東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1519号 判決
被控訴人等は控訴人に対し別紙物件目録<省略>記載の室を明渡し、且つ各自昭和二六年十月六日以降右明渡済にいたるまで一カ月金千六百二十四円の割合による金員を支払うべし。
被控訴人折原銀蔵は控訴人に対し金六千七百五十七円九十四銭を支払うべし。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。
この判決は被控訴人折原銀蔵に対し金一万二千円、被控訴人山中千代子に対し金二万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は、主文第一項乃至第四項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。
<立証省略>
三、理 由
(一) 控訴人が昭和一九年六月中、同人所有の美鈴荘アパートと称する建物四棟のうち別紙物件目録<省略>記載の建物の二階東側第一〇号室(以下本件の室という。)を被控訴人折原銀蔵に対し、賃料一カ月金一〇〇円、毎月末日払の約で期間の定なく賃貸し、右賃料が昭和二五年八月一日から一カ月金一、六二四円に値上されたこと及び被控訴人折原が昭和二六年一月初頃被控訴人山中千代子に対し本件の室を転貸したことは、当事者間に争がない。
(二) 右転貸につき控訴人の承諾があつたか否かが本件の根本的な争点であるので、この点につき調査する。
(イ) 控訴人が自ら転貸を承諾した事実は、これを認めるに足りる証拠はない。原審証人柳井優は「被控訴人山中から差し入れた敷金は控訴人に渡し、控訴人も承諾したと鬼塚が同証人に告げた」旨証言したが、この証言のみでは控訴人の承諾の意思表示のあつたことを認定するに足りない。
(ロ) 当審及び原審証人折原幸子、当審証人薦田慶二の証言、当審及び原審証人鬼塚福太郎の証言の一部並びに原審における被控訴人山中千代子の供述によると、次の事実が認められる。
本件の室には、もと被控訴人折原がその妻幸子と共に居住したのであるが、被控訴人折原が病気で入院したことと、妻の幸子が他に医院を開業した関係から本件の室を使用しなくなつたため、友人の薦田慶二をして一時使用せしめたが、同人も又他に移ることとなり、同人の仲介によつて被控訴人折原は被控訴人山中に本件の室を転貸し、被控訴人山中が昭和二六年一月頃からここに居住した。被控訴人山中が居住するについては、当時本件アパートにおいて居住者から管理人と呼ばれていた鬼塚福太郎に対して被控訴人山中を被控訴人折原の留守居として居住させるから使用を承諾されたい旨を申入れ、鬼塚もこれを承諾した。その後控訴人は鬼塚に本件アパートのすべての居住者から敷金を受取ることを指図したので、鬼塚は事実上居住している被控訴人山中から昭和二六年一月二〇日敷金として金四、八七二円を受取つた上、被控訴人折原宛にその領収証を発行した。賃料も毎月鬼塚が昭和二六年一〇月頃まで事実上被控訴人山中から被控訴人折原の賃料として受取つた。以上の事実が認められる。
この事実を以てすれば、鬼塚は本件の室を被控訴人山中が使用することを承諾していたことは明瞭である。
(ハ) 問題は鬼塚の承諾が控訴人に対して効力を生ずるか否かである。原審及び当審証人鬼塚福太郎、原審証人鈴木昇、当審証人鈴木武の証言によると、このアパートにはもと管理人として矢萩なる者がいたが、昭和二一年九月頃死亡したので、控訴人は正式の管理人ができるまで一時鬼塚をこのアパートの一室に居住せしめ、賃借人からの賃料の取立、掃除、盗難及び火災予防の見廻り等の仕事に従事せしめたが、室の賃貸及び転貸を承諾する権限まで与えたことのないことが明白であるから、鬼塚の前示承諾が代理権限内の行為として直ちに控訴人に対して効力を生ずべき理由がない。被控訴人等の全立証を以てしても鬼塚に転貸を承諾する権限のあつたことは認められない。
(ニ) 被控訴人等は、鬼塚に転貸を承諾する正当の権限がなかつたとしても、なおその承諾は控訴人に対して効力を生ずる旨主張するので、この点について考えて見るのに、鬼塚は本件アパートの管理につき或る範囲の権限を与えられていたことは前示のとおりであり、同人を本件アパートの居住者が管理人と呼びならわしていたことも前示のとおりである。鬼塚が一般に「家屋の管理人」と称する者に該当するか否かは、しばらく措き、仮りにその所謂管理人に当るとしても、管理人は東京都区内においては家主に代つて転貸借を承諾する権限があるとする事実上の慣習ありとの被控訴人等の主張は、これを認めるに足りる証拠はない。鬼塚の代理権限としては前示の賃料及び敷金の受領程度以外認められないから、同人のした本件の承諾はその権限外の行為と認めなければならない。しからば、被控訴人等に鬼塚がかかる承諾をする権限を有したと信ずべき正当の理由があつたか否かを調べるに、鬼塚が管理人と呼ばれ、賃料の取立をしていたことから、直ちに転貸の承諾をする権限があると信ずることは全く軽卒であり、これらの事情から被控訴人等がかく信じたとしても、これを正当の理由ありとは判定し難いのみならず、却つて次のような事実さえあるのである。即ち成立に争のない甲第二及び第五号証の各一、二、原審及び当審証人折原幸子、原審証人鈴木昇、当審証人鈴木武の証言並びに原審における被控訴本人山中千代子の供述を総合すると、被控訴人折原の妻幸子は昭和二六年六月頃控訴人の長男鈴木昇から電話で被控訴人山中が本件の室に居住している理由を問われた際、かねて鬼塚から言われたとおり「被控訴人山中は被控訴人折原の留守居として居住している」旨答えたこと、被控訴人山中は昭和二六年六月頃、同人が本件の室に居住している理由を調べに来た控訴人の次男鈴木武に対し、かねて被控訴人折原から言われていたとおり「本件の室は被控訴人折原の倶楽部になつているが、同人が帰つて来るまで、被控訴人山中が留守居として居住している」旨を述べたことが認められる。これらの事実はむしろ被控訴人等において鬼塚の承諾はその権限外のことであることを知つていたことを窺わせる事情と判断せられるのである。要するに被控訴人等の立証を以てしては、鬼塚の承諾がその権限内であると信じ、且つかく信ずべき正当の理由があつたことは認められない。
(ホ) 原審及び当審証人鬼塚福太郎の証言によると、鬼塚が昭和二六年一月分から同年五月分までの本件の室の賃料を事実上その室に居住している被控訴人山中から取立てていたことが認められるが、これは賃借人である被控訴人折原の賃料の支払として受取つたことも又同証人の証言で明かであるから、このことだけでは、とうてい控訴人が暗黙に本件の室の転貸を承諾したものとみなすことはできない。
(三) 控訴人が昭和二六年一〇月五日被控訴人折原に対し無断転貸を理由に本件の室の賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がないから、同日限り右契約は解除され、被控訴人折原は本件の室を明渡すべき義務があり、又本件の室の転貸につき控訴人の承諾がなかつたのであるから、被控訴人山中は控訴人に対抗すべき権限なく、本件の室を占有する者としてこれを明渡すべき義務があるものといわなければならない。
(四) 被控訴人等の権利濫用の抗弁について考えると、原審及び当審証人折原幸子の証言によれば、被控訴人折原は医師である妻幸子と共に本件の室を専ら住居に使用していたが、昭和二五年脳溢血で倒れたため、それまで幸子が診療所として使用していた東京都品川区五反田一丁目の所有家屋を増築してここに居住することとなり、本件の室を被控訴人山中に転貸したのであつて、本件の室を明渡しても何等その住居に困らないことが認められ、又被控訴人山中は本件の室の不法占有者であるから、たとえ同人に被控訴人等主張のような事情があつても、控訴人の本件の室の明渡請求を目して権利の濫用ということはできない。
(五) すすんで控訴人の賃料及び損害金の請求について判断すると、被控訴人折原は控訴人の請求する昭和二六年六月分以降本件の室の賃貸借契約が解除された同年一〇月五日までの延滞賃料合計金六、七五七円九四銭を支払うべき義務があり、又被控訴人等はそれぞれ同月六日以降本件の室の明渡済にいたるまで本件の室を占有していることによつて控訴人の使用収益を妨げているのであるから、これによる損害を賠償する責任があるところ、特別の立証のない本件ではその損害額は相当賃料額によるべきであり、反証の認むべきもののない以上相当賃料額は約定の賃料によるの外はない。
被控訴人山中が昭和二七年三月五日東京法務局に昭和二六年六月分以降昭和二七年二月分までの本件の室の賃料として合計金一万四、六一六円を供託したことは、当事者間に争がないが、これを以て有効な弁済があつたものとは認め難い。
(六) 以上の判断を以てすれば、控訴人が被控訴人等に対し本件の室の明渡を求め、且つ各自昭和二六年一〇月六日以降右明渡済にいたるまで一カ月金一、六二四円の割合による損害金の支払を求め、更に被控訴人折原に対し昭和二六年六月一日以降同年一〇月五日までの延滞賃料合計金六、七五七円九四銭の支払を求める請求は正当として認容すべきである。よつて原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九三条、第八九条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)