般の情況証拠を綜合して、これを為し得るところであつて、被告人にかかる賍物故買の所為を中核とする原判示事実は、右事件送致書を含む原判決挙示の被告人の各供述調書の記載を右各証人の各証言と綜合してこそ優にこれを認め得るところであるから、原審は決して被告人の任意に出でない自白のみを唯一の証拠として被告人を有罪としたものとも言うことはできない。
論旨は理由がない。