大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1749号 判決

控訴人が昭和二十六年六月八日被控訴人に宛てて金額二十五万円の本件約束手形一通を振出したこと及び該手形が同月七日控訴人より被控訴人に支払を約した金七十五万円の残金支払の為めに振出されたものであることは当事者間に争がない。

そこで右支払の約定が被控訴人の強迫に基くものとして本訴において適法に取消された以上控訴人に手形金支払の義務なしとの抗弁につき按ずるに、成立に争のない乙第一号証原審証人藤野斌の証言により真正に成立したと認める同第三号証、原審証人木村新太郎、大賀川永三郎、藤野斌の各証言原審並びに当審における控訴本人尋問の結果に原審における被控訴本人尋問の結果を一部参酌すれば、控訴人は昭和二十四年七月頃自己経営の千代田電工株式会社工場の一部を使用し実兄大賀川永三郎と共同してズルフアミド製造事業を始めるに当り、当時菓子製造業に失敗して失職していた被控訴人を雇入れて現場事務を担当せしめ、その承諾の下に対官庁関係における名義上の経営責任者として被控訴人を届け出て、給料は工場泊込み三食付で最初一ケ月金五千円を給し、翌八月金七千円、同年九月金九千円、同年十月金一万円と逐次昇給せしめたのであるが、被控訴人は昭和二十五年一、二月頃些細な事から控訴人と感情上の衝突を来して工場を欠勤しそのまま自然退職の形となつてしまつた。然るところ被控訴人は控訴人が右事業につき千二百万円もの利益を挙げながら、その大部分を共同出資者たる大賀川に秘して着服しおるものと推量して利益の分配を要求し「金を出さねば只では置かぬぞ」とか、「明日から大通りを歩くな、若し見かけたら叩き殺してやる」「何処でどんな目に会うか判らないぞ」等暴言を吐いて控訴人を威嚇し、執拗に出金を迫るので控訴人は致方なく退職金として五十万円を支払うべく申し出たところ、被控訴人は百万円を要求してこれをはね付け、昭和二十六年六月七日両者会見の際、被控訴人は控訴人より金七十五万円を出させることについては大賀川の諒解を得ているとて「大賀川が諒解しているのに何故出せないのか」と怒号し、被控訴人の胸許を掴み大声で「殺すぞ」と威迫し、出金を拒否するときは危害を加えんとの気勢を示したので控訴人はこれを畏怖した結果兄大賀川と相談の上被控訴人の要求にかかる金額の支払を承諾し、翌八日所持金二十万円に大賀川より借用した金三十万円を加えて五十万円を被控訴人に支払いなお残額二十五万円につき本件手形を振出してこれを被控訴人に交付したものであることが認められ、右認定に反する被控訴本人尋問の結果はこれを採用し難く、被控訴人の挙げるその余の証拠によつてはこの認定を左右するに足りない。敍上の如く被控訴人は控訴人の為めに事業経営上の名義人となり且つ控訴人が該事業上相当の利益を収め得たにせよ、被控訴人としては何等の特約なき限り僅々七ケ月の在職期間に対し控訴人が退職金として支給することを諾した金五十万円以上に、更に多額の金員の支払を強い得べき法律上正当の権利を有するものとは到底認め難いのに拘らず前記の如く控訴人を威迫して総額七十五万円の出金を約せしめたのは正に強迫に因るものと見る外はないのである。それ故控訴人がこれを理由に本訴において為した該意思表示の取消はもとより有効であり、その結果本件手形はこれが振出の原因を欠くに至つたものというべく、控訴人の本抗弁は理由ありとすべきである。

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