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東京高等裁判所 昭和27年(う)3308号 判決 1953年3月17日

控訴人 被告人 野中昌一

弁護人 木村賢三

検察官 小西太郎

主文

原判決中、被告人免訴の部分を除き、その余の部分を破棄する。

被告人を懲役三月及び罰金一万五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中被告人が

第一、昭和二十四年十月上旬頃から同月二十四日迄の間妻豊子と共謀の上連合国占領軍の財産である煙草ラッキーストライク二十本入五十個、乾ぶどう三個、板チョコレート小四十七個、同大三個、ココナツ二十二個、カレー粉一罐、冬アンダーシャツ一枚を不法に所持し

第二、昭和二十七年二月二日頃から同月十二日頃迄の間連合国占領軍要員の財産である外国製煙草ラッキーストライク五十箱(一箱は二十本入のもの十個入)同チェスターフィルド二十五箱(一箱前同様)同フィリップモリス一箱(一箱前同様)同キャメル一箱(一箱前同様)同プリンスアルバート六十瓦入八罐、石鹸二十個を不法に所持し

たとの点について被告人を免訴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木村賢三作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、これを本判決書末尾に添附しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。

論旨第五点について。

記録を調査するに、原判決の認定した判示第一、の被告人が昭和二十四年十月上旬頃から同月二十四日迄の間妻豊子と共謀の上連合国占領軍の財産である煙草ラッキーストライク二十本入五十個を不法に所持したとの事実は被告人に対する昭和二十四年十一月四日附起訴状に公訴事実として昭和二十二年政令第百六十五号違反の訴因を明示し罪名罰条を示して、公訴を提起され、昭和二十五年九月十九日の原審第九回公判期日において原審検察官が公訴事実に「妻豊子と共謀の上」と加えて訴因を予備的に追加し、罰条に刑法第六十条を追加した事件に対するものであり、判示第二、の被告人が昭和二十七年二月二日頃から同月十二日頃迄の間連合国占領軍要員の財産であり、且つ日本専売公社の売渡したものでない外国製煙草ラッキーストライク五十箱(一箱二十本入のもの十箱入)同チェスターフィルド二十五箱(一箱前同様)、同フィリップモリス一箱(一箱前同様)、同キャメル一箱(一箱前同様)、同プリンスアルバート六十瓦入八十罐を不法に所持したとの事実は、被告人に対する昭和二十七年二月二十三日附起訴状に公訴事実として昭和二十四年政令第三百八十九号違反の訴因を明示し罪名罰条を示して公訴を提起され、昭和二十七年六月十二日の原審第十五回公判期日(同公判調書に公判をした年月日として昭和二十二年とあるは、昭和二十七年の誤記と認める。)において原審検察官が公訴事実に「日本専売公社の売渡したものでない外国製煙草」と加えて、たばこ専売法違反の訴因を追加し、罰条にたばこ専売法第六十六条第一項第七十一条第一号を追加した事件に対するものであると認められるのである。しこうして昭和二十七年四月二十八日、政令第百十七号大赦令が公布され、同令第一条第八十三号第百十七号に依り昭和二十四年政令第三百八十九号違反の罪(但し同令第一条違反の罪を除く)及びこれと性質を同じくする旧令の罪である昭和二十二年政令第百六十五号違反の罪はそれぞれ赦免されたのであるが、原判決は被告人の前記昭和二十二年政令第百六十五号違反、昭和二十四年政令第三百八十九号違反の行為は、いずれも同時に右大赦令に依り赦免されない罪であるたばこ専売法違反に触れるから、右大赦令第二条に依り前記各政令違反の罪は赦免されないものとして有罪の言渡をしているのである。しかしながら、恩赦法第三条によると、大赦のあつた罪についてまだ有罪の言渡を受けないものについては公訴権は消滅する旨規定しているのであつて、すなわち本件のように公訴繋属中の事件に対しては大赦令施行の時以後公訴消滅の効果を生ずるのであり、この場合裁判所としては公訴の基礎である公訴権が消滅する以上実体上の審理をすることはできず、訴訟手続を裁判により終結させる外ないために形式的に免訴の判決をしてその結末をつけるだけであるから、訴訟関係人としても訴訟の実体に関する問題を主張することはできないし裁判所もこれを取り上げることは出来ないこととなるのである。そこで原判決が被告人の前記各政令違反行為の赦免されないものとした理由について検討すると、昭和二十四年十一月四日公訴を提起された昭和二十二年政令第百六十五号違反の公訴事実には当然たばこ専売法違反の事実が含まれているものと認められ、従つて公訴提起の効力が一所為数法の関係にあるたばこ専売法違反の事実に及ぶとしても、それは単にたばこ専売法違反が潜在的に審判の対象になつているに過ぎないのであつて、右昭和二十二年政令第百六十五号違反の公訴事実に対しては、その後たばこ専売法違反の訴因の追加、罰条の追加もなく、たばこ専売法違反事件である日本専売公社の役員又は職員の告発もないことは記録上明らかであるから、昭和二十二年政令第百六十五号違反の公訴事実に含まれているたばこ専売法違反の事実は具体的な審判の対象とならないのである。しこうして恩赦法第三条が大赦の効力として大赦のあつた罪について 一、有罪の言渡を受けた者についてはその言渡の効力を失なわさせ 二、まだ有罪の言渡を受けない者については、公訴権を消滅させるものと規定している趣旨から考えると、右大赦令第二条は、同令第一条に掲げる罪に当る行為もこれと一所為数法の関係又は牽連犯の関係にある罪に当る行為もいずれも具体的な審判の対象になつている場合に適用があるものと解すべきでありしかも原判決が被告人の前記昭和二十二年政令第百六十五号違反の行為が同時にたばこ専売法違反に触れるものと認めたことは、具体的な審判の対象になつていないたばこ専売法違反の事実を具体的な審判の対象としたものといわねばならないのであるから、原判決が右政令第百六十五号違反の行為について右大赦令第二条の適用があるものとしたことは、具体的な審判の対象とならないたばこ専売法違反の事実を審判の対象とし、右大赦令第二条の適用を誤つた違法がある。次に昭和二十四年政令第三百八十九号違反の公訴事実に対しては前記のように右大赦令公布の日後である昭和二十七年六月十二日たばこ専売法違反の訴因が追加され、罰条も追加され、しかもたばこ専売法違反の行為については同年五月二十四日前橋地方検察庁に対し日本専売公社高崎地方局長の告発があつたことは記録上明らかであるが、この場合においても、昭和二十七年二月二十三日公訴を提起された昭和二十四年政令第三百八十九号違反の公訴事実には当然たばこ専売法違反の事実が含まれているものと認められ従つて公訴提起の効力が一所為法の関係にあるたばこ専売法違反の事実に及ぶとしても、単に潜在的に審判の対象になつていたに過ぎず、右大赦令公布の日である昭和二十七年四月二十八日当時においては、たばこ専売法違反の訴因の追加、罰条の追加、及び日本専売公社の役員又は職員の告発はなかつたのであるから、たばこ専売法違反の事実は具体的な審判の対象とならず、従つて被告人の昭和二十四年政令第三百八十九号違反の行為に対し右大赦令第二条の適用の余地はなかつたわけである。しかるに、前記のように、右政令第三百八十九号違反の公訴事実に対し、大赦令公布後に至り、たばこ専売法違反の告発、同法違反の訴因、罰条の追加があつたのであるが、右大赦令公布の日以後昭和二十四年政令第三百八十九号違反の公訴の基礎である公訴権が消滅し裁判所としては爾後実体上の審理をすることができず、只形式的に免訴の判決をして訴訟手続を終結させるだけであるから、このような既に公訴権の消滅した罪の公訴事実に対し、新に訴因罰条を追加することは許されないもので訴因追加の効力を生じないものと解しなければならないのみならず、右大赦令第二条の適用の有無は大赦令公布の日を基準として定めるべきであつて、大赦令公布の日に同条の適用がなかつた同令第一条に掲げる罪に当る行為が、その後生じた事由のために同令第二条の適用を受けるようなことは、大赦令の予想したところとは認められず、寧ろ大赦令全体の精神に反するものといわねばならないのである。しからば原判決が右政令第三百八十九号違反の行為につき大赦令第二条の適用があるとしていることは、具体的な審判の対象としてはならないたばこ専売法違反の事実を審判の対象とし、大赦令第二条の適用を誤つた違法があり、この違法は、前記の違法と共に判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、被告人の昭和二十二年政令第百六十五号違反昭和二十四年政令第三百八十九号違反の行為に大赦令第二条の適用がないことを主張する点において論旨は理由がある。

仍て被告人の本件控訴は他の論旨について判断するまでもなく理由があるから刑事訴訟法第三百九十七条に依り原判決中被告人の免訴の部分を除きその余の部分を破棄することとし、なお記録並に原審において取り調べた証拠に依り当裁判所において直ちに被告事件について判決することができるものと認めるので、同法第四百条但書に則り判決することとする。

当裁判所の認定した事実並にこれに対する証拠は、原判決の摘示した判示第三、第四の事実並に判示第三、第四事実認定に引用した証拠の通りである。

法律の適用

原判決の判示第三の所為について、

食糧管理法第九条第一項、第三十一条、第三十四条、同法施行令第九条、同法施行規則第四十条(懲役刑と罰金刑併科)原判決の判示第四の所為につき、

食糧管理法第九条第一項、第三十一条、第三十四条、同法施行令第十一条、同法施行規則第四十七条(懲役刑と罰金刑併科)

両者につき、刑法第四十五条、第四十七条、第四十八条第二項、第十八条

なお本件公訴事実中、被告人は公に認められた場合でないのに

第一、昭和二十四年十月八日頃から同月二十四日迄の間妻豊子と共謀の上肩書住居地自宅において連合国占領軍の財産である煙草ラッキーストライク二十本入五十個(一個二十本入)乾ぶどう三箱、板チョコレート小四十七個、同大三個、ココナツ二十二個、風船ガム八十二個、カレー粉一罐、及び冬アンダーシャツ一枚を所持し

第二、昭和二十七年二月二日頃から同月十二日頃迄の間肩書住居地自宅において連合国占領軍要員の財産である外国製煙草ラッキーストライク五十箱(一箱は二十本入のもの十個入)同チェスターフイルド二十五箱(一箱前同様)、同フイリップモリス一箱(一箱前同様)、同キャメル一箱(一箱前同様)、同プリンスアルバート六十瓦入八罐及び石鹸二十個を所持したとの点については、昭和二十七年政令第百十七号大赦令第一条第八十三号第百十七号に依り大赦されたから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十七条第三号に従い被告人に対し免訴の言渡をすることとする。前記第二の公訴事実に追加されたたばこ専売法違反の訴因に対しては、その追加が許されず、その効力の生じないこと、弁護人の控訴趣意に対する判断中に示した通りであるから、これに対し判決すべき限りではない。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第五点一、原審は昭和二十七年四月二十八日の大赦令第二条を説明するに当り、元来刑法第五十四条第一項に該当する数罪は仮令その数罪全部が訴因として明示されて居なくとも実質的には該法条の適用を受ける数罪全部の公訴事実に対し起訴の効力を及ぼすものであるから叙上大赦令第二条を解釈するに当つて同令第一条に掲げられた赦免の対象となつた罪は勿論大赦を受けない罪迄全部を訴因として起訴状に記載せられた場合に限ると云うことは出来ない、訴因として起訴状に記載せられて居ると否とに拘らず本質的に同令第二条所定の要件を具備して居ればその全部につき同令第一条所定の大赦を受けないものとして居る。そして本件の場合占領軍財産不法所持という公訴提起の効力はこれと同一公訴事実に属するたばこ専売法違反の範囲まで及んで居るのであるから昭和二十七年四月二十八日の大赦令発布以前にたばこ専売法違反の行為に付いても公訴提起はありたるものとなしその両罪とも赦免されないと判示して居る。

二、然し乍ら公訴事実と訴因の範囲区別は原判示の如しとするとも本件たばこ専売法違反の起訴は告発という起訴条件が伴はれなければならないのであるから外国たばこ不法所持に関する昭和二十二年政令第六十五号、同二十四年政令第三百八十九号違反の公訴事実には当然たばこ専売法違反の起訴があつたとなすことは出来ない(本件は右起訴当時告発はなかつたのであるから)。たばこ専売法違反に該当する行為の記載が他の犯罪の公訴事実にあつたとしても告発のない限り右は形式丈のことであり実質的には起訴の効果はない。従つて大赦令発布以前に告発があれば訴因の追加変更は大赦令発布後でも差支ないのであるが大赦令発布以前に告発がなければ実質的に起訴はなかつたことになるので原判決の論旨によるも大赦令発布以前に告発のなかつた本件に於ては刑法第五十四条第一項前段並に大赦令第二条の適用なく当然第一、第二の公訴事実は免訴さるべき筋合なのである。然るに此のことなき原判決は理由不備の判決であるとの誹りを免かれることは出来ない。殊に第一事実に付いては訴因の追加変更がないのであるからたばこ専売法違反は審判の対象とならない検察官も所謂一所為数法の主張をしない。従つて原判示によるも一所為数法の適用はなく当然免訴さるべきものなるにこれを罪としたのは矛盾があり理由不備である。

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