東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1007号 判決
訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人の各負担とする。
この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人らは各自控訴人に対し金十万円を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
<立証省略>
三、理 由
控訴人が昭和二十三年三月二十八日被控訴人ケンと結婚の式を挙げ、それ以来被控訴人ケン及びその実父母である被控訴人菊治郎、同トウらとその肩書住所に同居し、同年四月五日妻たる被控訴人ケンの氏を称することとして婚姻の届出をしたこと、被控訴人らははじめ伊能輝夫と婿養子縁組をし、同人とケンとの間に覚という子供が生れたが輝夫は戦死し、次に奈良富久治と婿養子縁組をしたが同人とは協議上離縁及び離婚をし、被控訴人ケンの婚姻は三度目であつたこと、控訴人は高等小学校卒業後実家で農業に従事し、昭和十二年一月横須賀海兵団に入り、昭和二十一年一月上等機関兵曹として復員するまで海軍にあつたが復員後再び実家で農業に従事していたこと、被控訴人ら方は雑貨商を営みかたわら農耕をしていたこと、婚姻後間もなく控訴人は関東電気工業株式会社に工員として勤務し、その間昭和二十四年五月まで毎月の給与はほとんど全部被控訴人らに渡していること、その後被控訴人ケンから控訴人に対し離婚の調停申立があつたが不調に終つたこと、さらに被控訴人ケンは控訴人を相手方として前橋地方裁判所に離婚請求訴訟を提起し、(同庁昭和二十五年(タ)第五号事件、当庁昭和二十七年(ネ)第一〇〇九号事件)、これに対し控訴人も反訴をもつて被控訴人ケンとの離婚の請求をしていることは本件当事者間に争ない。
控訴人は被控訴人ケン及びその父母である被控訴人菊治郎同トウの責に帰すべき事情によつて被控訴人ケンとの婚姻が破たんを来たし離婚の止むなきにいたつたことを主張し、離婚によつて受ける精神上の苦痛に対し慰藉料を請求するものであるが、被控訴人らは右離婚の原因はもつぱら控訴人の側にあると主張するので按ずるに、成立に争いのない甲第一号証、同第五号証の二ないし六、乙第五号証の二、同第六号証の二、三、同第七号証の五ないし七、同第八号証の二の各記載、原審における証人山口長太郎の証言、控訴人並びに被控訴人ケン及び富治郎各本人尋問の結果に前記事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせると、控訴人は前記会社に通勤して給料もだんだん昇給して月に一万円余りを得るようになり、これをそのまま被控訴人らにわたし、そのなかから若干の小遣いを得るようにして家計を助けていたが、控訴人が右給料を得るようになつてから控訴人と被控訴人らとの折合はだんだん円満を欠くようになり、控訴人は被控訴人ら方の生活に不満をいだき、実家の兄らもこれに同調する状態で、遂には控訴人も昭和二十四年二月頃には被控訴人らに暴言をはきながら箪笥の中から金二万円を持ち出したり、同年四月には控訴人の妹方の初節句に雛人形を持参して帰宅後被控訴人らに暴言をはき、また同年六月には被控訴人ケンの先夫の子覚を殴り、食卓をひつくり返す等の乱暴をした末、同月二十七日被控訴人らに対し「こんなところには勤まらぬ」という趣旨の暴言をはいて会社に出勤したまま被控訴人ら方に帰らず、被控訴人らの戻つてもらいたいとの求めを拒み、会社の家族手当の支給も自ら断り、同年九月には被控訴人ら方に家人や弁護士とともに赴いて荷物を引取つたこと、一方控訴人の前記会社における作業は相当の重労働で控訴人は疲労して帰宅するのであつたが、控訴人の立場は事実上旧来の婿養子と同様で、被控訴人らもこれに十分の理解がなく、ために控訴人は勤務の余暇にもしばしばリヤカーで渋川や前橋あたりまで家業の商品の仕入に行つたり、農耕の手伝をしたり、時には被控訴人の父の腰をもんだりして、ほとんど自分の自由時間をもつことができず、その上控訴人は元来むしろ人づき合いが悪いといわれるくらい真面目な性格で、酒はほとんどたしなまず、外にこれという慰安の途を知らず、被控訴人菊治郎は多少口やかましい方で、妻たる被控訴人ケンは自分より年長でしつかりものでしかも先夫の子があり、控訴人との間には昭和二十四年五月十九日長女なおみが生れたが、別居にいたる数カ月前からは夫婦の交情もなくなり、控訴人としては自然被訴人方での生活を被控訴人らの想像以上に苦痛と感ずるにいたつたものであり、控訴人の前記のような粗暴な行為は控訴人の日頃の不満がこのような形に表現されたものと見るべきこと、この不満のよつて来たる原因を考えると、控訴人の地位は農村における旧来の婿養子と変らず、有力な男手として迎えられるとともに他家から家庭の一員となりやがてはその家産を継ぐべき地位が約束されるのであるから、そのためにはひたすら自己を殺しずいぶん無理にも耐えて将来を期待するのが一般の例であつて、控訴人もわずか九反歩の耕地で財産分与を受けて独立する余裕のない農家から入つたもので、前記会社に就職するまではかかるものとしてわれひとともにこれを怪しまなかつたが、その後控訴人が自ら働いて相当の給料を得、家計の上にも有力な支柱となるに及んで控訴人としてはおのずから独立の能力を自覚し、自らたのむところを生じて旧来の地位に甘んずるのをいさぎよしとしなくなつたのに対し、被控訴人らは多くこれを意識せず、依然として旧来の婿養子に対する観念を捨てきれず、近在のたれかれと比較して控訴人にのぞみ、控訴人としては会社におけるはげしい労働とそれによつて得る収入にひきくらべて、前記のような被控訴人方のあり方と自己の性格とからここに十分な安息の場所を見出し得なかつたところに発したものと推測すべきこと、この事態を打開するためには、控訴人はさらに謙虚な態度で被控訴人らの気風に順応しつつ、進んで妻たる被控訴人ケンを指導して生活の改善につとめ、被控訴人らも控訴人の立場に十分の理解と同情をもつて接し、殊に被控訴人ケンは控訴人をかばつて愛情と協力をもつぱらにする等の賢明な方策に出るべきであつたが、事ここにいたらず、控訴人は不満をかさねて粗暴な行為をくり返し、そのあげくに被控訴人ケンとの別居離婚を決意し、被控訴人ケンもまた控訴人のこの態度に対し離婚のやむなきことを決意するにいたつたもので、今日においては両者互いに婚姻継続の意思なくその対立関係はますます悪化しているものと認めることができる。右認定に反する証拠は採用しない。
前記離婚の本訴及び反訴請求訴訟において当裁判所は右事件の控訴審として前記の事実と同一の事実を認定した上、このような事態は民法にいわゆる婚姻を継続し難い重大な事由があるものと判断し、両者の離婚を宣告すべきものとしていることは当裁判所に職務上顕著である(この判決と同時に言渡すべき当庁昭和二十七年(ネ)第一〇〇九号事件判決参照)。
この離婚によつて控訴人が精神上の苦痛をこうむることはみやすいところであつて、事のここにいたる原因がたんに本件当事者のいずれかの側にのみあるものではなく、もとより控訴人が自らまねいたものとのみ断ずることはできず、控訴人及びその近親並びに被控訴人らの双方の側にある事情が厚薄の差こそあれ互いに原因結果をなし、相競合してこの破局に導いたものというべきであり、その意味で被控訴人らの行為が相当因果の関係に立つことは否定し得ないから、被控訴人らは控訴人に対し慰藉料を支払うべき義務を免れることはできない。よつてその額について考えるに、前記の諸事実及び引用の証拠によつて控訴人及び被控訴人ケンの年令、性格、境遇、離婚後の見とおし、当事者双方の資産、能力、離婚原因の厚薄その他一切の事情をしんしやくし、かつ民法第七百二十二条の趣旨に則り、その額は控訴人の請求の範囲内の金一万円をもつて相当とする。被控訴人らはこれにつき共同不法行為者として連帯して責任を負うものであるから、控訴人に対し各自右金員を支払わなければならないが、その余の部分についてはその支払の義務はない。
よつて、控訴人の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を理由のないものとして棄却し、これと異なる原判決を右のように変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)