東京高等裁判所 昭和27年(う)2434号 判決
〔抄 録〕
東京地方検察庁検事正代理検事田中万一の控訴の趣意について。
外国人登録法附則第三項によれば、同法律施行前にした行為に対してはなお外国人登録令所定の罰則が適用されることが明らかであり、被告人に所論登録不申請の所為があつたことは原審第一回公判調書(昭和二七年特わ第三六号の分)中、検察官は昭和二十七年二月二日附起訴状記載の訴因罰条を同年二月二十三日附訴因変更申立書記載のとおり変更したいと述べ、被告人及び弁護人はこれが変更に異議がない旨を答え、裁判所は訴因罰条を変更することを許可する旨の決定を宣したこと、被告人は被告事件に対する陳述として事実はそのとおりで別に陳述すべきことはない旨を述べた旨の記載があることと、本件起訴状及び東京地方検察庁検察官検事佐藤哲夫作成名義の昭和二十七年二月二十三日附訴因変更申立書の各記載並びに入国管理庁審判調査部第三課作成名義の同年一月二十八日附被告人に関する証明書の記載に徴して明白である。よつて、被告人の右登録不申請の所為が同令による処罰の対象となるかどうかについて按ずるに、外国人登録令第十二条、第三条第一項所定の不法入国の行為中には、当然同令第十三条第一号、第四条第一項所定の登録不申請の行為が包含されるものではなく、前者と後者とは互にその構成要件を異にする別個の犯罪であることはいうまでもないところであるが、不法に本邦に入国した外国人は同令所定の期間内に同令所定の登録申請の手続をしなかつた場合においても登録不申請罪によつて処罰することができないものと解すべきである。けだし、同令は、その第一条によれば、外国人の入国に関する措置を適切に実施し、且つ、外国人に対する諸般の取扱の適正を期することを目的とするものであつて、外国人が本邦に入国するには連合国最高司令官の承認を要し、この承認なくして入国した外国人(但し同令第十一条第一項所定の者)は同令第十二条によつて処罰されるほか、同令第十六条によつて本邦からの退去を強制されることがあることを定めており、右第十二条の罰則は同令中最も重い刑罰を定めているのであるから、右第十二条、第十六条の各規定は同令中最も重要且つ強力なる規制というべく、右各規定を強力且つ忠実に励行する限り、不法入国者を排除する同令所定の目的はこれを達成することができないわけではないといわなければならない。もとより同令第十二条、第十六条の各規定を励行するように努力しても、実際において不法入国者を絶滅することが困難であることは想像に難くないところではあるが、さりとて、同令が一方において不法入国者を強力に排除すべく規制しながら、他方において不法入国者のあり得べきことを予想し、これに対し、適法に本邦に在留し、又は本邦に入国した外国人一般に科すると同様の義務を科する規定を設けるが如きは、格別の事由なき限り法の権威を失わしめるものであつて、かくの如きことは到底法の予想しなかつたところであるというべきであろう。従つて、本邦に在留し、又は本邦に入国した外国人に対し、同令が科している各種の義務は、特にその規定上不法に入国した者に科する趣旨が明らかにされていない限り、いずれも適法に本邦に在留し又は本邦に入国した者に科せられるものと解すべく、同令第四条第一項所定の登録申請義務を科する対象も専ら適法に本邦に在留し又は本邦に入国した外国人に限り、不法に本邦に入国した外国人はこれを包含しないものと解すべきであるからである。かりに不法入国の外国人に対しても同令第四条第一項の登録申請の義務を科し、これに登録証明書を交付し、或いは居住地その他を変更した場合はその申請によつて登録証明書の記載を更正する等適法に入国した者と同様な取扱を為すとすれば、証人伊藤卓也、同松野幹太郎の当公廷での各供述、昭和二十二年七月二十三日調四発第八八三号都道府県知事宛調査局(外務省)長通達(改正同年十二月十一日調四発第二、一九〇号)外国人登録事務取扱要項謄本の記載及び昭和二十六年六月二十九日附出入国管理庁大村入国者収容所長入国審査官笠島角次郎外一名作成名義の釈放証明書写の記載等によつて明らかなとおり、不法入国の外国人(同令第十一条第一項所定の者以下同じ)が同令第四条第一項によつて当該市区町村事務所に所要事項の登録申請の手続をすれば、同事務所で審査の上、当該申請人について同令第三条第一項に違反する犯罪があると思料する場合は、右事務所から捜査機関に告発又は通報することがある結果、右申請人はこれがため処罰を受ける虞があることは勿論、本邦より退去すべき旨の命令を受け、或いは直接退去強制の処分が為される虞もあることが明らかであつて、かかる不法入国の外国人は、自己が同令による登録不申請の罪よりもはるかに重い不法入国の罪によつて処罰される危険において同令第四条第一項所定の登録申請をしなければならないこととなり、自己の不法入国の罪を供述するのと同一の結果を来たし、これを期待することが不可能であるから、この見地からしても、同令が不法入国の外国人に対し、かような義務を科したものと解することはできない。されば、同令第十二条、第十六条の各規定があるからといつて、これをもつて不法入国者を絶滅しもつて本邦に在留する外国人の実体を把握する目的を達成することができない憾のあることは所論のとおりであるとしても、かかる実際上の便宜論に立つて直ちに同令の解釈を左右することは失当である。それ故、原判決が所論被告人の登録不申請の所為について無罪の言渡をしたのはまことに相当であつて、原判決には何等所論の違法はなく、論旨は理由なきものである。
註 本件は反対裁判例(二五・一〇・二五札幌高裁第三刑事部判決)もあり新外国人登録法においては関係法令の規定に改変のあることを注意すべきである。