大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1040号 判決

控訴人が訴外石井義一こと石井豊吉に対する被控訴人主張のような仮差押命令正本に基いて、昭和二十三年五月二十二日と同月二十七日の両度に亘り、原判決末尾添附の物件目録記載の物件(以下本件物件と呼び)外二十六点に対して仮差押の執行をした事実は当事者間に争がない。

そして、成立に争のない甲第二号証、原審証人石井豊吉、原審並に当審に於ける被控訴本人の各供述(但し後記不採用の部分を除く、以下同様)を綜合すれば、石井豊吉は昭和十七年十一月二十八日本件物件を含む動産類を被控訴人え贈与し、両人は同日当時の東京民事地方裁判所所属公証人岡遐に委嘱してその旨の公正証書を作成した事実の存在することが認められる。

然しながら、

一、被控訴人と石井豊吉とが夫婦であることは当事者間に争がなく成立に争のない甲第一号証、前記石井証人、被控訴本人の各供述によれば、被控訴人は昭和十七年一月頃石井豊吉と事実上の夫婦となつて同棲し、昭和十九年三月一日正式に婚姻の届出をした事実が認められるところ、このように夫婦の間に於て、夫から妻に対して物件を贈与すること自体は世上屡々行われる事例で敢て異とするには当らないが、贈与契約について態々特に他人行儀の公正証書を作成することは、これが作成を必要とする何等か首肯するに足る正当の事情がない限り、甚だしく奇異の感を抱かさせるものである。

然るに、本件に顕れたすべての資料を検討しても、到底このような納得の行く事情のあつた事実を認めることが出来ない。(この点については、尚、後段の説示参照)

二、右甲第二号証によれば、豊吉が被控訴人え贈与した物件は、百十数点の多きに及び、掛軸類、机、箪笥、布団台所用諸道具から風呂桶に至る迄の家財道具全部の外神棚、神具迄も含んで居り、前記石井証人、被控訴本人の各供述によれば、右贈与物件は、当時の豊吉所有の殆んど全部の財産であり、豊吉は右以外には僅かに自ら使用する衣類を剰すに過ぎなかつた事実が認められる。

他面、前記甲第一号証、右石井証人、被控訴本人の各供述によれば豊吉には当時家族として、先妻との間に生れた長女絹子(大正三年三月一日生れ)が居り、このようにその殆んど全部の財産を被控訴人丈に贈与し実子絹子には何等の財産を残さないことは怪訝の念を起させるのみならず、このような殆んど全部の財産を夫婦の間に於て何の必要あつて贈与したかについては、本件に顕れた資料によつてはこれを明かにすることは出来ない。

前記石井証人、被控訴本人は「前記贈与契約がなされた公正証書をも作成するに至つた事情として、豊吉と被控訴人とは年令の差が甚だしく、且豊吉には被控訴人と同年輩の長女絹子があり、豊吉と被控訴人との間には子がないところから、被控訴人の将来の生活の安定を確保し被控訴人を安心させる為めであつた」と供述するが、凡そ夫婦の関係は、人と人との信頼関係の最たるもので、吉凶禍福を共にするのが通常の事例と考えられるのみならず、長女絹子の幸福を全く顧みないので被控訴人丈の幸福を図ることも片手落であり、親子の情愛を無視した取扱と思はれ腑に落ちないから、この点に関する右供述は輙く措信し難い。

三、成立に争のない乙第一、二号証、原審証人望月一郎、島崎幸一当審証人田村福司、武藤文三郎の各供述を綜合すれば、本件両度の執行の際被控訴人は執行に立会つたに拘らず、本件物件がその所有であることを強く執行吏に主張した形跡のない事実が認められる。

原審並に当審に於ける被控訴本人の各供述中右認定に反する部分は、該認定に供した資料に照して採用しない。

四、成立に争のない乙第七号証、弁論の全趣旨に照し真正に成立したものと認める乙第十五号証によれば、石井豊吉は古くから株式売買業を営んでいた事実が認められるところ、このような営業は相当に投機的で浮沈の伴うものであることは顯著と考える。

以上認定の各事実より考えれば、前記贈与契約は、その行われた事情にして首肯するに足るものが認められない以上、寧ろ、豊吉に於て将来債務を負担した場合、これが追及を免れ財産を保持せんが為め、被控訴人と相通じてなした虚偽の意思表示であると推認するを妨げない。

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