東京高等裁判所 昭和27年(う)3716号 判決
被告人 有坂不二子
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意は別紙記載のとおりである。
一件記録によると、被告人に対する当初の訴因は、被告人が昭和二十七年三月七日に自宅で麻薬であるパンオピン注射液二%一cc入二本を所持していた。というのであつたが、その後検察官は訴因を右注射液十六本を所持していたと変更したものである。そして、記録によつて原審における審理の過程を見ると、右十六本の麻薬は一括して被告人及びその夫(医師)甲の居宅の薬局内の調合台の下の棚に置いてあつた炭酸マグネシアの箱の中に入れてあつたというのであるから、変更された訴因は被告人が右のような態様において前記麻薬を所持していたものであるという趣旨のものと解すべきであるところで、原判決の挙示する証拠によると、右の十六本の麻薬は、被告人が医師であり麻薬取扱者である夫甲の命によつて同月五日に水戸の郡司薬局から正規の手続を経て購入してきた六十本の注射液の一部であることが明らかであつて、被告人はこれを買つてきた時一応それを夫の甲に見せてから前記の箱の中にしまつたというのである。としてみれば、右の麻薬は、甲の所有に属するはもちろん、同時に同人の所持にも属していたといわなければならない。もつとも、同じく原判決挙示の証拠の中には、右甲がその麻薬の具体的なあり場所を知らなかつたという供述がある。しかし、それが前記のように薬局中に置かれてあつたもので、右の薬局は医師たる右甲が常時出入し使用していた場所であることを思えば、その供述自体必ずしも信を措き難いのみならず、かりにそれが真であつたとしても、これを現実に保管したのは妻である被告人であつてその麻薬が自宅内に置かれてあることは甲としても当然知つていた筈であるし、現にそれは前記のような場所に置かれてあつたものであるとしてみると、法律的に見てそれが同人の所持の下にあることは疑のないところである。残る問題は、被告人もまたその麻薬に対し同時に従たる所持を有していたかどうかということであるが、前記のような事実関係から判断すると、妻である被告人には所持というべきものはなく、たとえ夫の指示によつてこれを出し入れしていた事実があるにせよ、それは単なる夫の手足としてその所持の補助者たる地位においてしたことにすぎないと見るのが相当である。そうだとすれば、被告人に麻薬に対する所持があると認定した原判決には、事実の誤認があるといわなければならない。のみならず、その所持者である甲は前記のように麻薬取扱者たる資格を有する者でいやしくも業務の目的のために所持する以上その麻薬所持は適法なものであるところ、本件ではその所持が業務の目的以外のためのものであつたことは証拠上認め難いところであるから(それゆえにこそ検察官は同人をその所持の点で起訴しなかつたものと推察される。)その補助をした被告人の所為もまたその所持に関する罰則の適用を受くべき筋合ではないのである(同様の理由によつて、かりに被告人を従たる所持者と認定したとしても、その所持は主たる所持の適法性によつて適法化されるというべきであろう。)原判決はこの点に関し麻薬取締法第十六条の麻薬の貯蔵に関する取締規定に言及しているが、この規定に違反したからといつてそれが所持でなくなるわけのものでもないし又所持そのものを、不法ならしめるものでもなく、ただ別個に同条違反の問題を生ずるにすぎないのである。これを要するに原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があることに帰するから、論旨は理由があるというほかはない。