東京高等裁判所 昭和27年(ネ)2016号 判決
控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人において「仮りに本件賃貸借契約成立当時、被控訴人主張のような無断改造工事の禁止ないし使用目的制限の特約があつたとしても、昭和二十年頃から同二十四年頃までの間被控訴人は何度も控訴人方を訪れ、賃料が滞納になるのは困るから不景気なバイトをやめて金の儲かる飲食店をしたらどうかと勧め、飲食店経営に経験ある控訴人の妻は常に飲食店を始めると返答して置いた位であつて、右の如くおそくも昭和二十四年末頃迄に、控訴人は被控訴人から本件家屋を飲食店に使用すること、従つてまたそのため必要な模様替をすることにつき、その承諾を得ていたものであるから、控訴人の改造工事施行並びに飲食店経営は何等賃借人の義務違反とはならない。なお従前主張の権利濫用の抗弁に関し、控訴人としては本件建物賃借以来バイト販売の店舗として使用し来り、その間被控訴人の承諾を得てその一部を転貸した株式会社農工社及び新潟県化学機械販売株式会社においても、それぞれ農機具及び理化学機械販売の店舗の用に供し、これに伴う設備、模様替についても被控訴人は敢えて異議を申述べなかつたのであつて、かくの如く少くとも本件家屋を店舗として使用することが容認されていた以上、如何なる営業をしても、それが賃貸借関係の基礎たる信頼関係を破るような使用方法、例えば家屋を著しく損傷するとか、その価値を低下せしめるというような使用方法にならない限り、自由であると解すべきである。本件において店舗の半分のみを大衆酒場に使用するについてもこの点に特に留意し、造作改造を施すに当り、建物を毀損せず原状回復も容易にできるよう設備してあつて、これを以て賃貸人と賃借人間の信頼関係を危くする背信行為ということはできず、本件の如き場合に契約違反に籍口して解除権を行使するのは、従前主張の諸般の事情と相俟つて明らかに権利の濫用と謂うべく、本件解除の意思表示は無効である。」と補陳し、被控訴人訴訟代理人において「被控訴人と控訴人間に本件賃貸建物の使用目的の変更ないし改造工事施行に関し、控訴人主張のような合意が成立したことは否認する。仮りに一旦かかる合意が成立したとしても、その後昭和二十六年九月八日の調停成立に際し、双方の合意により撤回せられたものである。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
第一
昭和十九年頃被控訴人が控訴人に対し被控訴人主張の四戸建家屋中の一戸を期間の定めなく賃貸したこと、及び昭和二十六年九月中控訴人は、前記賃借家屋の店舗の部分に被控訴人主張のような室内の模様替及び改造工事(但し店舗の部分の床板を無断で撤去したとの点を除く)を施し、右店舗中向つて右側の室で「ひなづる」という屋号で、飲食店営業を始めたこと、並びに被控訴人は控訴人の右行為を以て賃貸人としての義務違反であるとして、同年九月二十二日控訴人に対し、その主張のような催告及び条件付解除の意思表示をしたが、所定期間内に催告に応じた履行のなかつたことは、いずれも当事者間に争のない事実である。
第二
よつて右契約解除の適否につき審按する。
(一) 原審証人吉原正平、当審証人岡島将矩、同飯田平八郎、同重住義勝、同大塚金蔵、同吉田徳右衛門の各証言、原審及び当審における検証並びに控訴人被控訴人各本人尋問の結果を総合すると、本件建物は被控訴人が昭和十二年頃、その階下表通に面する間口三間奥行二時半の部分を店舗とし、その余を住居として使用するように設計し、店舗兼居宅として新築したもので、右店舗の部分の構造設計等は略被控訴人主張のように、一見事務所向にしつらえていたこと、そして右一戸は控訴人に賃貸せられるまでは、前記吉原正平においてこれを賃借し、二階を洋裁学院に階下をその事務所に使用してきたものであるが、昭和十八、九年頃かねてから被控訴人と知合関係にあつた控訴人は、本件家屋でバイト(工具)の販売業を営むべくこれを被控訴人から賃借するようになり、右店舗を事務所の外商品の陳列の場所等として使用すること、その他これに適応する若干の造作模様替をすることをも、被控訴人においても容認していたこと、控訴人は賃借後右営業を開始したが、営業振わず右店舗の一部を昭和二十三、四年頃訴外株式会社農工社に、その後更に訴外新潟県化学機械販売株式会社に転貸して、当該商品の店頭販売の場所として使用せしめ、その間使用の都合上店舗の床板を撤去したりまた附加したりするなど、適宜多少の改造をしたことはあつたが、もとより被控訴人もこれを承認して絶えて異議を述べたことはなかつたことを、認めることができる。右賃貸当時控訴人被控訴人間に、被控訴人主張のような厳格な改造工事の禁止ないし使用目的制限の特約があつたという前顕被控訴人の供述は、到底採用し難く、原審証人伊藤茂男の証言により成立を認め得る甲第一号証は、同人と被控訴人間に取交わされた本件家屋の隣家に関する借家証であつて、しかもその作成は本件賃貸借の成立と著しく時を異にする昭和十三年頃のものであり、この記載内容を以て直ちに本件賃貸借の内容を律する証左となし難く、その他この点に関する原審証人小林仁一郎、同吉原正平、同伊藤茂男の各証言も、本件賃貸借に関する右特約の有無についての直接の証拠とはならないものであるし、他に被控訴人主張のような特約のあつた事実を肯認するに足る証拠はない。
(二) しかし叙上の如く本件賃貸借締結に当り、被控訴人主張のような改造工事の禁止並びに使用目的制限の厳格な特約がなかつたとしても、控訴人の前示飲食店営業開始並びにそのためにする店舗改造工事の施行が、従前の賃貸借関係を継続するに堪えない背信的行為と目される限り、賃貸人たる被控訴人はこれを賃借人の義務違反として解除権を行使し得ることは、本来賃貸借が当事者間の個人的信頼関係を基礎とする継続的法律関係であることに鑑み、当然と解すべきであるから、右控訴人の所為が右に所謂背信的行為に該当するか否かについて検討を加える。
(イ) この点につき控訴人は、昭和二十年頃から同二十四年頃までの間に被控訴人から、右店舗の一部で飲食店営業を開始すること並びにこれに伴う改造工事をなすにつき、承諾を得ていた旨主張し、当審証人広野チヨの証言並びに原審及び当審における控訴人本人の尋問の結果中には、これに副う供述はあるが、右は当審証人池昌平の証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果その他弁論の全趣旨に照らし到底措信し難く他に右主張事実を肯認するに足る証拠はない。
(ロ) しかし前示第二の(一)において認定した諸般の事実と、成立に争のない、乙第三、第四号証、原審証人小林仁一郎、同伊藤茂男、同小田芳業、当審証人広野チヨの各証言を総合して認め得る如く、本件家屋は被控訴人が店舗兼居宅として建築した四戸建家屋の中の一戸で、大通に面する商店街のうちにあり、附近には数軒の飲食店もある位であつて、現に右四戸建家屋の中他に賃貸中の三戸は、事務用機械販売店、美容院、理髪店というように、客の来集する店舗として使用されている事実に徴すれば、前段認定の如く本件賃貸当時は店舗の構造設備等事務所向に設営されていたというものの、その目的物の性質上事務所として使用することのみが家屋本来の用法であると速断できないのみならず、現に控訴人が数年来右店舗の一部に営業用品を陳列してバイトの販売に従事し、営業不振となるや傍ら店舗の一部を他に転貸し同様商品の陳列販売の用に供せしめ、その間適宜造作模様替をした時も、被控訴人は何等異議なくこれを承認していたことは前段説示のとおりである。そして前顕広野チヨの証言並びに原審及び当審における控訴人本人の供述と、当審鑑定人高橋綱吉の鑑定の結果によれば、控訴人が昭和二十二、三年頃から営業が振わず賃料の支払も困難になつた頃、この場所でアイスキヤンデー屋を始めたらという話が被控訴人からも出た位であつたが実現に至らず、店舗の一部を他に転貸して一時を糊塗してきたのであるが、昭和二十六年九月頃に至つて窮境打開の一方策として、その内縁の妻広野チヨが飲食店営業の経験があつたところから、当時被控訴人の承諾もない中に店舗の部分に前示のような改造工事を施し、その一部で従前の営業を継続する傍ら、他の部分で所謂スタンドバーに類する極めて小規模の飲食店を始めたのであつて、その改造工事の如きも本来の家屋自体を損壊することなく容易に原状に回復し得る程度に過ぎないことが、看取し得る。
以上認定の各事実、即ち本件賃貸借の成立当時の約旨その後の店舗使用関係、周囲の環境、控訴人が前示店舗の一部でスタンドバーを始めるに至つた経緯、その他営業の現況とその改造工事の程度等諸般の事情に照らして考えるときは、少くとも現在の状況の下においては、控訴人の前記所為を目して賃借物件の用法を著しく誤まつたとか、賃借物件の実体を甚しく損壊する如き、賃貸人賃借人相互間の信頼関係を危くするというような背信的行為であると断定することは困難であつて、少くとも被控訴人がこれを義務違反として解除権を行使することは、所謂権利の濫用として許さるべきでなく、前示契約解除の意思表示もその効力を発生するに由なきものと解するのが相当である。控訴人本人尋問の結果その他の立証の程度を以てしては右判断を左右するに足らない。
よつて前記契約解除の有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきものとし、これと反対の見解に出でた原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条に則り原判決を取消し、訴訟費用の負担につき同法第八十九条第九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)