東京高等裁判所 昭和27年(う)2880号 判決
〔抄 録〕
昭和二十年勅令第五百四十二号ポツダム宣言ノ受託ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件は、旧憲法第八条に基いて発せられたいわゆる緊急勅令であつて、降伏条項を実施するため適当と認める措置を執る連合国最高司令官の発すろ命令を履行するに必要な緊急措置として制定されたものであつて、政府がポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官の為す要求にかかる事項を実施するため特に必要ある場合においては命令をもつて所要の定を為し且つ必要な罰則を設けることができる旨を規定したものである。そして、同年勅令第五百四十三号ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ノ施行ニ関スル件により右緊急勅令に基く命令に規定し得る罰則の範囲が定められたものである。右緊急勅令は、同年十二月中貴族院及び衆議院の承諾を得、その後は旧憲法上法律と同一の効力を有することとなつたものであるが、旧憲法上の法律は、その内容が新憲法の条規に反しない限り、新憲法の施行後もなお、法律として効力を有することは、新憲法第九十八条第一項の規定によるも明らかなところであるから、新憲法施行後においても、わが国の降伏条項実施の義務に変化がない以上、右緊急勅令は、その内容に徴し、同様法律としての効力を有するものと言わなければならない。昭和二十一年勅令第三百十一号連合国占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令及びこれを全面的に改正して制定された昭和二十五年政令第三百二十五号占領目的阻害行為処罰令は、いずれも、新憲法上も法律としての効力を有する前記緊急勅令に規定された前記委任に基いて制定されたものであつて、新憲法第七十三条第六号の規定に適うものと解されるから、新憲法上も有効な刑罰法規と言わなければならない。該勅令又は政令に規定する犯罪の具体的構成要件は、連合国最高司令官の指令がなければ充足されず、その指令は、直接には、日本国民に対するものではないけれども、これが日本国政府に通達されたときに国内法たる該勅令第二条又は該政令第一、二条の内容となるものであるが、本件の昭和二十年九月十日附連合国最高司令官の日本国政府宛言論及び新聞の自由に関する覚書は、右勅令施行前既に日本国政府に通達された指令であるから、右勅令又は政令の制定の際からその内容となつていたものであつて、本件については、該勅令又は政令の施行当初から、犯罪の具体的構成要件は、充足されていたものである。該勅令又は政令で禁止される行為は、右勅令第二条第三項又は右政令第一条に規定するように、連合国最高司令官の日本国政府に対する指令の趣旨に反する行為、その指令を施行するために連合国の占領軍の軍、軍国又は師団の各司令官の発する命令の趣旨に反する行為及びその指令を履行するために日本国政府の発する法令に違反する行為と限定されており、この指令、命令又は法令の発効後これに違反する行為が処罰されるものであるから、右勅令又は政令は、刑罰法規が不確定で、罪刑法定主義に反するものと言うことはできない。
ことに本件言論及び新聞の自由に関する覚書は、本件政令の制定前昭和二十一年八月二十四日附官報でその内容が公示されているものであるから、右政令施行後の事件たる本件においてかかる罪刑法定主義違反を主張し得べきものでないことは、もとより言うまでもないところである。なお、右覚書は公共の福祉に反する限度において国民の言論出版その他表現の自由を制限したものであることは、その内容に徴し明らかである。従つて、前記勅令及びこれに代わる右政令並びにこれに引用される指令たる右覚書は、以上いずれの点より見るも、憲法に違反するものと解すべき事由はない。右勅令、これに代わる本件政令は、わが国が連合国に降伏した結果、連合国最高司令官の占領管理のもとにおかれていた一時的な異常事態に対処するための法令であることは、その内容に徴し明らかなところであり、かかる異常事態が終了すれば廃止されるに至るべきことは、当初から予知されていたところであつて、限時的、暫行的性格を有するいわゆる限時法に属するものと言わなければならない。そして、右勅令及びこれに代わる右政令はいずれも、原判決説示のように連合国最高司令官の発する指令を履行することを直接の目的として制定公布されたものであつて、直接には連合国又は連合国占領軍のための法令のようであつても、他面同時に連合国最高司令官の指令に従いその占領政策に協力して占領下の国内の秩序を保持整備し、速やかに新憲法の要望する平和な民主的独立国家として日本を再建しようとするわが国民の福祉にも適うものであつて、わが国民のための法令でもあると解されるところである。それ故、平和条約の発効により占領状態が終了し、爾後降伏条項従つて連合国最高司令官の指令も、これを履行する義務も消滅したからとて、爾前の占領期間中に公共の福祉に反して前記勅令又は政令に違反した行為に対する可罰性の評価には変りはなく、その可罰性が溯つて消滅すべき理由はないから、かかる行為については、行為当時の法令に照らして処断すべきことは当然である。原判決の援用する平和条約第一条憲法第九十八条第二項は、右の見解と抵触するものではない。昭和二十七年五月七日法律第百三十七号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律第三条第一項は、疑を避けるために、叙上の当然の法理を国家の意思として宣明し右のような行為については刑が廃止されたものでないことを明らかにしたものである。なお、右政令は、平和条約発効後の行為については適用の余地のないことは言うまでもないが、元来該政令は、前記緊急勅令の授権により制定されたものではあるが、これを補充する内容を有するものではなく、これと離れて存在し得る内容を有するものであるから、平和条約の発効により爾後の行為については適用の余地がなくなり、且つ右緊急勅令が廃止されても、法規整理の都合上暫時これを形式的に存続させることは不可能ではない。昭和二十七年四月十一日法律第八十一号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律は、かかる見地から平和条約発効の日に前記緊急勅令を廃止することとしながら、右政令をなお暫時形式的に存続させたものと解されるのであつて、前示同年五月七日法律第百三十七号第二条第六号は、かく平和条約発効後形式的にのみ存続していた該政令を廃止したものと解されるところである。そして、同法律第三条第一項は前叙のように平和条約発効前の行為に対する処断に関する当然の法理を宣明したに過ぎないものであつて、原判決説示のようにかかる行為につき爾後において新たな立法措置を講じたものではないから、もとより原判決の解するように憲法第三十九条の趣旨に反するものではない。
原判決が以上の判断と反対の見解をとり、平和条約の発効により本件公訴事実について刑の廃止があつたものと解し、被告人を免訴するに至つたのは、結局判決に影響を及ぼす法令適用の誤をおかしたものと言わなければならない。検察官の控訴趣意は、理由があるが、弁護人等の答弁は、理由がない。