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東京高等裁判所 昭和27年(う)2841号 判決 1953年1月31日

控訴人 被告人 岡島種徳

弁護人 牛島定 外二名

検察官 吉井武夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人牛島定において、同人名義の控訴趣意書と題する書面中第一点二行目乃至三行目の「証拠法則に背反した違法あり又は」を削り、第二点乃至第四点及び第六点を撤回すると述べた外、同弁護人、弁護人新垣進、同石橋信各別名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつて、これに対し、左のとおり判断する。

弁護人新垣進の控訴の趣意第一点(法令適用の誤)について。

自転車競技法(昭和二三年法律第二百九号、但し昭和二七年法律第二二〇号による改正以前のもの。以下同じ。)第八条は、「自転車振興会の役員、選手その他自転車競争の事務に従う者に対して、勝者投票券を売出すことはできない。」と規定し、第十五条は、その第二号において、第八条に掲げる者にして、勝者投票券を買入れ又は譲受けた者を挙げ、これに対し、二万円以下の罰金に処する旨を定めているのであるから、右犯罪は、自転車競争に関し、売出さるべきあらゆる勝者投票券を広く包含するものと解すべきである。又、同法第七条及び自転車競技法施行規則によれば、自転車競争施行者は、一口二十円以下の勝者投票券を、額面金額で売出すことができると共に、勝者投票券の売出には、単勝式、複勝式、連勝式の別、額面金額を記載しなければならないことは所論のとおりであるが、右第十五条第二号の犯罪事実を摘示するにあたつては、日時、場所、レースの番号、枚数等勝者投票券を特定し得るに足る具体的な買入の事実を判示することを要することは、いうまでもないところであるが、勝者投票券の額面金額及びこれに対し支払つた代金の如きは特別な事情ある場合、たとえば、同一レースについて異なる額面のものが売出されたとき或いは支払代金が買入れた勝者投票券の同一性を確定するに必要であるとき等、勝者投票券の同一性を特定するに必要ある場合の外特にこれを判示したくとも、犯罪事実の摘示として欠くるところはないものというべきである。本件についてみると原判決摘示の一の別表によれば、日時、レース番号、単勝式、複勝式、連勝式の種別、投票券番号別、枚数等を詳細に判示し、被告人の買入れた勝者投票券を特定するに十分であると認められるから、何ら判示事実に欠くるところなく、又所論の法令適用の誤はないものと認められる。論旨は理由がない。

弁護人石橋信の控訴の趣意第二点(法令適用の誤)について。

自転車競技法第十七条第一項に「前条第一項に掲げる者に対して賄賂を支払い提供し又は約束した者は三年以下の懲役に処する。」とあり、同第十六条第一項に、「自転車振興会の役員又はこの法律により、自転車競争の職務を執行する役員若しくは選手が、その職務又は競走に関して賄賂をとり、又はこれを要求し若しくは約束したときは三年以下の懲役に処する。」と定めており、刑法第百九十八条、公職選挙法第二百二十一条等に賄賂等の「供与、申込、約束」行為を処罰する旨の規定があることは所論のとおりである。よつて、自転車競技法第十七条第一項における「提供」の意義について案ずるに、刑法第百九十八条、公職選挙法第二百二十一条、自転車競技法第十七条第一項の各規定を彼此対照して検討すると、自転車競技法第十七条第一項の右「提供」は、同法条の賄賂の「支払」(現実の交付を意味するものと解せられる)と「約束」(相手方との合意によつて賄賂の支払を約束すること)に該当しない行為を広く包含し右刑法及び公職選挙法の各規定の申込(賄賂を現実に提供したが相手方が拒絶したとき、及び現実の提供を伴わない口頭の提供で相手方の承諾がなく約束とならない行為を含む)を意味するものと解すべきであつて、所論のように、現実の提供がなければ、右法条の提供に該らないとの所論は採用できない、原判決には何ら法令適用の誤はなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 真野英一)

弁護人新垣進の控訴趣意

第一点原判決は、法令の適用に誤があつて、その誤が、判決に影響を及ぼすことが、明かであると信ずる。原判決は、その理由において、「被告人は、昭和二十三年十一月頃から、社団法人千葉県自転車振興会の理事であつたところ、一、昭和二十五年二月四日頃から、同月九日までの間、千葉市が右振興会に委任して実施した自転車競走に際し、連日にわたり、同市競輪場において、同振興会の役員であるのに、別表記載のごとく、勝者投票券合計一、二九四枚を買入れた」事実を認定し、この事実に対し、自転車競技法第十五条第二号第八条、罰金等臨時措置法第二条第一項を適用しているが、自転車競技法第十五条第二号に所謂「勝者投票券を買入れる」とは、代金を支払つて、勝者投票券の所有権を取得する行為であるところ、同法第七条には、「自転車競走施行者は、一口二十円以下の勝者投票券を、額面金額で売出すことができる」と規定せられ、又、自転車競技法施行規則(昭和二十三年八月一日商工省令第二十八号)の諸規定を通覧すれば、自転車競走施行者が、勝者投票券を売出すときは、その投票券に、単勝式なりや、複勝式なりや、将又、連勝式なりやを表示すると共に、額面金額を必ず記載し、且つその額面金額で売出さなければならない旨が規定されている。従つて、同法第十五条第二号を適用するに当つては、その前提として、その勝者投票券の額面金額及び、これに対して支払つた代金を詳かにし、その事実をも併せて認定した上でなければならない。然るに、原判決は、判示の別表において、被告人が買入れた勝者投票券の種別として、単勝式、複勝式、連勝式の区別は記載してあるが、判決の何れの部分にも、勝者投票券の額面金額及び、被告人が、投票券に対して支払つた代金については、何等の説明をしていない。従つて、原判決は、同法第十五条第二号を適用するに当り、前提として詳かにすべき勝者投票券の額面金額、及び被告人が投票券に対して、支払つた代金を詳かにせずして、直ちに同法条を適用したと謂はなければならない。これは、法令の適用を誤つたものであり、而も、この誤は、判決に影響を及ぼすことが明かである。

弁護人石橋信の控訴趣意

第二点原審判決は、法律の解釈を誤つた違法があるので、破棄されなければならない。

原判決理由の第二事実は、前点引用のように、被告人が高橋選手に対し………俺ももうかるから相当礼金をする一旨申し向けたことを、選手に対する賄賂提供罪に問擬しているが、これは、「賄賂提供」なる法律解釈を誤つた結果である「提供」の語義については、法律上すでに一定の概念が確定されており、その最も著しいものは、民法の弁済提供の規定(民四九二)であつて、これに対しては、言語上の提供現実の提供の二つの態様があると説かれているが、判例としては、現実の提供でなければ、法的効果の発生がない、ということに一定している。

かゝる民法上の観念は、直ちにこれを本件に引用されよう。刑法の贈賄罪の規定において賄賂の供与、申込、約束の三つの行為を以つて犯罪の構成要件となし(刑一九八条)、特別法たる公職選挙法では、金銭………の供与、その申込若しくは約束をしたことが、違法行為であることを明らかにし、その字句は、前示刑法規定と同一である。ところで、自転車競技法第一七条では、「賄賂を支払い、提供し、又は約束した者」と規定しており、この両者を対照すると、「申込」と「提供」とは、おのずから異る概念が存するものであることが明らかである。それならば、「申込」と「提供」とは、どんな差異があるかというと、提供は、申込の一歩前進したもので、相手方が直ちに受領し得る状態、換言すれば、現実の提供を意味するものでなければならない。したがつて、被告人の行為が原判決認定の如くであつても、それは、法第十七条に該当する行為ではなく、無罪とさるべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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