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東京高等裁判所 昭和27年(う)4625号 判決 1953年6月08日

控訴人 被告人 大塚晴治

弁護人 糸賀悌治

検察官 田中政義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審に於ける訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人糸賀悌治提出の控訴趣意書に記載された通りである。之に対し当裁判所は左の通り判断する。

右趣意書第一、第二点について

刑事訴訟法第二百二十一条は検察官、検察事務官又は司法警察職員は被疑者其の他の者が遺留した物は之を領置することができることを規定しているところ、本件記録を精査するに、論旨も認める如く、本件窃盗罪の客体となつた袋入精米在中のリュックサックは食糧管理法違反(米穀運搬罪)の被疑者と認むべき被告人が進行中の列車から松戸駅構内線路上に抛り出したものであるから、右法条に所謂被疑者の遺留した物に該当し当時闇物資取締の為に該列車に乗り込んでいた司法警察職員に於て之を適法に領置し得べき場合であつたことは疑いがない。而して原審及び当審に於ける松戸駅長の証言並に原審証人石亀政雄の証言に依れば、本件発生当日闇物資取締に先立つて当該司法警察職員は松戸駅員に対して闇物資の取締をするから協力して貰い度い。証拠品は駅の方で預つてくれと申入れ、駅の方でも之を了承したことが認められるのみならず、従来も同種取締の行われた際には駅員は同種協力をしていたのである。即ち本件被告人のしたと同様進行中の列車内から線路上に闇米等を抛り出す者も屡々あつたが駅の方ではいつも取締警察職員の要求により之が占有を取得した上直に当該係官の許に送致するという手続をとることを例としていたのである。本件の場合に於ても同様であつて被告人が判示物件を列車から抛り出した際車上の警察職員から駅員に対し右物件の処置方につきよろしく頼むという趣旨に解される合図があつたので、駅員は直ちに右物件の占有を取得しいつもの通り之を上野駅公安室宛当該司法警察職員に送致すべく送り荷札をつけて保管していたところ、被告人から該物件は自己の所有であるから引渡して貰いたいとの頼みを受けたが、駅員は該物件は取締官の頼みによつて保管しているもので送付しなければならぬものであるから渡すことはできないといつて拒んだのである。然るに被告人は駅員の隙をうかがつて該物件を持つて逃げたものであるという各事情が一切明白になつている。而して之によれば松戸駅員が本件の場合のみならず平素から闇物資取締に際し取締官の依頼をうけて前記の如き行為をしていたのは、被疑者と目すべき者の置き去つたものにつき司法警察職員に於て法律に定められた領置手続を践むに際し、要求を受けて司法警察職員の手足となり一時物件の占有を取得し之を保管した上遅滞なく当該職員に送付し以て適法の領置手続を完了させる為であつたと解することができる。(尤も本件に於ては松戸駅長は司法警察権を有している者と認められるから自己独特の権限に基いて本件物件の領置ができるし又本件を単なる遺失物とみて、駅長は駅構内に於ける遺失物につき当然占有権を有すという観方もあるが、駅長の証言によつても又本件論旨によつても駅長が之等二つの権限に基いて本件物件を処理したものではないとしているので之等の点についてはしばらく論外とする。)

而して以上の如き関係であるから、本件被告人は司法警察職員のなす領置手続に属する占有権を侵害したものであつて、刑法第二百四十二条に所謂公務所の命により他人の看守する自己所有物の窃取を遂げたものといわざるを得ないのである。

尤も原判決の行文をみると、被告人は松戸駅長の保管に属する本件物件を窃取したと判示してあり、之につき刑法第二百三十五条第二百四十二条を擬律してあることは論旨指摘の通りであるが、其の趣旨たるや、被告人は松戸駅長が公務所の命により占有(保管)中の被告人所有の物件を窃取したものと判示するに在つたことは了解に難くないから、此の点に関し原判決は被告人が窃取したものは被告人以外の者の所有に属すると判示したものであり、然るときは刑法第二百四十二条を適用した点との間に理由のくいちがいを来すとする論旨(第一点)及び原判決が本件物件は被告人以外の者の所有に属すと認定したとすればそれは事実誤認であるという論旨(第二点)は共に理由がない。更に以上の事実関係に付論旨は本件に於ては正式の押収手続(差押又は領置)が採られていないから駅長の本件物件の占有は被疑者たる被告人には対抗し得ない又取締に当つた警察職員は右物件の占有すらしなかつたのであるから之を駅員に看守させることはできないのである。之を要するに本件物件については刑法第二百四十二条所定の「他人の占有に属し又は公務所の命により他人の看守するもの」なる要件は満されていないと主張するのである。よつて按ずるに押収手続中差押をする場合に於ては令状がなければ之を行うことを得ないが、領置をする場合に在つては勿論令状の必要はなく手続として調書、目録等の作成を要求されてはいるものの(刑事訴訟規則第四十一条)斯る手続を完了しない以上は領置の効果が発生しないとすべきではなく、被領置物の占有取得の行為が先行し調書作成等の手続は可及的速かに之に伴うべきことが要求されているに過ぎないものと認むべきである。故に一旦領置する目的を以て占有を取得したが之に伴う手続が結局為されなかつたというが如き場合は適法の領置が為されたとはいい得ないであろうが、然らずして占有取得後遅滞なく右手続が採られた以上は占有取得の当初より適法の領置があつたものと認めるを妨げないのである。本件に於ては前記の通り駅員は司法警察職員の命によつて正当の領置手続の為さるべきことを前提として本件物件の看守中被告人の為に其の占有を侵害されたものであつて、斯る侵害行為が無ければ適法な手続は遅滞なく行われたものであろうことは了解に難くないのみならず、取締の司法警察職員は本件物件が駅構内に抛り出されたのを現認した上駅員に其の看守を命じたものと解し得ること前記の通りであるから、以上の論旨は結局理由が無いことになる。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 藤嶋利郎 判事 飯田一郎 判事 井波七郎)

弁護人糸賀悌治の控訴趣意

第一点原判決には理由にくいちがいがある。

原判決理由中罪となるべき事実第二に前同日(昭和二十七年七月十八日)午後零時過頃前記常磐線松戸駅構内上りホーム運転事務室内に於て同駅長多菊正利の管理にかかるリュックサック及袋入精米三三、五瓩を窃取したる事実を掲記し、右事実に対する法令の適用として刑法第二百三十五条第二百四十二条を掲記している。窃盗罪の保護法益が所有権其の他の権利に基く財物の所持であることは論のないところである。而して窃取の客体たる財物が他人のものであることを一般の例とするから他人のものを窃取した場合は特に権利の帰属関係を明示することを省略しその所持の関係のみを「何某管理に係る」と判示することを裁判上の慣例として居る。従つて前示罪となるべき事実の記載は犯人以外の者の所有物にして松戸駅長管理にかかるものを被告人が窃取したものと解する外はない。故に右事実に対して刑法第三百四十二条を適用して居ることは理由にくいちがいがある。

第二点原判決は事実の誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原判決理由中罪となるべき事実第二掲記の事実が其の窃盗の客体が被告人以外の者の所有であると云うことを認定したものとするならばかかる事実を認定する証拠は全然ないし、被告人の司法警察職員、検察官に対する供述調書、被告人の原審公判廷に於ける供述等に照し右事実認定は全く誤認である。又右掲記事実が窃盗の客体が被告人の所有物たることを認め右客体が「他人の占有に属し又は公務所の命に依り他人の看守したるもの」と認定したものとするならば右認定も亦誤認である。即ち右の「他人の占有に属する」とは占有者が権限に基き所有者に対抗し得べき場合に限ると為すことは判例及学説の一般に認むるところであり本件の場合について先づ松戸駅長の本件窃盗の客体に対する管理が果して権限に基き所有者たる被告人に対抗し得べき場合であつたか否かについて証拠上検討するに占有者たる松戸駅長多菊正利は占有の原由について「慣例上公安室の方から連絡がある迄保管することになつて居ります。遺失物ではなく保管を依頼されたものと見るべきだと思います」と証言して居り(記録四五丁)、本件窃盗の客体が鉄道法規上遺失物の取扱を受けて居ないことは勿論、本件窃取当時公安室に於いて押収又は領置の処置を執らず右物件に対し管理の権限を有しなかつたことは後述の通りでありますから松戸駅長の本件物件に対する占有が所有者たる被告人に法律上対抗し得べき原因は全くないのであります。次に本件窃盗の客体たる米等が公務所の命に依り松戸駅長多菊正利が看守して居たものであるか否かについて検討するに本件窃盗の客体が被告人の持ち去つた当時刑事訴訟法上押収の処分を為されて居なかつたことは証人石亀政雄の「駅員には警視庁で押収すると同様の権限はない。当時警視庁の押収の手続はしてありませんでした。」なる証言(記録第三八丁)に依り明かであり又本件の場合の如く列車の窓から線路上に投げ出された物に対して警視庁の刑事巡査がそれが如何なる物であるかも確むることなく又特にそのものを指示することもなく只列車が駅を離れ様とする際に手で合図したとか(証人多菊正利の証言記録第四五丁)「頼むぞ」と一言云つたとか(証人石田昭夫の証言記録第五一丁)或は上野駅の公安室と電話で連絡し送つてくれと言つて来た(証人石亀政雄の証言記録第三四丁)と云う様な事実があつたとしても只それだけでは刑事訴訟法第二百二十条第二項の差押にも該当しないし又同法第二百二十一条の領置が行われたとも謂い得ないことは勿論である。従つて警視庁職員が当時本件窃盗の客体を占有して居なかつたのであるから之を他に看守を命することは勿論あり得ないのであります。故に本件窃盗の客体について松戸駅長が管理して居た事実は刑法第二百四十二条の公務所の命に依り看守せるものとは謂い得ない。

然れば原判決は重大なる事実誤認を為したものであり而も右誤認は有罪無罪の分るるところであり判決に影響するものであるから此の点に於いて原判決は破毀を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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