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東京高等裁判所 昭和27年(う)2427号 判決 1952年9月29日

控訴人 被告人 辺見俊量

弁護人 河上丈太郎 美村貞夫

検察官 松村禎彦関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人河上丈太郎、同美村貞夫作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、これを本判決書末尾に添附し、その摘録に代え、これに対し次の通り判断する。

論旨第三点について。

昭和二十二年勅令第九号(以下勅令第九号という)は昭和二十年勅令第五百四十二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」(以下勅令第五百四十二号という)に基いて制定されたものであり、右勅令第五百四十二号は昭和二十七年法律第八十一号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(以下法律第八十一号という)第一項に依り廃止され、同法第二項は勅令第五百四十二号に基く命令は別に法律で廃止又は存続に関する措置がなされない場合においては、この法律施行の日から起算して百八十日間に限り法律としての効力を有するものとすると規定していること、右勅令第九号は昭和二十七年法律第百三十七号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律(以下法律第百三十七号という)第一条第二号に依り法律として効力を有するものと規定されていることいづれも所論の通りである。しかし右勅令第五百四十二号は旧憲法第八条に基いて発せられた緊急勅令であつて、我が国がポツダム宣言を受諾して同宣言の定める諸条項を誠実に履行すべき義務を負い、且つ降伏文書に調印して同文書の定める降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の発する命令を履行するに必要な緊急措置として制定されたものである。この勅令が命令に委任した範囲は広汎であるが、降伏条項の実施が広汎に亘り、その実施に関する連合国最高司令官の要求はその時期と内容を予測することができず、しかもその要求があれば迅速且つ誠実にこれを履行することを要するのであるから、右勅令が委任立法の範囲を「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ連合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為必要アル場合」と定めたことは已むを得ないところであつて、旧憲法第八条の要件を逸脱したものではなく、その後右勅令は議会に提出されて昭和二十年十二月八日貴族院において、同月十八日衆議院においてそれぞれ承諾されたので爾後旧憲法上法律と同一の効力を有することとなつたのである。そして旧憲法上の法律はその内容が新憲法の条規に反しない限り新憲法の下においても法律としての効力を有するものであり、降伏条項の誠実な実施は我が国の義務であるから、勅令第五百四十二号は新憲法の条規に反するものと認められず、従つて新旧いづれの憲法の下においても有効であるといわなければならない。かくして勅令第五百四十二号による立法の委任は、旧憲法下において有効であると共に新憲法下においても同一であるから、日本における公娼廃止に関する千九百四十六年一月二十二日附連合国軍最高司令官覚書による指令を履行するため必要な措置として勅令第五百四十二号の委任に依つて制定された勅令第九号も亦有効のものであり、又新憲法第七十三条第六号によれば、政令は法律の委任があれば罰則を設けることができるのであつて、勅令第九号は罰則を設けることを委任した緊急勅令である勅令五百四十二号に基いて制定されたものであるから、勅令第九号に刑罰を規定したことは、新憲法の下においても有効である。ところが勅令第五百四十二号は右のように新憲法の条規に違反するものではないが、その立法理由がもともと連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施するため特に必要ある場合において命令を以て所要の定をするにあるのであつて、我が国との平和条約発効後はその立法理由の存在の基礎を失うに至るので、法律第八十一号はその第一項において勅令第五百四十二号が日本国の平和条約の最初の効力発生の日から廃止されることを規定すると共に、その第二項において平和条約の発効を契機として勅令第五百四十二号に基く命令の効力に及びその適用の可否について予想された各種の問題を解決し法律的混乱を防止するため、各命令につき具体的な改廃の措置が執られるまでの経過措置として一応各命令の効力を失なわしめないで維持することとして、平和条約の最初の効力発生の日から一律に百八十日間法律としての効力を有することを規定したものであり、このように、或事由が発生してもなお爾後存続すべき刑罰法令はもとより、或事由の発生により全面的に失効する刑罰法令であつても、国会が特別の事情ある場合別段の立法により、当該刑罰法令が依然存続することを明らかにし、又は当該刑罰法令の失効することを防ぐため一定期間依然その効力を存続させておくことは、当然可能な立法上の措置といわねばならないのであるから、法律第八十一号第二項の規定は所論のように違憲無効のものではない。しこうして右法律第八十一号第二項所定の期間内である昭和二十七年五月七日右規定にいわゆる廃止又は存続に関する措置をとるための法律の一つとして法律第百三十七号が制定公布され、同法第一条第二号に依り勅令第九号は法律として効力を有するものと規定されたのであるが、そもそも委任命令は法律の委任に基いて制定されたものではあるけれども、その命令が一旦正当な権限に基いて発せられ命令として効力を生じた後は、国家の法規としての効力を有し、その存続は当然法律に基くものと解することはできない。すなわち委任命令はその規定事項の性質上、その委任を与えた法律の存立を前提としているものであるときは、その法律の消滅と共に当然失効することは勿論であるが、委任命令がその委任を与えた法律を離れても実質上存在の目的を失なわないときは、その法律の廃止に伴い当然失効するものでないと解するを相当とするのである。勅令第九号は新憲法の下においても法律としての効力を有する勅令第五百四十二号に基き発せられた委任命令であつて、その制定が前記のように連合国最高司令官の日本における公娼廃止の覚書に依る指令にかかる事項を実施するための必要措置としてなされたものであるけれども、その内容は(イ)暴行又は脅迫によらないで婦女を困惑させて売淫させた者、(ロ)婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした者に対する処罰規定であつて、かかる行為を禁止し、その違反者に対する刑罰法令を定めることは、連合国又は連合国占領軍のためのみの便宜規定を定めたものではなく、日本における公娼の存続が民主主義の理想に違背し、個人の自由の発達に反するものであるから、右(イ)、(ロ)の行為者に制裁を加えることにより、民主主義の実現と個人の人格の尊厳の自覚を高め、自由を伸長させようとするものであり、まさに新憲法の理念とするところに適合するものといわねばならない。従つて勅令第九号は何等新憲法の条規に違反するものではなく、委任を与えた勅令第五百四十二号を離れても実質上存在の目的を失なわないものであるから、勅令第五百四十二号が平和条約の最初の効力発生の日から廃止されてもなお勅令第九号は存続するものとしなければならないのであり、国会が別段の立法に依り命令の規定している事項について、これを法律としての効力を有するものと規定することも亦、立法上可能な措置であつてこれを不可能とすべき理由はないのであるから、勅令第九号を法律としての効力を有するものと規定している法律第百三十七号第一条第二号の規定は有効であり、所論のように違憲無効のものではない。しからば、法律第百三十七号第一条第二号が違憲無効であるとして結局勅令第九号が現在失効しているものと主張する論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

仍て被告人の本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に依りこれを棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第三点原判決は判示第二事実に付昭和二十二年勅令第九号第二条を適用した。しかし右の勅令は昭和二十年勅令第五四二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」に基いて制定せられたものであるが、右勅令第五四二号は「政府ハポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ及ヒ必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得」と定められていることでも明かな通り占領下に於て聯合国最高司令官の要求に係る事項を実施するための特別な規定であり日本国民の権利義務にして本来日本国憲法上法律によらなければできない事項もこの場合は例外として命令によつて制限し罰則を定めることを許したものである。従つて日本が講和条約の発効により独立した以上右勅令第五四二号もその存在の必要を失ひ且つ憲法に牴触するものとして当然消滅し無効となるものであり(今国会を通過成立した法律第八十一号のポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する件第一項は之を宣言したものにすぎない)従つてその根拠法を失つた判示勅令第九号も之と運命を共にし効力を失うことも亦当然とするところである。以上の如く右勅令第五四二号が占領下の一便法としてのものであり本質的には憲法違反である以上右法律第八十一号第二項に勅令第五四二号に基いて為された勅令は別に法律でその廃止存続の措置がなされない限り百八十日間は法律として有効であると定めてもそれ自体憲法に違反して無効と云わなければならない。更に本件勅令第九号は昭和二十七年法律第一三七号宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律によつて存続と定められたが日本国憲法第三十一条によれば「何人も法律の定める手続によらなければその生命若しくは自由を奪われ又はその他の刑罰を科せられない」と定められてあるのであつてこの法律によることを要する事項を命令の定めたところによつて、すますことは許れない即ち所謂委任命令は現行日本国憲法では之を許してないのである。これは法律の制定すべき事項を命令に任すことは結局国民の基本的人権を政府即ち国家権力より擁護する所以でないと考えたからである。換言すれば委任命令によつては国民の基本的人権を充分に保障することができぬからである。従つて以上の見地よりすれば右法律第一三七号も違憲の法律で無効のものであるから結局本件勅令第九号は現在では効力を失つたものと云うの外はない。原判決はこの点に於いても破棄を免かれないものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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