大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)2068号 判決

もつとも控訴人は控訴会社においては昭和二十三年五月以来同会社利根工場を閉鎖し、同所では何等事業を行つていないのであるから、被控訴人主張のような運送を依頼する筈なく、右運送は何等控訴会社には関係のないものであるから被控訴会社に対し運送賃を支払う義務がない旨主張し、前掲証人橋本秀吉、同高田志津江、同小古間きみ等は、控訴会社においては、昭和二十年六月頃工場を前記新治村に疎開し、利根工場の名称をもつて同会社の目的である非鉄金属等の製造に従事していたところ、昭和二十三年五月頃同工場を閉鎖するに至つた。これより先き昭和二十二年六月頃から、控訴会社の代表取締役橋本豊造が出資者となり、訴外内田忠太郎等と共同して右利根工場を使用し砥石製造を始めたが、業績が挙らず、昭和二十三年春頃までで廃業し、また昭和二十二年春頃から、控訴会社の常務取締役と称する訴外佐々木正勝、同大矢中賀七、同永島雄二郎等が右橋本豊造とともに右利根工場に事務所を設け利根産業株式会社の設立を計画し、右会社は結局設立に至らなかつたが、同人等は同会社名義を用い、右橋本を同会社の社長として経理面を担当せしめ、同会社に薪炭部及び食料品部を設け右工場において瓦斯薪及び納豆等の製造販売を始め、昭和二十四年十月頃まで継続した旨供述するのであるが、右供述が真実であるとしても、右共同事業もしくは利根産業の事業には、控訴会社の代表取締役橋本豊造が重要な地位を占め、且つその事業には控訴会社の利根工場を使用しておることが明らかであり、また前掲証人橋本秀吉、同小古間きみは、訴外橋本秀吉は右橋本豊造の実弟であつて、控訴会社利根工場の生産主任であり、訴外小古間きみは同工場の事務員であつたが、いずれも右両事業の手伝をなし、控訴会社が工場を閉鎖したという昭和二十三年五月以後においても、同工場の電話は控訴会社名義のまま利根産業に使用せしめており、訴外橋本秀吉が右工場閉鎖のため本社に戻つた後もその家族を同工場に居住せしめおき、昭和二十七年十月家族を東京に連れ戻るまで時々帰宅していた旨供述しているのであるから、控訴会社において同会社の利根工場を閉鎖したことを公示するか、被控訴会社に対しその旨の通告をするのでなければ、被控訴会社においては、控訴会社の利根工場が閉鎖されたことを知るに由なく、依然利根工場による運送の依頼は控訴会社の依頼と解するのは当然である。しかも控訴会社が利根工場を閉鎖したことにつき公示の方法を取つたこと、被控訴会社にその旨の通告をしたことないしは、被控訴会社においてその事実を知つていたことの証拠は何もないのであるから、控訴会社は被控訴会社に対し右利根工場が依然控訴会社の経営のもとにあるものと信ぜしめる状態に放置したものというべきであつて、たとえその事実が真実に合致しないとしても、これを信頼した者に対しては責任を負うべく、その真実の事実を主張して右運送賃の支払を免かれえないものとすることが取引の安全を保護する法律の精神に合致するものというべきであるから、控訴人の右主張事実を肯認することはできない。

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