東京高等裁判所 昭和27年(う)4159号 判決 1953年2月21日
控訴人 被告人 植木茂
弁護人 尾畑義純
検察官 金子満造
主文
本件控訴はこれを棄却する。
当審未決勾留日数中五拾日を被告人が言渡された懲役刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人尾畑義純作成名義の控訴趣意書のとおりであるから、これをこゝに引用し、次のとおり判断する。
論旨第二点。
記録によれば、本件起訴にかゝる第一事実は所論のように罪跡を湮滅する為めであるというのに、原審がこれを所論のように逮捕を免れる為と認定していることは明白である。
しかし、刑法第二三八条は窃盗罪を犯したもの或は犯そうとしてこれを遂げなかつた者が、その後において、一定の目的をもつて他人に暴行或は脅迫を加えたときは財物強取の意思のなかつたときでも強盗としてその罪を論ずるというのであつて、その基本的事実関係は窃盗犯人が当該窃盗行為後に他人に暴行、脅迫を加えることにあるのであるから、その目的が得た財物の取還を拒くにあるか、又は逮捕を免れる目的にあるか、はたまた罪跡湮滅の目的にあるかということの差違だけでは公訴事実の同一性には何等影響のないことである。従つて原判決が前述のように罪跡湮滅の為という公訴事実に対し、逮捕を免れる為と認定しても爾余の点に相違がなければ所論のように起訴されない事実を認定した違法の存するものとは認めることはできない。
しからば更に右の如く変更する場合に刑事訴訟法第三一二条の訴因変更の手続を履践する要があるか否かについて考えてみるに原判決の証拠に掲げられている被告人の検察官に対する供述調書には本件暴行の動機に関し「時間がたてばすぐ判ると思つて気が気でなかつた、又、杉浦町子と打ち合せた時間に遅れるということが頭にあつて少しも早く出たいと思つているところえ電車が相原駅に進行して入つて来たことが判つたので咄嗟に奥さんを突き飛ばして逃げる気になりました、その電車に乗りそこなうと四十分待たなければならず待ち時間中には捕まると思つたから何んでもその電車に乗ろうと考えたのでした……」の記載があり、右被告人の供述に現はれた事実によつて検察官は本件暴行が罪跡を湮滅するために出てたものと認めたのに対し原判決は逮捕を免るる目的でなされたものと判断したにすぎないのである。即ち起訴状と判決との間には何等事実に変更はなく単に評価を異にするにすぎないのである。元より被告人の防禦には何等実質的な不利益を与えるものではないのであるから本件においては訴因変更の手続も要しないものといわねばならぬ。よつて論旨は結局理由のないものと認める。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 稲田馨 判事 石井文治 判事 古田富彦)
控訴趣意
第二点原判決には起訴せざる事実に罪となるべき事実を認め有罪の判決を下したる違法がある。
本件起訴状第一の事実は本件被告人が他人所有の背広洋服上下一着を窃取して其の罪跡を湮滅する為右所有者の妻に暴行を加えたる事実を起訴したものである。然るに原審判決は判示第二に於ては被告人は右背広洋服一着を窃取した後之れが発覚を恐れ逮捕を免れる目的で右妻女に暴行を加えたる事実を認め之れを有罪なりとしたものである。成る程右双方の場合は共に刑法第二百三十八条の罪に該当するも此種の目的罪は犯罪の本体である窃盗罪を犯したるものが更に特殊の目的を以て他人に暴行を加へ傷害したるものは特に重く之を処罰するものにて其の目的を異にする毎に罪体は異るものと解すべきである。然るに原判決が叙上起訴せざる事実に付有罪の判決を下したるは訴因の同一性の範囲を正当なる理由なく逸脱したるものにして其の違法たること多言を要しない。
(その他の控訴趣意は省略する。)