東京高等裁判所 昭和27年(う)4489号 判決
被告人 長柄亘
〔抄 録〕
一、論旨第三点乃至第五点について。
本件記録によれば、被告人の本件登記申請が旧商法第三五七条の規定に則り会社の取締役として為されたものであることは所論のとおりであり、原判決は被告人が本件株式会社の代表取締役として資本増加の登記につき虚偽の申立をして商業登記簿原本に不実の記載を為さしめ、これを行使したという被告人個人の犯罪事実を認定しているものであることは判文自体により明瞭である。
而して取締役が株式会社の為にした行為であつても、それが刑法に定める構成要件に該当するときは、それは自然人であるその取締役個人が責任を負うべきものであることは今日異論のないところである。
蓋し、法人である株式会社は自然人である機関によつて代表され、これによつて行為を為すものであり、機関のその行為は即ち法人の行為となるものと解しても、機関である自然人のその行為は機関としての行為であるという理由で、自然人自身の行為である性質までも喪失してしまうものとは考えられず、法人が機関である自然人の法人の為にする行為は、一面法人の行為となると同時に他面自然人自身の行為でもあり、この自然人自身の行為である面において自然人個人としての責任を生ずるものと解すべきものであり、更に、現行刑法は自然人を対象として即ちこれを犯罪の主体として定めているのであつて、法人を罰する為には特にこれを処罰する規定の存する場合に限るのであるからである。
原判決が被告人に対し刑法第一五七条第一項、第一五八条の規定を適用して処罰したことをもつて、所論のように犯罪主体の認定を誤り、法令の解釈適用を誤つたものとも理由を附せず理由にくいちがいのある違法の存するものとも認められない。論旨はすべて理由がない。
二、同第七点。
刑法第一五七条の公正証書原本不実記載罪は前説明のとおり公の信用を害する犯罪であり、旧商法第四八九条第一項第一号の罪は会社の株式引受の的確又は資本の充実に関する法益を侵害する犯罪であるから、両者は全くその侵害する法益を異にしており且つ旧商法第四八九条第一項第一号の罪は裁判所又は総会に対し不実の申述を為し又は事実を隠蔽することにあるのであるが、本件公訴事実は法務局登記係員に対する虚僞の事実の申述であり、本件犯行当時(昭和二四年一月)登記事務を管轄するものは謂ゆる法務局であつて裁判所ではないから、本件においては旧商法第四百八十九条第一項第一号を適用すべき余地は全く存しないのである。原判決には所論のような違法は認められず、論旨は理由はない。