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東京高等裁判所 昭和27年(う)3299号 判決 1953年6月11日

控訴人 被告人 斎藤助続 弁護人 佐藤孝文

被告人 久保寺玄造 弁護人 大島正義

検察官 小出文彦

主文

原判決中被告人両名に関する部分を破棄する。

本件を甲府地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は被告人斎藤助続の弁護人佐藤孝文及び被告人久保寺玄造の弁護人大島正義の提出にかかる各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

被告人久保寺玄造の弁護人大島正義の控訴趣意第五点について

記録により調査するに、本件公訴事実の要旨は、被告人両名及び原審相被告人都築常雄は共謀の上、公団職員採用名義の下にその俸給等に相当する金員を騙取しようと企て、昭和二十三年七月頃甲府市朝日町所在食糧配給公団山梨県支局において、事実上伊藤延治を採用して勤務させる意思がないのに、恰も勤務させるように装い、同支局長平原庄兵衛をして伊藤延治を同公団韮崎精米所書記に任命する旨の辞令を発行せしめ、同支局長をして真実伊藤延治が同公団山梨県支局韮崎精米所書記として勤務しこれに俸給諸手当を支払うものと誤信せしめ、因て同支局長を介し同公団より昭和二十三年七月分より昭和二十四年九月分迄右伊藤延治名義の俸給手当金名下に(仮に然らずとするも同公団職員に対する俸給手当名下に以上昭和二十七年三月三日第十八回公判期日において訴因の予備的追加)合計金八万一千三十三円七十銭(後に、昭和二十三年九月分より昭和二十四年九月分迄合計金三万一千三百八十四円七十五銭と訂正-以上昭和二十七年五月二十八日第二十回公判において同日附訴因変更申立書により変更)の交付を受けてこれを騙取したと云うのであつて、原判決はこれに対し、被告人両名は前記公団支局に属する職員の組織する野球部の強化を図るため、当時、商門倶楽部の投手として活躍していた伊藤延治を職員に加えることを欲し、昭和二十三年七月頃同人を同支局所属の韮崎精米所書記として採用して貰つたところ、右両名は同年九月頃に至り右伊藤延治が任命後一日も勤務しておらず、且つ将来も勤務の見込のないことを諒知したのに、右伊藤を同支局野球部員として対外試合に出場さすため、共謀の上同支局長平原庄兵衛に対し、伊藤が任命後一日も出勤せず又将来も出勤の見込のないことを具申せず、これを秘匿し、恰も勤務しているものの如く装い、毎月同人に対する俸給手当金等を記載した仕訳書を提出し、右支局長をその旨誤信せしめた上これが決済をなさしめ、原判決別表記載のとおり昭和二十三年九月二十七日頃より昭和二十四年九月二十四日迄の間に十三回に亘り同支局係員から前記韮崎精米所員の手を通じ、前記伊藤延治に対する俸給手当金等の支払名義の下に合計金三万一千三百八十四円七十五銭の交付を受けてこれを騙取したとの事実を認定したものである。

以上によれば本件公訴事実の趣旨とするところは(その措辞においてやや明確を欠くものがあるが)要するに、被告人等は共謀の上、真実右公団の職員に採用したものでなく、同公団職員にあらざる伊藤延治を恰も真実同公団職員に任命されたものの如く装い、同人の俸給手当金等の名下に公団より金員を騙取したと云うにあるに対し、原判決の趣旨とするところは、被告人等は右公団職員に任命採用された伊藤延治が任命以来一日も出勤せず又将来出勤の見込もないのに、共謀の上同人が出勤しているもののように装つて同人の俸給手当金等の支払名義の下に公団より金員を騙取したものであると云うのである。

右起訴にかかる公訴事実と原判決認定の事実とを対照すればその間被告人等が判示公団支局長等を欺罔したと云うその手段態様において異るところはあるけれども、被告人等が共謀の上判示公団支局長等を欺罔して判示金員を騙取したという基本的事実関係においては相違するところがないから、原判決の認めた事実は、起訴にかかる公訴事実の同一性を害するものとは認められず、従つてこれを以て所論のように刑事訴訟法第三百七十八条第三号にいわゆる審判の請求を受けた事件につき判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるとはいえない。しかし原判決が認めたところと、起訴状(その追加及び変更を含む)に訴因として表示されたところとは、その欺罔手段とされる具体的事実関係において、一方は伊藤が任命されなかつたのに、任命された如く装つて欺罔したと云うに対し、一方は任命されたが、出勤しないのに、出勤したように装つて欺罔したと云うのであつて、任命の有無について全く相反するものであり、しかも本件記録によれば右任命の有無が原審における重要な争点となつていたことが窺われるのであるから、かかる場合に、この点に関し訴因変更の手続をなさしめないで、判示のように事実関係を変更認定した上、これを詐欺罪に問擬することは、従来専ら起訴状記載の訴因について防禦方法を講じて来た被告人に不意討の感を抱かせるものであり著しく被告人の防禦権を害するものといわなければならない。故に原審としては、伊藤延治が正当に公団の職員に任命されたものと認め、その上でなお本件詐欺罪が成立するものと認めようとするならば須らく検察官をして、そのように訴因を変更させ、又は予備的に訴因を追加させ、或は右のように訴因を変更(予備的に追加する場合を含む)するかどうかについて検察官に釈明を求める等適宜の措置をとるべきものであつた。しかるにこれらの手続を履まないで突如として判示のように認定し詐欺罪を認めた点において、原審はその訴訟手続が法令に違反しその違法が判決に影響を及ぼすことが明らかなものと認められるから、本論旨はこの意味において結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 中浜辰男)

弁護人大島正義の控訴趣意

第五点原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第一項第三号に違反する違法があります。

すなわち原審が審判の請求を受けた公訴事実は「被告人等は共謀の上職員の採用名義に依り其の俸給等の騙取を企て昭和二十三年七月初旬頃同公団支局において事実上伊藤延治を採用して勤務させる意思がないのに恰も勤務させるように装い同支局長平原庄兵衛をして伊藤延治を同公団韮崎精米所書記の辞令を発行せしめ、支局長平原庄兵衛をして真実伊藤延治が同公団山梨県支局韮崎精米所書記として勤務しこれに俸給手当等を支払うものと誤信せしめ因て同支局長平原を介し同公団より昭和二十三年七月分より昭和二十四年九月分迄別表記載の通り伊藤延治名義の俸給手当金の下に合計金三万一千三百八十四円七十五銭の交付を受けてこれを騙取したものである」というのでありまして、公訴事実は最初から被告人が架空の人物を採用して勤務させるように装うて欺罔したと言うておりますが、原判決はこの点について何等の判決をして居りません。

そうして原判決は、「被告人等は前記支局に属する公団職員の組織する野球部の強化をはかるため、当時商門倶楽部の投手として活躍していた伊藤延治を部員に加えることを欲し、その尽力によつて昭和二十三年七月頃同人を同支局所属の韮崎精米所書記として採用して貰つた」とあつて審判の請求を受けない点について判決しています。

更に又原判決は「被告人斎藤、同久保寺は、同年九月頃に至り右伊藤が任命せられて以来一日も勤務して居らず且つ将来も勤務の見込みのないことを諒知したのに拘らず、右伊藤を同支局野球部員として対外試合に出場さすため、その事実を具申せずして金員を騙取したものである」旨審判の請求を受けていない点について判決をしている事実があるから、破棄を免れないものと信じます。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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