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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1205号 判決

控訴人等代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人桜井進、同関山幾三郎、同柴田豊造及び同西山トミに対し各五〇万四、〇四八円、同早川ノブに対し一六万八、〇一六円、同早川次郎に対し三三万六、〇三二円並びに右各金額に対する昭和二三年一月二〇日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

控訴人等代理人は次のように述べた。(一)、控訴人等が不法行為であると主張する本件差押は、原判決の事実に記載する外、左の理由によつて違法である。(1) 、国税徴収法の規定によると、収税官史が国税を徴収せんとするときは、先づ納税人に対し納税を告知することを要し(同法第六条)、納税者の財産に対する差押は、納税者が督促を受けてその指定の期限までに税金等を完納しないときにすることができる(同法第一〇条第一号)のであるが、右納税の告知及び督促等に関する書類は名宛人の住所又は居所に送達されなければならない(同法第四条ノ七)のである。しかるに、本件の納税者である尾津喜之助は当時被疑者として小菅刑務所に勾留され、しかも他に住所も居所もなかつたのであるから、同人に対する本件の納税告知書及び督促状は、その居所である小菅刑務所に送達されなければならないのに、このような送達の事実がなかつた。従つて、本件差押は、納税の告知も督促もなくしてなされた違法の処分である。(2) 、本件差押は、尾津喜之助に対する昭和二一年度増加所得税五五四万四、五〇一円三五銭の滞納処分としてなされたものであるが、同人には、このようなぼう大な税額の課税の基礎となるべき所得がなく、従つて右税額による納税義務はなかつたのであるから、本件差押は違法である。(3) 、淀橋税務署長は尾津喜之助に対する右税金の滞納処分として、本件差押の外に、同人所有の有体動産を差押えたが、右差押を中止したので、昭和二五年法律第六九号による改正前の国税徴収法第三一条の規定により、尾津喜之助の右納税義務及び延滞金等納付の義務は消滅した。故に本件差押は直ちに解放さるべきであつたのに、これを続行したのは違法である。(二)、控訴人等その他(控訴人早川ノブ及び同早川次郎を除くその他の控訴人等、控訴人早川ノブ及び同早川次郎の先代早川右一郎並びに第一審原告葉山進一、同安藤富五郎、同狩野源太郎、同安藤芳太郎、同相馬愛蔵及び同松本三郎をいう。以下同じ。)は本件差押後淀橋税務署長に対し、本件建物の所有権を尾津喜之助から控訴人等その他に譲渡する旨の調停条項を記載した東京地方裁判所昭和二二年(ユ)第二二二号借地協定調停事件の調停調書の正本を示して、本件差押にかかる建物が控訴人等その他の所有に属することを主張したのに、同署長は、本件差押を解除せずこれを続行したのであるから、仮に本件の不法行為が同署長の故意によるものでないとしても、少くともその過失に基くものである。(三)、控訴人等その他は淀橋税務署長に対し前記調停調書の正本を示し、国税徴収法第一四条の規定による財産取戻申立書を提出して、本件差押にかかる建物が控訴人等その他の所有に属することを主張し、その取戻を請求したのに、同署長はこれらを一切無視して、昭和二三年一月一〇日公売期日を同月二〇日午前一一時と指定して差押財産の公売通知書を発し、ひたすらその公売を断行すべきことを強調し、控訴人等その他をして、右公売を免れるためには尾津喜之助の滞納税金及び延滞金等に相当する五五四万四、五二八円七五銭を代納名義で納付するの余儀なきに至らしめた。すなわち、控訴人等その他の右出捐行為は同署長の右の如き強迫によるものであるから、控訴人等は本訴においてこれを取消し右出捐金の返還を求める。

被控訴代理人は次のように述べた。(一)、控訴人等の右主張事実のうち、控訴人等その他が本件差押後淀橋税務署長に対し控訴人等主張の如き調停調書の正本を示し、財産取戻申立書を提出して、本件建物の取戻を請求したが、同署長が本件差押を解除せず、公売通知書を発し、公売を行わんとしたことは認めるが、その他の事実はこれを争う。(二)、仮に控訴人等その他が登記なくても本件建物の所有権を被控訴人に対抗することができ、従つて本件差押が違法であるとしても、淀橋税務署長は、差押租税債権者である国に対しても民法第一七七条の適用があるとの法律解釈に従い、控訴人等その他は本件建物の所有権を対抗することができないものと信じて、本件差押を解除しなかつたのであるから、本件の不法行為について同署長に故意過失はなかつたものといわなければならない。

<立証省略>

三、理  由

一、訴の変更について

控訴人は、昭和二三年一月一三日原審に提出され、同年二月二〇日被控訴人に送達された本件訴状に、「原判決添附別紙目録記載の建物三棟(本件建物)はそれぞれ同目録記載のとおり控訴人等その他の所有に属するところ、淀橋税務署長は昭和二二年一二月一七日尾津喜之助に対する昭和二一年度増加所得税、延滞金及び督促手数料の滞納処分として本件建物を差押えた(本件差押という)との事実を基礎として、本件差押は違法であるから、これを許さない旨及び本件建物につき同署長の嘱託により昭和二二年一二月二〇日東京司法事務局中野出張所受付第四、五二一号をもつて大蔵省のためなされた右差押登記の抹消登記手続を求める」旨記載し、更に昭和二三年五月四日被控訴人に送達された訴状訂正申立書に、「本件差押の取消及び右抹消登記手続を求めることをやめ、その代りに、前記事実を基礎として、本件差押は違法であり、これによつて控訴人等その他が損害を蒙つたとの事実をつけ加えて、国家賠償法によりその損害の賠償を求める」旨記載し、昭和二四年二月一一日の原審口頭弁論期日において、右訴状と共に訴状訂正申立書に基いて陳述したものである。これは、訴訟係属後の請求の原因の変更になることは勿論であるが、民事訴訟法第二三二条第一項にいわゆる請求の基礎については、変更の前後を通じ全く同一であり、しかもその変更により訴訟手続をすこしも遅延させることにならないから、この訴の変更は許されるべきものといわなければならない。被控訴人の異議の申立は理由がない。

二、不法行為による損害賠償の請求について

淀橋税務署長小俣育三が昭和二二年一二月一七日尾津喜之助に対する昭和二一年度増加所得税、延滞金及び督促手数料の滞納処分として本件建物を差押え、同月二〇日その差押の登記がなされたことは、当事者間に争がない。

そこで、本件差押が違法であるか否かについて、以下に検討する。

(1)、控訴人等は先づ、「本件差押は控訴人等その他の本件建物に対する所有権の侵害となる」と主張するのである。成立に争のない甲第一号証並びに原審における控訴人関山幾三郎、同早川次郎及び当審における控訴人松本三郎の本人訊問の結果によると、控訴人等その他は、いづれも数十年前から本件建物の敷地に所有権又は借地権を有し、その地上の店舗において営業を続けてきたが、戦災によりそれらの店舗が焼失したところ、尾津喜之助が右敷地を不法に占拠して本件建物を建築した。控訴人等その他が右敷地の明け渡しについて訴訟を提起するなど同人との間に紛争を重ねたが、昭和二二年一〇月一三日、東京地方裁判所同年(ユ)第二二二号借地協定調停事件において、尾津喜之助は控訴人等その他に対し右敷地を明け渡すと共に、右敷地占拠による損害金の支払に代え、同日本件建物を前記目録記載のように譲渡する旨の調停が成立し、同月二七日同裁判所からその認可があつたことが認められる(調停の成立及び認可のあつたことについては、当事者間にも争がない。)から、本件建物は本件差押当時既に控訴人等その他の所有に属していたことが明らかである。

しかるところ、被控訴人は、「本件差押当時本件建物について控訴人等その他のため所有権取得の登記がなかつたら、控訴人等はその所有権を第三者である被控訴人に対抗することができない。」と主張し、その当時かかる登記のなかつたことは、控訴人等の認めるところであるが、これに対し、控訴人等は、「本件の如き差押に付ては国は民法第一七七条にいわゆる第三者に該当しないから、本件建物について登記がなくとも、控訴人等その他はその所有権を被控訴人に対抗することができる。」と主張するのである。おもうに、国と私人との法律関係は、それが私人間の法律関係と同様の性質を有するときは、法規に特別の定めのない限り、私人間の法律関係を規律する私法の適用を受けるものと解すべきである。国が国税徴収法による滞納処分として私人の財産を差押える行為は、租税債権という公法上の債権の弁済を受けるため、自ら公権力により強制的にその財産を確保する行政処分であつて、その私人との関係は、権力的支配関係ではあるが、差押債権者としての国がその確保した財産の売却代金から弁済を受けるべき関係にあるという点で、私法上の財産差押債権者とその所有者との関係と同様の性質を有する。しかして、不動産を差押えた私法上の債権者は、その不動産の売却代金から弁済を受けるべき者として、不動産に関する得喪変更の登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有し、民法第一七七条にいわゆる第三者に当るのである。従つて、滞納処分として不動産を差押えた国とその所有者との関係にも、この点について国税徴収法その他の法規に特別の規定はないのであるから、民法第一七七条が適用され、差押債権者としての国は同法にいわゆる第三者に該当する者と解するを相当とする。故に、本件差押当時本件建物について所有権取得の登記を得ていなかつた控訴人等その他はその所有権の取得を被控訴人に対抗することができなかつたものといわなければならない。なお、控訴人等は、「東京地方裁判所が前記調停を認可することにより、国の機関として、控訴人等その他が本件建物の所有権を取得したことを認めたのであるから、被控訴人は、本件建物について控訴人等その他の登記の欠缺を主張することができない。」というのである。しかし、東京地方裁判所が国の機関として、控訴人等その他が本件建物の所有権を取得した事実を認めたことによつては、必ずしも国の他の機関である淀橋税務署長がこの事実を知つたことにはならないし、仮に淀橋税務署長がこの事実を知つたことになるとしても、同署長には、控訴人等その他のための登記手続を妨げるとかその他被控訴人が登記の欠缺を主張することが信義の原則に反すると認められるような事情は存しないのであるから、単に同署長が控訴人等その他が本件建物の所有権を取得した事実を知つていたという理由だけによつては、被控訴人を民法第一七七条にいわゆる第三者から除外すべきものと解することはできない。

以上により、本件差押が控訴人等その他の本件建物に対する所有権の侵害として違法であるとの控訴人等の主張は理由がない。

(2)、次に控訴人等は、「尾津喜之助に対する納税の告知及び督促がなされず、同人には本件の課税額に相当する所得がなく、又同人の納税義務は他の差押の中止により消滅したのであるから、本件差押は違法である。」と主張するのである。仮にこれらの事実があるとすれば、それは尾津喜之助に対する租税の賦課徴収の手続が違法であることになるであろう。けれども、それが控訴人等その他の権利侵害行為となるのは、その徴収手続が本件建物についてなされたからである。本件建物以外のものについてなされた徴収手続にいかなる違法行為があろうと、控訴人等その他には関係のないことであるからである。しかるに控訴人等その他は本件建物について国に対し所有権の取得を対抗することができないこと、すなわち控訴人等その他が所有権者であると主張できない立場にあることは前示のとおりであるから、前記のような徴収手続上に違法があるといつてみても、意味のないことである。故に控訴人等の右主張は理由がない。

以上の次第で、本件差押は控訴人その他に対しなんら違法とは認められないから、爾余の点について判断するまでもなく、控訴人等の不法行為による損害賠償の請求は理由がない。

三、不当利得返還の請求について

成立に争のない甲第二号証の四、五、原審証人百崎保太郎、同相馬安雄の証言、原審における控訴本人関山幾三郎及び当審における控訴本人桜井進の供述によると、控訴人等その他が昭和二三年一月一九日及び二〇日の両日にわたり、尾津喜之助の昭和二一年度増加所得税、延滞金及び督促手数料に相当する五五四万四、五二八円七五銭を淀橋税務署長に納付したことが認められる。(甲第二号証の四、五の税金等領収書の宛名が百崎保太郎名義になつているが、それは、後記認定のように、百崎保太郎が当時本件建物の管理人であり、控訴人等その他を代理して、本件建物の差押解除等につき淀橋税務署長と折衝した関係からであると認められるので、右領収書の宛名が百崎保太郎名義であることは、右認定の妨げとならない。他に右認定を覆し、右税金等の納付者が百崎保太郎であるとの被控訴人の主張事実を認め得べき証拠がない。)

控訴人等は、「右納付は、控訴人等その他の自由意思が抑圧されてしたものである。」と主張するが、これを認めるに足りる証拠がない。むしろ、成立に争のない甲第二号証の一乃至六、原審証人高橋益三郎、同百崎保太郎、同小俣育三、同稗田博、同平川定雄、当審証人松本三郎の証言、原審における原告本人葉山進一、控訴本人関山幾三郎(第二回)、同早川次郎の供述及び当審における控訴本人桜井進の供述を綜合すると、控訴人等その他が右金員を納付するにいたつた経緯として次のような事実が認められる。すなわち、控訴人等その他はいづれも本件建物の敷地に数十年前から所有権又は借地権を有し、一刻も早くここに戦災前と同様店舗を開くことを切望していたので、本件建物の差押が行われるや、控訴人等その他は自ら、又は本件建物の管理人であつた百崎保太郎をして、淀橋税務署長に対し前記調停調書の正本を呈示し、差押財産取戻申立書を提出して、しばしば本件建物が控訴人等その他の所有に属することを説明し、その取戻を請求し、又これについて大蔵次官、東京財務局長その他関係当務者に対し陳情を重ねた。しかし淀橋税務署長は、「仮に本件建物の所有権が尾津喜之助から控訴人等その他に移つたとしても、同人等は、登記がないからその所有権を主張することができず、従つて本件差押を解除する必要がない」との理由で、控訴人等その他の請求に応ずることなく、昭和二三年一月一〇日、公売期日を同月二〇日と指定した本件建物公売の通知書を発した。控訴人等その他は更に淀橋税務署長に対し本件差押の解除を求め、若しこれが容れられなければ、公売期日を延期するよう申入れたが、同署長は、右税金等の全額が納付されない限り、公売を断行すべきことを言明して、右申入れを拒絶した。当時尾津喜之助には資力がなく、同人が自ら右税金等を納付することなどは全く期待されず、若し本件建物が公売される場合は、いわゆる第三国人が落札する恐れがあると伝えられ、その落札額は右税金等の金額を遥かに超過するものと推定されたが、控訴人等その他にはこのような金額で落札するだけの資力がなかつた。控訴人等その他は、本件建物の公売を免れるため、やむなく前記の如く尾津喜之助の右税金等としてその全額を納付するにいたり、これにより同月二〇日本件差押が解除された。以上の事実が認められるのであるが、この事実によると、控訴人等その他は、本件建物の公売を免れるため、尾津喜之助の右税金等を納付する意思で、これをしたものと認める外はない。従つて、淀橋税務署長が納付を受けた右税金等は、法律上の原因すなわち第三者弁済(代納)に基いて取得したものというべきであるから、これを不当利得とみることはできない。故に控訴人等の不当利得返還の請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四、強迫による出捐金返還の請求について

控訴人等は、「前記認定の事実における淀橋税務署長の行為を控訴人等その他に対する強迫行為である。」と主張するのであるが、同署長のこのような行為は、尾津喜之助に対する滞納処分として当然なし得べき行為であるから、控訴人等その他に対しなんら違法でなく、従つてこれを強迫行為とみることはできない。故に、淀橋税務署長の行為が強迫行為であることを前提として右税金等に相当する出捐金の返還を求める控訴人等その他の請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五、よつて、控訴人等の本訴請求はすべて失当として棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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