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東京高等裁判所 昭和27年(う)3028号 判決 1953年1月31日

控訴人 被告人 斎藤銀次郎 外一名

弁護人 岡田介一 外二名

検察官 吉井武夫

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、それぞれ末尾に添えた各書面記載のとおり判断する。

被告人斎藤銀次郎弁護人岡田介一の控訴の趣意第一点について

現行刑事訴訟法の下においては、検察官、検察事務官又は司法警察職員は刑事訴訟法第二百二十三条第一項によつて参考人を取り調べることができるけれども、その供述を録取した調書は同法第三百二十六条の規定により、当事者がこれを証拠とすることに同意しない限り、同法第三百二十一条第一項第二号又は第三号の場合にのみ証拠能力が認められるに過ぎないのである。そして、このことは「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ」なければならないとする憲法第三十七条第二項前段の精神に則り、直接審理主義、公判中心主義の徹底をはかつている現行刑事訴訟法の下においては、当然のことといわなければならない。しかし、捜査の実際においては、捜査機関の取調に対して真相を供述した参考人が後日証人として公判廷に喚問された際、被告人側の圧迫を受け、当該公判期日において前にした供述を飜す場合があり、しかも、その前の供述が犯罪の証明に欠くことができないものであるときにこれを証拠とすることができないものとするならば、ついに有罪判決を為すに由なく適正な国家刑罰権の実現を期することができない場合が予想されるから、現行刑事訴訟法はこの欠陥を補正する意味において、とくに、刑事訴訟法第二百二十七条を設けたものと解すべきである。しかし、検察官は同条第一項の規定によつて既に取り調べた証人を再度公判廷において取り調べられたい旨を請求することができることは勿論であり、かかる場合証人は公判廷において、被告人側の圧迫を受け、不本意ながら従前の供述と異なる供述をする虞が充分であるから、発問者は証人に対し、さきに証人が刑事訴訟法第二百二十七条の規定に基いて尋問を受けた際作成された尋問調書を読み聞け、もつて従前の供述を確かめ、或いは整理、釈明する等の方法をとり、証人の供述が前記の如き圧迫による影響を受けないような配慮をすることは、かかる場合、当然許容せらるべき範囲に属するものと解すべく、これをもつて刑事訴訟法第二百九十五条前段にいわゆる相当でない尋問であるということはできない。ところで、原審第三回公判調書を見ると、同公判期日において、検察官は証人小島金次に対し、所論の尋問を為し、被告人斎藤銀次郎原審弁護人岡田介一はこれに対し異議を述べたことが認められるけれども、同調書によれば、右はさきに同法第二百二十七条の規定に基き証人として尋問を受けた同証人がその際作成された尋問調書の記載内容と異なる供述を為したので、検察官において、更に所論の方法によつて同証人に対する尋問を継続したことが明らかであるから、かかる尋問を目して同法第二百九十五条前段にいわゆる相当でない尋問であるということができないことは当然である。又、同弁護人が右証人の供述を証拠とすることについて異議の申立をしたことに対し、原裁判所が何等の決定をしていないことは、前記調書の記載によつて明らかであるけれども、かかる証拠の採否に関する弁護人の意見は、刑事訴訟法第三百九条第一、二項所定の異議とは考えられないから、かかる弁護人の陳述に対し、裁判所が決定をしなくても、これをもつて法令に違反したものということはできない。そして、右公判調書中の証人小島金次の供述記載中、原判示に添う部分は筋がとおつていてこれを信用するに足りるものと認むべきであるから、原判決がこれを本件の罪証に供したことについては何等違法、不当の廉はないものといわなければならない。即ち、原判決には各所論の違法はなく、論旨は理由なきものである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 真野英一)

被告人斎藤銀次郎の弁護人岡田介一の控訴趣意

第一点原審判決は法令に違反した証拠調による供述に基き事実を認定した違法が有る。即ち

(一) 弁護人の証拠調に対する異議申立に対し決定してゐない。原審判決が被告人の恐喝事実を認定した資料は証人小島金次及林繁の公判廷に於ける供述で有る事は判示の通りで有つて証人小島金次の公判廷に於ける(第三回公判)証拠調に於て検察官の尋問中未だ証拠調を経てゐない証人の供述書を朗読し聞かせ尋問したので弁護人は其の朗読に基く証人尋問は違法であるから異議を申述べた。(記録には反対したと有るが同義)之れに対し裁判官は異議申立を却下し尚朗読及尋問を続けさせたので、終つてから弁護人は検察官に対し「今読み聞かせた調書は如何なる関係の書類か」と質問した処検察官は「二月二十八日の証拠保全の証人尋問調書である」旨を述べたので弁護人は「未だ証拠として提出されて居らず、且つ被告人の反対尋問の機会を与へられてゐない供述書で有るから続けて読み且つ尋問した部分を証拠とする事に異議が有る旨を述べた事実も亦記録に明な所である。

然るに弁護人の此の新らたな異議申立に対し裁判官は何等決定を与へてゐない。これは刑事訴訟法第三〇九条第三項に違反するものであり、異議を認容せず、しかも斯る供述書を証拠として事実認定の資料とした事は憲法第三七条二項に違反したもので原判決は破棄を免れない違法のものと断ぜざるを得ない。

(二) 原判決は誘導尋問に基く証言を証拠として犯罪事実の認定資料とした。

前述の如く検察官は小島金次に対する証言を証拠保全(刑訴第二二七条の)の尋問調書と同一内容のものたらしめやうとして未だ証拠とされず且つ被告人の反対尋問の機会も与へられていない刑訴第二二七条の調書を読み聞かして之れに基いて尋問したものであつて結局誘導尋問による供述と云はねばならない。斯る証言は任意性乃至信実性がないものであり証拠価値のないもので有る事は証拠法則上当然でたとへ他の証拠によつて判示事実を認める事が出来るとしても綜合判断に供した以上は判決に影響を及ぼす事明な処であるから原判決は破棄せらるべきものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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