大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(う)3275号 判決

被告人 市原武

〔抄 録〕

論旨第一及び第三点について。

本件事故は京成電鉄株式会社習志野営業所に勤務し、自動車運転者として乗合自動車運転の業務に従事していた被告人が、昭和二十六年十一月三日午前九時四十分頃、同会社の乗合自動車千第六〇六二号に車掌山岸利美子や乗客栗原仁以下十数名を乗せて、千葉県千葉郡津田沼町より船橋市に向けて進行中、同郡二宮町前原地先の日本国有鉄道総武線東金街道踏切(以下本件踏切と略称)に蒐しかかつた際に発生したのであるが、原判決挙示の証拠に当審検証の結果や証人柴谷政雄、同篠原信治、同酒井嘉夫、同山岸利美子、同片山正邦の各供述を綜合すると、

(一) 本件踏切は遮断機があり、踏切警手が常時勤務しているいわゆる第一種踏切である。然るに右事故の当日踏切警手として勤務していた酒井嘉夫は、偶々被告人乗用の乗合自動車と同時刻に御茶の水始発の下り電車が本件踏切北側(船橋方面)五七〇米の地点にあるカーブを出て時速約七〇キロのスピードで本件踏切に向つて進行中であるのを認め、当然遮断機を下し踏切を閉鎖すべきであつたに拘らず、遮断機は既に下してしまつたものと錯覚し、これを降さず、踏切を開放したままで電車に対し合図の白旗も出さないでいた。

(二) 被告人は本件踏切通過前その手前約一米の地点で一時停車した。右停車地点を正確に言うと、自動車の左側先端が遮断機から一米の距離にあつたのである。

(三) しかし本件踏切に於て、道路は直角に鉄道線路と交叉していないで、右斜めに鉄道線路を横断するようになつている関係上、自動車左側先端が遮断機と一米の距離の点で停車したとき自動車右先端と遮断機との距離は約二米五〇もあるし、前記乗合自動車の運転者席は右寄りに設けられているので、停車のときの運転手は遮断機よりも数米も離れていて、本件左側が著るしく遮断機に接近していたわけである。

(四) 踏切左方は遠く津田沼駅まで何の障碍物もないから見透しが良いが、右方船橋方面は、本件事故発生当時(現在は既に改められて原型を止めていないのであるが)は線路脇に線路と平行して高さ一米六〇の土手が続き、しかもその土手上に草木が繁茂していて視界を遮ぎるため、運転手席が遮断機から数米も離れて停車したのでは、運転台から見て踏切右方は三十数米そこそこしか見透しが利かなかつた。従つて右地点に於ては下り電車の進行して来るのを認める由もなかつたのである。

(五) 被告人がこのような地点で一時停車した際、前記のように下り電車は船橋方面にあるカーブを抜け出し、本件踏切に向つて驀進中であつたが、まだ相当離れていたので(少くとも踏切の北方約三百米を隔てた成田街道踏切より遠くにあつたものと認める。)下り電車の進行音はそれほど大きくはなく、乗合自動車自体が発するエンジンの音やその他いろいろの物音に妨げられて被告人の耳に入らなかつたし、被告人が右の如く一旦停車した後再び発進するまでの間には警笛は一度も聞こえなかつたのである。(事実電車運転手篠原信治の供述によれば、同人が警笛を鳴らしたのは電車が成田街道踏切を通過して後、本件踏切を見ても白旗が出ていなかつたので稍速力を緩めると共に警笛を鳴らしたが、当時本件踏切まで約百米程度であつたというのであるから、電車の警笛が発せられた時には、既に被告人は自動車を発進させて将に踏切に入らうとしていた際であつたと認められ、被告人が警笛を聞かなかつたと述べているのも虚偽ではないと言えるのである。)

(六) 被告人は踏切の手前で一旦停車し踏切の左右を注視し、踏切警手が白旗を掲げていないのを認めたし、又左方津田沼方面からの電車の来ないことを確かめたのであるが、下り電車の号音は前記のように耳に入らなかつた。そこで遮断機が開放されている事でもあるから電車が進行してくるような事はなく踏切に入つても危険はないと判断されたので、それ以上遮断機に近付き停車し右側の電車進行状況を確めることをしなかつたし、又車掌を下車させるようなこともしないで、そのまま第二変速という低スピードで自動車を発進させて本件踏切に入り、まだ下り線路上を車体が進行し終らない中に、右側から下り電車が突進し来つて、自動車の胴体後部に激突したため、多数の乗客等に傷害を与え内栗原仁外五名は遂に死亡するに至つたものである。

と認められる。

よつて按ずるに、被告人が本件踏切の手前で停車した位置が通常の踏切に於て停車を要求せられる普通の位置であることは認められないわけではない。しかし踏切通過前に自動車の一時停止が必要な所以は、踏切が果して安全かどうかを確認するためで、漫然その手前で停止さえすればよいというものでない。従つて被告人が一時停車をした場所が普通の位置であつたという事と、その場所が踏切の安全を確認するに適当かどうかという事とは問題は自ら別であつて、本件踏切のように、普通の位置で停車したのでは右方の見透しが極めて悪いところでは、単に普通の地点で一時停車したというだけで、遮断機の開放されていることに万全の信頼をおいてよいとの理由にはならない。なるほど道路交通取締法第十五条は、その本文に於て踏切通過前一時停車の励行を規定した後「但し信号機の表示………その他の事由により安全であることを確認したときはこの限りでない」としているけれど、本件踏切の如く、踏切警手の操作により遮断機の開閉される設備を有するような場合であつても、急病その他事故によつて警手がその職務を執行できなくなることもあらうし、本件のように踏切警手の重過失によつて遮断機を閉鎖することを全然忘れ去つているような事も起らないとはいえないのであるから、たとえ遮断機が開放されていたからといつて、直ちにそれが踏切の安全を表示しているものとはいえないのである。のみならず、道路交通取締法第十五条但書は「信号機の表示等によつて踏切の安全なことを確認したとき」に一時停車の義務が緩和されることを規定しているだけの事で、自動車運転者として踏切通過の際に守るべき義務をすべて免れるわけでもない。まして遮断機が開放されていることが踏切の無条件安全を表示したわけではないこと前叙のとおりである以上、自動車運転者が、遮断機が開放されている一事に信頼し踏切の安全を確認したものとするが如きは到底許さるべき見解ではない。従つて遮断機が開いたままであつても、自動車運転者としては踏切手前で一時停車するは勿論線路の左右を注視し、電車が接近しているような事がなしかどうかをよく見届けて後初めて踏切を通過すべきであり、特に本件踏切のように見透しの悪い所では一層細心の注意を払い、踏切の安全を確認すべき義務があるといわなければならない。然るに検察官作成の実況見聞調書によれば、被告人が本件踏切の手前で停車した地点よりも更に前進し車体の左先端が遮断機にスレスレになるところまで出れば右方の視界は通常の運転姿勢のままでも遠く成田街道踏切附近に至り得るし、被告人が中腰となつて前方に延び上るならば更に遠方までも視野の中に収め得るわけである。それ故原判決が「自動車運転者としては、同踏切通過に際し、漫然遮断機の開放のみに頼ることなく、下り線路を十分見透せる地点まで前進する等適宜の方途をつくし、右踏切の安全なることを確認して後はじめてこれを通過し危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつた」旨判示したのは、一応もつともである。しかしなお飜つて按ずるに、被告人が本件踏切の手前で一時停車したとき、自動車左側先端は遮断機と一米位しか離れていなかつたのであるから、更にそれ以上自動車の先端が遮断機とスレスレになるほどまで前進して停車することが、通常能力の自動車運転者にとつてしかく容易なことといい得るであらうか。もしそれが容易なものとすれば原判決の前示説明は極めて当然の注意義務を認めただけの事であるが、問題はそれ程簡単なわけではなく、遮断機に一米以内の近距離に接近するについては自動車運転技術上の限度があるし、乗合自動車の性能、踏切の構造等からする当然の制約もあることが考えられるのである。先に説明したとおり本件踏切のある東金街鉄は、道道線路と直角ではなく、右斜めになつている。そこで道路上を進行し踏切の手前まで行けば、自動車左側が右側よりも著しく遮断機に接近することになる。しかも被告人が運転した乗合自動車の運転者席は右側にある。それ故自動車の左先端が遮断機に接近するに従い、車の右側に坐席を占める運転者としては、よほど正確に目測をしないと、自己の坐席のある車台右側はなお遮断機との距離が相当あるに拘らず、左側先端は遮断機の線を超える虞があるから、左側先端が遮断機から、一米以内の近距離になつたときは、自動車運転者としては、それ以上遮断機に近づけて行くには相当危惧の念を抱くのが普通である。もし遮断機が下りていれば、そこまで自動車を前進させることはさほど難事ではない。しかし遮断機が上つている場合右のような近接運転は一層危険が多く、時としては自動車先端が遮断機の線を超え踏切内に進入し、そのため電車と接触するほどでなくても、自動車が進出したとたんに電車が接近してきたような場合も起るであらうし、その場合に遮断機を下そうとしても自動車車体が邪魔になつて遮断機が完全に降下し得ない事故が発生するかも判らないのである。してみると、自動車の左先端が遮断機との間に一米ほど間隔があるからといつて、更に遮断機に接近して前進運転すべきことを要求することは物理的には不可能ではないけれど、運転技術上は正に不能を強いるものといわなければならない。或は被告人が一時停車した地点から前記のように車を前進させなくとも、そのまま中腰となつて首を伸しても踏切右方の状態が安全かどうか確認し得た筈であるといえるかも知れない。しかし被告人がこのような姿勢をとつたとして、踏切右方の見透しがどの位よくなるのか、そしてそれによつて下り電車の接近するのを認め得たであらうと認められる証拠はない。更に原判決は以上の業務上の注意義務とは別途に被告人は本件踏切を通過するにつき車掌を下車先行させる等適宜の方途をつくすべきであつた旨判示している。しかしこれも亦当裁判所の見解に反し採用できない。本件踏切には前叙のとおり遮断機の設備があり、踏切警手が交替で二十四時間の勤務に服しているのである。而してこのような踏切を通過する時も車掌を下車先行させる義務があるというのは、結局自動車運転手たる者の注意義務は遮断機の設備のある踏切とそうでない場合とで毫も変ることがないことを前提としているのである。しかし本件のような踏切警手のいる第一種踏切を横断する場合にも常に車掌を下車させ自動車に先行させることは、災害予防の見地からすると望ましいに相違ないけれども、他面高速度交通機関たる乗合自動車の使命に背く点あるのみならず、車馬の往来頻繁なる踏切にあつては、車掌の下車先行が他の車馬の交通の邪魔をし、却つて事故の原因となることも考えられる。従つて乗合自動車運転者には叙上の義務があるとは解せられない。本件に於て被告人は前記のように踏切の手前で一時停車し、そこが踏切右方の見透しが悪い地点ではあつたけれど左右を注視し、電車の進行してくる音の有無に気をつけて相当の注意をしたに拘らず、踏切警手の遮断機が上つており合図の白旗を出してもおらず被告人としては、下り電車の接近を知り得なかつたがために踏切に進出したところ、下り電車が突進して来たものであり、遮断機の上つていることのみで電車の接近して来ることが無いと判断したわけではないから、被告人の右措置は相当であつて、たとえ車掌をして下車先行せしめなかつたとはいえ、同人に過失の責任があるとは認め難いのである。以上要するに原判決が被告人に課した注意義務というのは、或は不能を強いたものであり又は遮断機の存する踏切と否とを区別せずに最高度の義務を負はしめたものであつて採用できない。してみると原審の右見解は過失の具体的内容を判断するについて法令適用を誤つたものというべきである。よつて論旨は理由があるので原判決は破棄を免れない。

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