東京高等裁判所 昭和27年(う)4222号 判決
被告人 尾崎信一
〔抄 録〕
論旨第二点について。
原判決は要するに被告人がMから金十二万円を預つてこれを自己の執務していた税務署の金庫内に保管しているうち昭和二十五年十二月初頃そのうち金一万円、同月十二、三日頃金一万六千円をそれぞれ自己のためほしいままに右金庫から持ち出して横領したという事実を認定したものであるが、論旨は、原判決は被告人の自白を唯一の証拠として右の罪となるべき事実を認定したものだと主張するのである。そこで、まず右の事実についてそのいかなる点に補強証拠があれば足りるかということを考えてみるのに、そのうち被告人が前記のようにMから金十二万円を預つてこれを金庫内に保管していたという事実は横領罪の構成要件の一部にあたる事実であることはもちろんであるけれども、同罪の実行行為そのものとは別個の事実であり、ただその前提をなすものであるにすぎない。いいかえれば横領罪において他人の物の占有者であるということは一種の身分にほかならず(刑法第六十五条に関する最高裁判所昭和二七年(れ)第一〇三号同年九月一九日第二小法廷判決、刑事判例集第六巻第八号一〇八三頁参照)、あたかも公務員犯罪において公務員であることと同様の性質のものであるから、この点については必ずしも補強証拠を要しないと同時に、この点に関する補強証拠があるというだけではまだ自白が他の証拠によつて補強されたことにならないのである。従つて、横領罪においては、その実行行為たる費消、着服等の事実につきなんらかの補強証拠が必要であると解すべきところ、これを本件についてみると、被告人は検察官に対し前記のように昭和二十五年十二月中に持ち出した金二万六千円のうち金二万円をA料理店で、また金六千円を「B」という喫茶店で費消したと供述しているのであるが、原判決が証拠として挙示した証人Aの供述によると被告人は同人方へは昭和二十五年十月頃以降は来ず、同年四月からその頃までの間につかつた金は全部で一万円内外だというのであり、同じく証人B(「美多慶」の経営者)の供述によると、被告人が同人方へ来たのは同年の夏から秋にかけてのことで、その間に全部で五、六千円の金をつかつたというのであるから、この両名の供述は、その時期の点からいつてもまた金額の点からいつても被告人の前記自白を補強する証拠とはなりえないものだといわなくてはならない。しかしながら、自白を補強すべき証拠は間接証拠又は情況証拠でも足りると解せられるのであるが、被告人の検察官に対する供述によると被告人は本件の金員着服後昭和二十六年三月に知合のN(これは中村為次郎の誤であると被告人は原審公判廷で訂正している。)から金二万円を借りてこれと自分の金とを合せて穴埋をしMに返したというのであり、原審証人Oもその頃被告人から「やむをえない金だから貸してくれ」といわれて金二万円を貸したと述べているのであつて、この両者の供述を綜合してみると、被告人が金二万六千円の穴埋をしたという事実は他の証拠によつて補強されているというべきである。そして、この事実はその反面当時被告人がMから預つた金十二万円中二万六千円を保管していなかつたことを意味するから、この事実は被告人がその前に金二万六千円を持ち出したという自白の架空でないことを証明するに足りるものというべく、いいかえれば、原判決の挙示した前記証人Nの証言は間接にではあるが被告人の前記着服に関する自白を補強していると考えなければならない(前記金員持出の動機すなわち不法領得の意思のごとき心理的事実について補強証拠を要しないことはいうまでもない。)しからば原判決には自白を唯一の証拠とした違法があるということにはならないから論旨は理由がない。