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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1681号 判決 1953年5月07日

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、「仮に本件契約の相手方が個人である訴外玉置磯治であるとしても、同人は、契約成立の際、農林省に対し訴外富士機械工業株式会社(以下富士機械工業と略称する)が訴外株式会社第一銀行(以下第一銀行と略称する)に対する金七十五万円の債務を引き受けたから、本件代金の内から右金額を訴外銀行に支払われたき旨を依頼したので控訴人は、これを承諾し、右依頼にもとずき直接訴外銀行に本件代金の内から金七十五万円を支払つたものである。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人の右主張事実は否認する。本件契約成立当時訴外富士機械工業は既に解散し、清算中であつたから、清算の範囲内にあるものとはいえないような本件契約を締結する能力はないのであつて、この点から考えても本件契約の相手方は玉置磯治個人である。」と述べ、証拠として、被控訴代理人は、当審における被控訴会社代表者玉置磯治の尋問の結果を援用し、乙第十三、十四号証の成立を認め、控訴代理人は、乙第十三、十四号証を提出し、当審における証人高野良三郎、守屋今朝男の各証言を援用した外、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

農林省(国)が、昭和二十五年四、五月の頃(この日時については当事者間に争があるが)中日本重工業株式会社製自転車ポインター号二百台について被控訴人主張のような内容の売買契約を締結したことは当事者間に争のないところであつて、右売買契約の当事者の一方(相手方)が個人である訴外玉置磯治であるか、あるいは、訴外富士機械工業であるかが、本件における主要な争点であるが、当裁判所は、訴訟に現われた一切の証拠資料を慎重検討の末、次に述べるような理由によつて、本件売買の相手方は訴外富士機械工業であることを認定したのである。すなわち、作成の日附の部分を除き成立に争のない甲第四号証、成立に争のない乙第一号証、同第五ないし第八号証、同第十一号証、原審における証人小川真吉郎、藤川桂一、蒲生新之丞、守屋今朝男の各証言及び被控訴会社代表者玉置磯治の尋問の結果、並びに当審における証人高野良三郎、守屋今朝男の各証言及び被控訴会社代表者玉置磯治の尋問の結果(但し、証人小川真吉郎、被控訴会社代表者玉置磯治の供述中後記のように措信しない部分を除く。)を綜合すれば、訴外富士機械工業は数回にわたり訴外中日本重工業株式会社から前記自動車の部分品の供給を受けて、(これを組み立て、自己の計算においてこれを農林省へ納入していたこと、富士機械工業はその運転資金として金七十五万円を昭和二十五年一月十六日訴外第一銀行から借り入れたが、右借入に際して、富士機械工業は、その引当として、昭和二十四年度第二、四半期分として既に農林省に納入した自転車二百二十八台の代金百七十二万四千八百二十円の代理受領権を右第一銀行に与え、農林省もまたこれを承諾したこと、しかるに農林省の係官であつた農業改良局統計調査部所属農林事務官守屋今朝男は、富士機械工業の係員小山某から代金は必ず第一銀行に渡すことを言明してその支払を求めたので、右守屋は、軽卒にもこの言明を信じて右代金全額を右小山に支払つたところ、富士機械工業は、約旨に反して右金額中第一銀行に渡すべき金七十五万円を渡さなかつたこと、守屋は、その後昭和二十五年三月頃第一銀行から代金の支払について問合があつて初めて右事実を知り、当時富士機械工業の取締役であつた玉置磯治の出頭を求めて、右の不始末につき詰問したところ、玉置は、当時富士機械工業は財政状態が甚だ苦しいので、更に農林省から、昭和二十四年度第四、四半期の自転車の注文を受けることができるならば、その代金をもつて第一銀行えの前記借入金の支払に充てる旨申し述べて契約の締結を懇請したので、守屋もこれを諒承して、昭和二十五年四月下旬富士機械工業を相手方として、昭和二十四年度第四、四半期割当自転車二百台につき本件売買契約を締結するに至つたことを認めることができる。なお本件契約の契約証書である乙第一号証、甲第四号証が農林省と富士機械工業の名義をもつて作成せられていること、成立に争のない乙第三号証の一ないし一七によれば、本件自転車は富士機械工業が荷送人として農林省指定の場所に送られていることが認められ(当時被控訴会社は後記のように未だ設立されていないので乙第三号証の一ないし一七に記載された富士殿は富士機械工業を指すものといわねばならない)、更に原審証人小川真吉郎の証言によれば、乙第五号証に記載された金二十四万九千円は昭和二十五年六月三日当時富士機械工業の会計経理の事務を担当していた小川真吉郎が農林省から受領し、乙第七号証に記載された金六万六千六百四十円も同様右小川が農林省から受領したことが認められるのであつて、叙上の各事実は、本件売買の相手方が富士機械工業であつたという前示認定を更に確証するに足るであろう。この点に関し、被控訴人は、乙第一号証または甲第四号証の契約書が富士機械工業名義をもつて作成されたのは、真実は玉置がやがて設立される被控訴会社のために本件契約を締結したのであるが、この場合には農林省としては玉置個人又は設立される新会社の信用状態などの調査、査定なども必要となるので、守屋の申出により、手続を簡略にする便宜上富士機械工業の名義を借用したのに過ぎないものであると主張するのであるが、前けん藤川、小川、守屋、高野の各証言及び被控訴会社代表者玉置の供述によれば、元来農林省が自転車を購入する場合には、各年度四半期毎に商工省から割当を受けた台数を指定業者あてに発注することになつていたのであるが、実際は指定業者と直接取引することなく、代行委任の形式によつて指定業者が委任する代行者との間に契約をするのが通例であつて、富士機械工業は従来中日本重工業株式会社の代行者として農林省と直接取引をしたものであること、玉置個人はもとより、近く設立される被控訴会社は指定会社の代行者でなかつたこと、被控訴会社は何時設立されるものであるか当時なお未定の状態にあつたこと、農林省は当時個人を相手方としては自転車の取引をしたことがなかつたこと、農林省と富士機械工業との取引については小山某が主として交渉に当つていたのであり、守屋は玉置とはほとんど面識もなかつたことなどが認められるのであつて、叙上の各事実から考えると、守屋が農林省の係官として玉置の言葉をそのまま信じて設立中の会社のために百五十万円にも及ぶ本件取引を玉置個入を相手方として締結することは、たやすく信じられない。しかのみならず被控訴会社が昭和二十五年七月八日に至り漸く設立されたものであることは被控訴人の自認するところであつて、乙第一号証によれば、本件契約の受渡期限は同年五月二十五日であり、契約成立の時は前記認定のように同年四月下旬であるから、その間期間も短く玉置個人はもとより被控訴会社としても設立前であつてはさほど信用もなく、また工場設備を有しないものと思われるので、たとえ玉置が本件契約を締結したとしても、富士機械工業の名義または設備でも利用しない限り、中日本重工業から自転車の部分品の供給を受け(原審証人藤川桂一はこれに副うような供述をしているが、これは措信することができない)、これを組て立て農林省に期限内に納入することは、できないわけであつて、この点から考えても、農林省が玉置を相手方として将来設立される被控訴会社のために本件契約を締結することはほとんどありえないものといわねばなるまい。いわんや、守屋としても、もし玉置を相手方として設立中の被控訴会社のために本件契約を締結したのでは、被控訴会社をして富士機械工業に肩代りして前記金七十五万円の借入金債務を弁済させるわけにはゆかないことであり、又、玉置個人の事情はともあれ、成立に争のない乙第二号証によつて明らかなように資本金わずかに金百万円に過ぎない被控訴会社が、法律上何らの原因がないのに拘わらず(法律上の原因があることについては、これを認むべき何らの資料はない)、資本金の四分の三に当る金七十五万円の債務を富士機械工業のために引き受けて、第一銀行に支払うことを確約してまでして、玉置が被控訴会社のために本件契約を締結することは、新に発足する被控訴会社の立場を無視したものであり甚だ筋の通らないことではあるまいか。従つて、本件契約は前記認定のように農林省が富士機械工業を相手方として締結したものといわねばならない。この認定に反する原審証人小川真吉郎、藤川桂一の各証言、原審及び当審における被控訴会社代表者玉置磯治の供述は措信することができない。その他右認定を左右するに足りる確証はない。もつとも、成立に争のない甲第一、二号証、同第五号証によれば、富士機械工業は株主総会の決議により昭和二十五年三月十四日解散し、同年四月三日その旨の登記をなし、更に同年四月二十二日東京地方裁判所に対し自己破産の申立をなし、同裁判所は同年六月三日同会社に対し破産の宣告をしたことを認めることができるのであつて、従つて本件売買契約は富士機械工業が清算中に行われたことになるのであるが、甲第二号証によれば、本件契約締結の衝にあたつた玉置は、当時会社の清算人であつて、会社を代表する権限があつたものであるから、本件契約は農林省と富士機械工業との間に成立したものと認定するに何ら差支あることなく、又、甲第四号証、乙第一号証の契約証書、乙第五号証及び同七号証の代金領収証及び乙第十一号証の請求書、受領書、誓約書は、いずれも会社代表者として取締役社長佐野士郎の名義をもつて作成されているが、証人守屋の証言によれば、守屋は当時玉置が富士機械工業が既に解散して清算中であることを告げなかつたため右事実を全く知らなかつたことが認められるので、(右認定に反する被控訴会社代表者玉置磯治の供述は信用できない)前記各書面が取締役社長佐野士郎名義を以て作成されたことは当然であつて、このような各書面の存在は毫も前記認定の妨げとなるものではない。なお、被控訴人は、富士機械工業は当時清算中であつて本件売買契約を締結することは、清算の目的の範囲外の行為であると主張し、これを以て本件契約の相手方が玉置磯治個人であることの一証左としているのであるが、本件のような契約を締結することが果して富士機械工業の清算の目的の範囲内に属するかどうかは、富士機械工業との間に吟味さるべき問題であつて、仮に清算の目的の範囲内に属しないとしても、本件契約は、守屋が当時富士機械工業が清算中である事実を知らないで締結したものであるからこの一事を以て本件契約の相手方が玉置磯治個人であると認定することはできないであろう。これを要するに、訴外玉置磯治が将来設立される被控訴会社のために農林省との間に本件契約を締結したものであることは到底認めることができないので、このことを前提とする本訴請求は、既にこの点において失当であつて、その余の判断をまつまでもなく失当として棄却すべきものである。従つて、本訴請求を認容した原判決は不当であるから、これを取り消すべきものと認め、民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。(昭和二八年五月七日東京高等裁判所第四民事部)

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