東京高等裁判所 昭和27年(ナ)2号 判決
原告 坂悌
被告 静岡県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「昭和二十六年九月二十四日に行われた伊東市議会議員の選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、伊東市選挙管理委員会は、昭和二十六年九月二十四日に行われた伊東市議会議員選挙について、これより先同年同月八日候補者並びに出納責任者の全員を、伊東市役所会議室に招集して、伊東市警察署長外、二、三名の警察吏員等列席のもとに、選挙に関する打ち合せ会を開催した。
そしてその席上、選挙管理委員会委員長坂田副治は、候補者並びに出納責任者一同に対し、
「市議会議員の選挙運動費用の法定額は、候補者一名について金一万三百円であるが、現在の経済事情から見て、とても無理であろうから、費目別に単価の協定額を定めてはどうか。管理委員会で作成した案を提出するから、御協定願いたい。それ以外は違反と認める」と言い、
「選挙運動の費用の最低基準協定額」と題する謄写印刷文書を、出席者一同に配付し、よつて同選挙管理委員会は、何等の権限なく不法にも、時価に比し甚しく低廉なる選挙運動費用の単価について、基準協定額なるものを定め、以て暗に候補者が事実上、法定額以上の選挙費用を支出することを、予め容認したものである。
二、右の事実は、選挙を公正に行わせることを目的とする選挙管理委員会が、自から選挙費用の法定額を超過することを容認し、選挙の不法に行われることを許容したもので、このことは選挙の結果に影響を及ぼすおそれがあるから、当然にその選挙自体無効である。
三、この選挙については、先に訴外中島培次から、伊東市選挙管理委員会に対し、法定選挙費用の超過その他の事由により、当選者全員の当選が無効なることを主張して、法定期間内に異議申立をしたが、同委員会は昭和二十六年十月十日右の異議を棄却する決定をした。
原告は右の選挙について異議の申立はしなかつたが、同年十月二十六日附訴願書及び同年同月三十日附追加訴願書によつて訴願したが、被告は訴願の趣旨を、個々の候補者自身が、法定額を超過した選挙費用を使用したために、その当選の無効なることを主張するかのように誤解し、同年十二月二十五日原告の訴願に対し、選挙費用の法定額超過に関する部分を却下し、その余の部分を棄却する旨裁決し、その裁決書は同年十二月二十七日原告に送達せられた。
四、原告は法定の選挙人であつて、この裁決に不服であるから、本訴を提起したのであると述べた。
(証拠省略)
被告指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、
答弁として、
一、請求原因の第一項について、
昭和二十六年九月二十四日に行われた伊東市議会議員選挙について、伊東市選挙管理委員会は、同年同月八日候補者並びに出納責任者等を、伊東市役所会議室に招集し、伊東市警察署長等列席のもとに、選挙に関する打ち合せ会を開催。その席上「選挙運動の費用の最低基準協定額」と題する謄写印刷文書を、出席者一同に配付した事実は認めるがその他は、否認する。
二、請求原因の第二項の事実は否認する。
三、請求原因の第三項について、
この選挙についての異議並びに訴願の経過が、原告主張のとおりであることは認めるが、その他は否認する。
四、請求原因の第四項について、
原告が法定の選挙人であることを認める。
五、伊東市選挙管理委員会が、選挙に関する打ち合せ会の席上、出席者一同に配付した「選挙運動の費用の最低基準協定額」と題する謄写印刷文書は、選挙運動を適正に行わせる目的のもとに、選挙運動の費用を算定するについて、各候補者が無料で自動車や拡声機を借用したり、立看板を好意的に貰つたり、労務者から無料で労務の提供を受けたりした場合に、通常支払うべき価格を評価するときの基準にするため、全候補者並びにその出納責任者が、その基準額を協定するについて、その参考資料として配付し、その協定も伊東市警察署長等立会いのもとに、公正に行われたもので、選挙運動の費用を算定するについて、協定基準額以上に見積ることを禁じたり、その額をそのまま見積り額とするよう慫慂した事実はないと述べた。(証拠省略)
三、理 由
一、(1) 昭和二十六年九月二十四日伊東市議会議員選挙が行われ、原告がその選挙において適法なる選挙人であつたこと。
(2) この選挙について、訴外中島培次から法定期間内に、伊東市選挙管理委員会に対し、法定選挙費用の超過、その他の事由により、当選者全員の当選の無効を主張して、異議申立をしたけれども、同委員会は同年十月十日棄却の決定をしたもので、原告においては、この選挙について異議の申立はしなかつたが、同年十月二十六日附訴願書、及び同年同月三十日附追加訴願書によつて訴願したところ、被告は同年十二月二十五日選挙費用の法定額超過に関する部分を却下し、その余の部分を棄却する旨裁決し、その裁決書が同年十二月二十七日原告に送達せられたこと。
以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二、ところで成立に争いのない、乙第一、二号証によれば、訴外中島培次の異議申立、並びに原告の訴願は、いずれも各候補者が法定の選挙費用を超過したことを理由に、当選無効を主張したものと解し得ないでもないが、前記乙号証を検討し、更に同人等が当選者全員の当選無効を主張している点、並びに本訴における原告の請求原因を彼此対照するときは、前記異議及び訴願において、同人等はこの選挙の有効なることを前提として個々の当選者の当選無効を主張するものでなくて、選挙自体の無効を主張していたものと解し得ないでもないし、また選挙の効力に関する訴訟を提起するには、異議、訴願の手続を経なければならないことは、公職選挙法第二〇三条の規定するところであるけれども、異議、訴願を経ることは、選挙執行機関に対し、一応審査の機会を与える趣旨に過ぎないから、異議申立人が訴願しない限り、選挙の効力について異議を有する選挙人は、その異議に対する決定を不服として、自から訴願するを妨げないものと解するを相当とする。従つて原告がその当時選挙人なることについて争いのない以上、原告は、本訴の提起について、異議、訴願経由の要件を充しているものといわなければならない。
三、よつて前記選挙の効力について検討する。
(1) 伊東市選挙管理委員会が、右選挙の行われるに先だち、昭和二十六年九月八日候補者及びその出納責任者等を、伊東市役所会議室に招集して、伊東市警察署長等も列席の上、選挙に関する打ち合せ会を開催し、その席上「選挙運動の費用の最低基準協定額」と題する謄写印刷文書を、出席者一同に配布したことは、当事者間に争いがない。
(2) 原告は選挙無効の理由として、伊東市選挙管理委員会が招集した前記打ち合せ会の席上、選挙管理委員会委員長坂田副治は、候補者並びに出納責任者一同に対し、
「市議会議員の選挙運動費用の法定額は、候補者一名について金一万三百円であるが、現在の経済事情から見てとても無理であるから、費目別に単価の協定額を定めてはどうか。管理委員会で作成した案を提出するから、御協定願いたい。」
と説明し「選挙運動の費用の最低基準協定額」と題する謄写印刷文書を出席者一同に配布し、よつて同委員会は不法にも、時価に比し甚しく低廉なる選挙運動費用の単価について、基準協定額なるものを定め、もつて候補者が法定額以上の選挙費用を支出することを、暗に容認する態度を示したものであると主張するので、この点について判断するに、
証人釜田重寿の証言によつて成立を認め得る甲第一号証の一と二、証人小原栄蔵の証言(一回)によつて成立を認め得る甲第二号証、成立に争いのない甲第四号証の一から六十。乙第四号証と、証人宮崎三輝の証言(一回)とを綜合すれば、この選挙の候補者のうちには、伊東市選挙管理委員会から配付せられた前記「選挙運動の費用の最低基準協定額」と題する謄写印刷文書に表示せられている基準協定額よりも、多額の支出をしながら、前記基準協定額に従つて、選挙費用の届出をした者が少くない事実を認めることができるばかりでなく、更に証人釜田重寿、小原栄蔵(一回)、大川秀雄、高橋芳春(一回)の各証言と原告本人訊問の結果を綜合し、これに前段認定の事実を参酌すれば、伊東市選挙管理委員会が招集した前記打ち合せ会の席上、選挙管理委員会委員長坂田副治は、候補者並びにその出納責任者全員に対し、選挙運動費用のすべてについて、単価の協定を提案した上、出席者一同に「選挙運動の費用の最低基準協定額」と額する謄写印刷文書を、配付した事実を一応認め得るようである。しかしながら如上の趣旨における前記各証言並びに原告本人の供述(原告は右打ち合せ会に列席したものではなく、前記基準額協定に関する趣旨を伝聞したものである)は、後記各証拠と対照して、容易に採用し難いものというべく、また前記の選挙費用の届出に関する事実のみによつては、他に特段の事情が認められない限り、直ちに原告主張の如き趣旨における選挙運動費用の単価に関する基準協定額が定められたものと断定することは困難であつて、その他の証拠によつても、原告の前記主張事実を確認することはできない。
かえつて成立に争いのない乙第三、四、五号証と、証人坂田副治、山田喜一、寺田良平、日吉千代松、渡辺晴、宮崎三輝(一回)、安藤覚造、牧野秀吉、上原栄市の各証言を綜合すれば、伊東市選挙管理委員会委員長坂田副治は、この選挙において、候補者が縁故者から無料で自動車や拡声機を借受けたり、ポスターや立看板を貰つたり、労務の奉仕を受けたりした場合、又は候補者が自分の自動車やその他のものを使つた場合、これを選挙費用に計算するのは、当然であるとしても、その評価について基準をきめておかないと、各候補者がまちまちの評価をすることになり、惹いては選挙の公正を害することにもなるものと考えた結果、伊東市警察署及び選挙管理委員等とも協議の上、候補者及びその出納責任者を招集して、その最低基準額を各自で協議する打ち合せ会を開催することになり、その打ち合せ会の席上、坂田委員長、宮崎書記等から、出席者一同に対し、打ち合せの趣旨を説明して、最低基準額の協議を求め、その参考資料として、前記謄写印刷文書を配付したもので、原告が主張するように、予め候補者に法定額以上の選挙費用の支出を容認する趣旨の文書ではないし、またその打ち合せ会の席上、選挙の不法に行われることを許容するような態度を示した事実のないことを認め得る。
しからば、伊東市選挙管理委員会が前記打ち合せ会において、候補者及びその出納責任者に対し、選挙運動費用の最低基準額の協定を求めたことが、前段認定の如き趣旨においてなされたものとすれば、同選挙管理委員会の叙上の措置は固より、選挙の管理執行に関する公職選挙法の規定に違反でないばかりでなく、また選挙の目的とする自由と公正を、阻害するものとは考えられない。
従つて右選挙管理委員会のとつた選挙の管理執行について選挙の規定に違反するものありとする原告の本訴請求は、理由のないものとして、棄却しなければならない。
よつて公職選挙法第二一九条、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浜田潔夫 河合清六 仁井田秀穂)