東京高等裁判所 昭和27年(ネ)153号 判決
控訴人は被控訴人に対し別紙目録<省略>記載の建物につき長野地方法務局小布施出張所昭和二十五年十月二十一日受附仮処分登記のため職権によりなされた控訴人のための所有権保存登記の抹消登記手続をなすべし。
控訴費用は控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、被控訴人訴訟代理人において「控訴人は本件係争建物は訴外桜井花枝の所有に属し、従つて被控訴人の所有でないと抗争しているのであつて、自己の所有に属するとして被控訴人の所有権を否認しているのではないけれども、一面本件建物については、甲第一号証(建物台帳謄本)甲第二号証(賃貸価格証明書)甲第三号証(登記簿謄本)の記載によつて明らかな如く、建物台帳、登記簿等に控訴人所有名義に登載され、これが公租公課の課税対象となつているのである。のみならず控訴人は、乙第四号証(建物登記簿謄本)の記載の如くさきに桜井花枝所有名義に登記されている建物と、本件係争建物とは同一物件であると主張するが、右前者の建物は大正十三年火災により焼失して実在しないものであり、右乙第四号証の登記簿上の記載の如きも、現存する本件係争建物とはその構造坪数全然異なり、両者は全く別異のものであつて、前者の登記は実在しない建物の登記として無効である。従つて、叙上の事実関係の下にあつて控訴人において本件係争建物に対する被控訴人の所有権を争う以上、被控訴人としては控訴人を相手方として、これが所有権の帰属につき即時確定を求める法律上の利益ありと謂うべきである。尤も前記本件係争建物に対する控訴人のための所有権保存登記(甲第三号証参照)は被控訴人対控訴人間の長野地方裁判所昭和二十五年(ヨ)第六二号不動産仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和二十五年十月十九日なした本件不動産に対する処分禁止の仮処分決定の執行として、これを登記簿に記入するに当り、未登記建物として新たに登記官吏が職権によつてその保存登記をしたものであるけれども、かかる保存登記も仮処分登記と運命を共にするものでなく、独自の保存登記としての効力を持続するものであるから、被控訴人は本訴において所有権に基いて右控訴人のための保存登記の抹消登記手続を訴求するものである。」と述べ、控訴人訴訟代理人において「控訴人は、本件係争建物は訴外桜井花枝の所有であつて、従つて被控訴人の所有に属しないことを抗争しているに過ぎず、自己の所有に属するとして被控訴人の所有権を争つているものでない。抑も本件係争建物は、乙第四号証(建物登記簿謄本)記載の如く明治三十五年六月二十八日桜井助作のため所有権保存登記せられ、昭和十三年四月二十二日訴外亡助作養女桜井花枝が家督相続による所有権移転登記を了し、爾来今日まで登記簿上何等移動のないものであつて、右建物は大正十三年中一部類焼した事実あるも、これが補修後も建物の同一性には何等変更なく、現在に至るもその所有権は名実共に訴外桜井花枝である。被控訴人は本件建物につき、甲第一号証(建物台帳謄本)にある如く、建物台帳には控訴人の所有と登載されていると主張するが、右は右家屋所在地の都住村役場において、家屋税徴収の便宜上家屋の真の所有者の何人であるかを確かめもしないで、単に当時右家屋内に控訴人が居住していた事実に基いて、家屋台帳に控訴人を所有者即ち徴税義務者として登載記入したに過ぎない架空のものであり、また甲第三号証の控訴人のための保存登記の如きも、被控訴人が本訴提起前に処分禁止の仮処分を申請し、その登記簿記入に当り職権を以てなされたものであつて、控訴人が自己の所有として任意に申請してなされた所有権保存登記でない。控訴人としてはもとより本件係争建物につき、自己が権利を有することを主張するものでないことは前陳のとおりであつて、本訴確認の訴は当然前記訴外桜井花枝を相手方とすべきものであつて、控訴人を被告とする本件確認訴訟は当事者適格を誤り即時確定の利益のない不適法なものである。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。<立証省略>
三、理 由
第一、先ず被控訴人の本訴所有権の確認を求める法律上の利益の有無につき検討する。
凡そ原告として積極的確認の訴を提起するには、確認を求める法律上の利益あることを要し、その法律上の利益ありとするには被告が原告の権利主体たる法律関係を争い、これがためその権利者としての地位に危険を生ぜしめたことを要することは、確認訴訟の性質上明らかである。そして被告が原告の権利者としての地位に危殆を生ぜしめるには被告において原告の主張の権利が自己に属すと主張するによることあるは勿論であるが、必ずしも常にこの場合に限ると解すべきではない。これを本件の如く所有権の場合に付てみるに、被告が原告の所有権を争うには、或は原告の所有物に対し被告が自己の所有権を主張するによることあるべく、或は原告の所有物を他人の所有なりとしてこれに対する原告の所有権を否認するによることあるべく、孰れの場合においても原告の所有権者としての地位に危殆を生ぜしめるときは、所有権確認の訴を提起し得べきものと解するのが相当である。何となれば積極的確認の訴は、被告が原告の主体たる法律関係につき争をなし、これがため原告の権利範囲に危険を生ぜしめた場合に、原告の権利者としての地位を保護するため認められた権利保護の方法であつて、叙上後者の場合においても原告の権利を保護するの必要あること、前者の場合に譲らないからである(大正十一年九月二十三日言渡大審院民事聯合部判決参照)。被控訴人の本件訴旨によれば、本件係争建物は訴外亡根岸常次の所有に属したものを、被控訴人は家督相続によつてその所有権を取得したもの、仮りに控訴人主張の如く元訴外亡桜井助作の所有であつたとしても、前記常次は右助作から贈与によつてその所有権を取得していたものであるからいずれにせよ現在被控訴人の所有に属するに拘らず、建物台帳には控訴人根岸さく所有名義に登載されており、しかも同人は被控訴人の右所有権を否認するから、これが所有権の確認を求めるというにあるところ、控訴人は、本件係争建物は元訴外亡桜井助作の所有で、訴外桜井花枝が家督相続によりその所有権を取得し、現に同人の所有に属するもので被控訴人の所有でない。現に右建物につき建物台帳に控訴人所有名義に登載されて居るが、右は家屋所在地の都住村役場において家屋税徴収の便宜上調製したものに過ぎず、元来控訴人は本件建物につき自己が権利を有するとして被控訴人の所有権を争うものでないから、訴外桜井花枝に対し所有権の確認を求めるは格別、控訴人に対する関係においては即時確定の利益なしと抗争するのであるが、前示の如く本件係争建物につき公簿たる家屋台帳面に現にその所有者として登載されている控訴人が(たとい右の如く登載されるに至つた経過が控訴人主張のとおりであつたとしても、)前掲記のような主張をして被控訴人の所有権を否認するのは、その所有権の自由行使を妨げ、以て被控訴人の所有権者たる地位に危殆を生ぜしめるものといわざるを得ない。故に被控訴人は控訴人に対し所有権に基き法律関係の確認を訴求すべき法律上の利益あるものというべく、訴外桜井花枝に対し所有権確認の訴を提起し得るや否やは、自ら別論であつて、この訴をなし得る故を以て控訴人に対する叙上確認の訴を提起し得ないとの理由とすることはできない。
第二、次に右所有権の確認を求める部分の本案の点について判断する。
(一) 控訴人と被控訴人を繞る身分関係
根岸家の法定相続人亡助作は、明治年間婿養子縁組によつて桜井家に入り、その後同家を相続したが根岸家は自己の女である控訴人さくにその夫として迎えた訴外亡常次をしてこれを相続承継せしめ、右常次と控訴人さくとの間に、被控訴人葉桜と訴外花枝の両名が生まれ、右花枝は祖父に当る亡助作及びその妻ちうの養女として桜井家に入り、昭和八年十二月十四日右助作の死亡により桜井家の家督相続をし、一方被控訴人葉桜は、昭和十年十一月一日前記常次の死亡により根岸家の家督相続をしたことは、当事者間に争がない。
(二) 本件係争建物の所有権帰属関係
(イ) 大正十三年の火災前の建物所有関係、成立に争のない乙第一、第二、第四号各証によると、前記亡桜井助作は明治三十五年以来長野県上高井郡都住村大字中松(乙第一、二号証に中拓とあるは誤記と認む)五十四番宅地八畝十歩字西側屋敷(現在中松字西側屋敷五十四番宅地二百五十坪)の地上に、自己のため保存登記を経由した、一、木造麦殼葺本家一棟建坪二十七坪、附属建物第一号木造麦殼葺水車家一棟建坪二十二坪五合、附属建物第二号土蔵瓦葺二階造一棟建坪十三坪七合五勺外二階四坪の各建物を所有していたことが認められ、(登記の点を除いてかかる建物が亡助作の所有であつたことは被控訴人の争わないところである)右建物中本家一棟(本件係争建物と同一建物なりや否やは後に判定する)並びに水車家一棟が大正十三年中火災によつて類焼したことは当事者間に争がない。
(ロ) 大正十三年の火災前後における右類焼にかかる本家一棟の同一性並びに被控訴人主張の贈与の成否について前示訴外亡助作の所有であつた前記本家一棟の、大正十三年の類焼による被害の程度並びに右類焼後の建物との間の同一性についての当裁判所の事実の認定並びに法律上の判断は、当審証人桜井花枝、同越音八、同礎井助治、同根岸真助、同久保田伯三の各証言並びに当審における控訴人根岸さく本人の尋問の結果をも斟酌し、この点に関する原判決理由の説示(原判決理由中記録第一七七丁表八行目から同一七七丁裏十一行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。当審でなされた他の新たな証拠調の結果によるも到底右判断を左右するに足らない。
しかし前示(一)の当事者間に争のない身分関係と、成立に争のない甲第七号証の一ないし三、原審証人北村左一郎、同久保田伯三、同北村まさ、同小林庄次、同白井ちう(但し右北村佐一郎、北村まさの各証言中後記認定に反する部分を除く)、当審証人根岸真助、同久保田伯三、同北村まさ、同小林庄次、同白井ちう、同北村宗三の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人の尋問の結果を総合し、且つ原審並びに当審における検証の結果を併せ考えると、前示冒頭説示の如く、根岸家の法定相続人であつた訴外亡助作が桜井家に入り、その家督相続をした関係上生家である根岸家即ち常次一家(控訴人さくは右助作の娘で常次の妻、被控訴人根岸葉桜及び訴外桜井花枝は右常次と控訴人さく夫婦の子であることは前示のとおり)をもりたてる責任もあつたので、前示類焼前からその所有にかかる前記本家一棟に右常次一家を住まわせ、自分一家はこれと近接する土蔵瓦葺二階造り一棟の建物に居住していたものであるが、右類焼を機としその直後右火災により一部毀損した本家一棟を有形のまま右常次に贈与し、更に補修材料の一部と居村から贈られた火災見舞金の全部を与えて、同人をして屋根を亜鉛メツキ鋼板葺に葺きかえさせ、その他柱、壁等の毀損した部分を修覆させ、ここに右建物の所有権を取得した右常次は、爾後も引続きこれに居住していたこと、そして右贈与による所有権移転登記もなさずに常次が死亡し、その後に至つて後記認定の如く訴外小林庄次が、右建物に賃借居住するに及び更に増築をなし、以て被控訴人主張のような坪数構造の現存の建物となつたことが認められる。右認定に反する原審及び当審における証人桜井花枝並びに控訴人根岸さくの各供述並びに前顕北村左一郎、北村まさの証言の一部は採用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。尤も原審及び当審証人小林庄次の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証によると、訴外小林庄次が昭和十一年六月頃前示修覆後の建物を借受け、訴外亡桜井助作、その妻ちう宛の借家証書を差入れていることが認められるけれども、前示認定の諸般の事情と前顕原審証人北村左一郎の証言の一部原審及び当審証人小林庄次、同白井ちうの各証言を総合して考えると、当時桜井根岸両家の間柄は極めて円満で、両家の家族は互に一家族のように往来していたし、亡常次の家督相続人たる被控訴人葉桜も、他に女中奉公中で不在でもあつたし、それに本件修覆前の建物はもともと桜井家の所有で未だ前記贈与による所有権移転登記も済んでいなかつた関係から、右小林は現に何人の所有であるかを深く確めることもせず、漫然両家の生存者中最年長者の訴外ちうとその頃既に死亡していた亡助作名義宛にしたものであつて、爾後の賃料の如きも根岸家の控訴人さくないしこれと同居している桜井家の花枝などと誰いうことなしに賃料の収授が行われていた事跡を窺知することができるから、右乙第三号証の記載は未だ以て前示認定を左右するに足らない。
してみると本件係争建物の所有権は前示大正十三年の類焼直後前記助作から常次に贈与によつて移転し、更に昭和十年十一月一日右常次の死亡に因る家督相続開始によつて被控訴人に移転し、現に被控訴人がその所有者であると認めるの外はない。尤も成立に争のない乙第四号証によれば、前示類焼前の本件建物につき訴外桜井花枝は、昭和十三年四月二十二日附を以て、昭和八年十二月十四日前記助作の死亡による家督相続を原因として、自己のためその所有権取得登記をしていることは明らかであるが、右建物については前示の如く相続開始前既に贈与により亡常次の所有に帰しているものであつて、唯だその贈与に因る所有権移転登記がなされていなかつたため、かくの如き花枝のための所有権取得登記がなされているに過ぎず、これがため前示常次ないし被控訴人の本件建物の所有権取得を否定すべきでない。
そして前示贈与並びに被控訴人のための相続による所有権取得登記を経由していなくても、控訴人としてはもとより自己が本件係争建物に実体上権利を取得したことを主張する者でないから、右登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者にも該当せず、被控訴人としては右所有権の取得を以て控訴人に対抗し得る筋合であり、控訴人に対しこれが所有権の確認を求めるにつき、法律上即時確定の利益あることについては、前段説示のとおりである。
第三、登記の抹消を求める請求について、
本件係争建物について、控訴人のため被控訴人主張のような保存登記の存することは、当事者間争なく、ただ右控訴人のための保存登記は、被控訴人が本訴提起の前提としてなした処分禁止の仮処分の登記簿記入に際し、登記官吏が職権によつてなしたものであつて、控訴人の申請に基くものではないけれども、かかる職権による保存登記と雖も仮処分登記と運命を共にするものでなく、保存登記として独自の効力を有するものであるから、真実の所有権者たる被控訴人としては所有権に基き、登記簿上の所有名義人である控訴人に対し、その保存登記の抹消登記手続を訴求することは何等これを妨げないと解すべきである。
よつて被控訴人の原審以来訴求にかかる所有権確認の部分を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべく、控訴人のためになされた保存登記の抹消を求める当審における新なる請求は、これを認容すべきものとし、控訴費用の負担につき同法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)