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東京高等裁判所 昭和27年(う)2891号 判決 1953年5月28日

控訴人 被告人 島田甚七

弁護人 鈴木市五郎

検察官 小出文彦

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人鈴木市五郎提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

第一点について。

原判決の判示するところは、その挙示の証拠と綜合するときは、判示小林建設株式会社印旛出張所長として勤務中の被告人が、判示のように小林半蔵と共謀の上、当時農林省印旛沼手賀沼干拓建設事業所長として、管理工事の企画及び実施に関する総括的監督等の職務権限を有していた農林技官鈴木義春に対し右会社が前記干拓工事施行中資金難に陥り株式会社千葉銀行から融資を受けようとした際、右鈴木が金員借入の斡旋をなし且右小林建設株式会社から千葉銀行宛に振出す約束手形に保証をする等好意ある取扱をしてくれたことに対する謝礼として判示日時場所において杉田信夫をして判示商品券二枚を鈴木義春の妻菊代を介して同人に交付させたと云うのであつて、右事実は挙示の証拠により優にこれを認めることができ記録を調査するも原審にはこの点につき何等事実の誤認の違法はない。而して右各証拠によれば、右鈴木が前記約束手形に保証人として署名するに当り、鈴木義春個人の資格で保証をしたのであるが、それは前記建設事業所長の官職を表示して保証することは許されないので、鈴木個人名義を用いたに止まり、若し右小林建設株式会社が右債務を弁済しない場合は、鈴木義春の個人財産を以て弁済に当てると云うつもりはなく、建設事業所長たる鈴木が政府から右小林建設株式会社に支払わるべき工事の請負代金を以て右債務を弁済させることを確約するとの趣旨であつて、債権者たる銀行においてもその趣旨を了知の上融資に応じたことが認められるのである。従つて右の如く農林省建設事業所長たる農林技官が、その監督下にある工事の請負人が資金難に陥り、工事の進行が困難となつた場合に、右工事の円滑なる施行を図るため、右請負人の為に融資の斡旋をなし、又政府の支払うべき工事請負代金を以て債務の弁済を確約するとの意味において右請負人の振出す約束手形に保証人として署名するが如きは、右建設事業所長としての本来の職務行為に属するものではないが、なおその職務に密接な関係ある行為と認めることができる。従つてかかる好意ある取扱を受けたことに対する謝礼として金品を贈与することは右建設事業所長の職務に関し賄賂を供与したものと云うべきであり、この点に関する原審の事実の認定並びに法令の適用には何等所論のような違法はない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 中浜辰男)

弁護人鈴木市五郎の控訴趣意

第一原判決は事実誤認又は法令の適用に誤あるものとして破棄せらるべきものと思料する。本件は原判決の冒頭に罪となるべき事実として記載されている通り、農林技官鈴木義春が千葉銀行より融資を受ける小林建設株式会社に対しその斡旋並保証をしたことに対し謝礼として中元に金額二万円の商品切手を贈つた案件であつて、鈴木義春は個人として小林建設株式会社の借財に保証したものであり、之に対する謝礼として小林建設株式会社から商品切手を贈つたことは、社会生活上当然の儀礼行為である。之を贈賄と認定した原判決は事実を誤認したものである。

原判決は鈴木義春の融資に関する斡旋保証は、鈴木技官の職務と密接なる関係がある行為であるとして贈賄罪の罰条を適用したが、引用の最高裁判所判例は本件に付ては適切でなく、又個人の資格に於て保証人となつたことを職務と密接なる行為として前記罰条を適用したことは、法令の適用を誤つたものである。

よつて原判決は刑事訴訟法第三八二条又は三八〇条に規定する事由あるものとして破棄せらるべきものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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