東京高等裁判所 昭和27年(ネ)66号 判決
(一)について、右認定した事実に、甲第一ないし三号証、同第五、六号証(以上の書証は、原審と同一の証拠によつてその成立を認める)原審における証人小林静の証言、同被控訴本人の供述(第一、二回)をあわせ考えると、本件無尽講において、講員全部は、講規約に基き、講元である被控訴人に(外に世話人二名を置いているが)講の事務一切を委託し、掛金はもとより掛戻金をも、講元の名において、これが取立をなし得る権能を附与したことが認められる(殊に、甲第一ないし三号証によれば、落札者をして、掛戻債務について借用証書を差し入れさせ、その証書の名宛人を講元である被控訴人とした点からみても上記のように認定するのが相当である)かかる場合、講元は掛戻金の取立のため、自己の名をもつて、訴訟を提起、追行する資格を有するものといわねばならないから、被控訴人が本訴について当事者適格を有しないとする控訴代理人の主張は、採用し得ない。
(五)について、既に認定したように、第二親和講は、毎回一口の掛金五、〇〇〇円、第三親和講は、同掛金三〇、〇〇〇円であるほか、いずれも、被控訴人を講元とし、総口数二〇口をもつて、組織され、定期にそれぞれその持口に応じた金員を掛け込ませ、各掛込者に対しては順次入札と口競の方法により落札者を決め、予定の給付金を交付する定めになつており、かつ、講員相互の間においても講関係から生ずる権利義務が存するのであるから、本件無尽講は組合類似の性格を有するものと解せられるのである。もつとも、右講において、落札した講員に対し、前記のように借用証を差し入れしめており、掛戻債務を負担する関係では、消費貸借の色彩の強いことは疑いないのであるが(当裁判所は、さらに、上記掛戻債務を目的として、準消費貸借契約が成立したものと認定したことは、前叙のとおりであるが、たとえ、かような契約が新たに結ばれない場合であつても、消費貸借類似の関係が発生することにかわりはない)この講の実体を考察すると、かかる講関係から生ずる債権債務については、利息制限法の適用がないものと判断するのが正当である。けだし、金錢消費貸借契約が利息制限法適用の対象となるのは、借主が貸主に対して極めて弱い立場にある通常の事態に主眼をおいて、両者の関係を合理的に調整するためである。しかるに本件におけるような無尽講は、古くから、わが国の全域にわたつて、行われてきた相互協力的な金融手段であつて、講員は入札等の方法で、それぞれ自己の欲する時期に、その欲する金額で(それも、講規約の枠はあるが)給付金を獲得する仕組みになつており、法がこの講員相互の関係に立ち入つてまで、これを合理的に調整しなければならない理由と必要とを発見し得ないからである。であるから、本件無尽講においては、所論のように捨金の制度があり(この点は、当事者間に争がない)それが経済上利息と同様の効用をもたらすからといつて、右講契約を目して、利息制限法の適用を回避するための脱法行為であるという控訴代理人の主張は採用することを得ない。
註 本件無尽講は、利息制限法の適用を回避するために組織されたものである。すなわち、訴外会社代表者三浦利市は、昭和二四年一一月二三日第二親和講の第二番会で落札し、額面九〇、〇〇〇円の借用証書を講元に差し入れ、右金額を一八回に(一年二ケ月の期間に)五、〇〇〇円ずつ返金するというのであるが、右講には捨金なる制度があつて、金三五、二〇六円は右捨金に充てられるので、右三浦が、落札に際し、現実に講から交付された金額は(これを渡金という)四九、八〇〇円に過ぎない。そして、右捨金は、借入金に対する利息に該当するものであるから、右渡金を元本とすると、一年二ケ月の期間に右三五、二〇六円の利息(元本に対し約七割の率)を支払うことになり、これを割賦計算すると、借入金に対し一ケ月約一割に相当する利息を支払う勘定となる。
また、昭和二四年一二月一三日第二親和講の第三番会における落札の結果、額面八五、〇〇〇円の借用証書を講元に差し入れたが、これに対し、捨金三二、六三一円、渡金五二、三六九円であるから、同様の計算によると、(ただし、五、〇〇〇円ずつ一七回に「一三ケ月の期間に」支払う)借入金に対し、一ケ月約九分に相当する利息を支払う勘定となる。
さらに、昭和二四年一一月二七日第三親和講の第二番会における落札の結果、額面五四〇、〇〇〇円の借用証書を講元に差し入れたが、これに対し、捨金一五〇、三五〇円、渡金三四九、六五〇円であるから、前同様の計算によると、(ただし、三〇、〇〇〇円ずつ一八回に「一三ケ月の期間に」支払う)借入金に対し一ケ月六分余に相当する利息を支払うことになる。
以上の事実関係からみると、本件貸借は、実に不当であつて、利息制限法を、無視した脱法行為として無効である。