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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)705号 判決

被控訴人から控訴人福島芳彦及び控訴人朝倉誠一郎にたいする控訴人両名間の渋谷簡易裁判所昭和二十三年(ユ)第三五六号借地権確認調停事件の別紙目録記載の内容の調停の無効確認の訴については、被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人から控訴人福島芳彦にたいする前項記載の調停無効確認の訴及び東京都目黒区上目黒二丁目千九百六十番地の三宅地三百四十九坪七合五勺のうち別紙図面<省略>斜線の部分(甲)の土地二十八坪一合六勺を、その地上の木柵を除去して明渡すことを求める訴について、被控訴人の各請求を棄却する。

被控訴人は控訴人福島芳彦にたいして、東京都目黒区上目黒二丁目千九百六十番地の三宅地三百四十九坪七合五勺のうち、別紙図面斜線の部分(甲)の土地二十八坪一合六勺を引渡すべし。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴人ら代理人は主文第一、二、四項同旨の判決を求め(ただし、控訴人朝倉については、民事訴訟法第六二条第一項の適用による)控訴人福島の代理人は右のほか、主文第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

事実関係について被控訴代理人は、

一、本件調停による借地権関係は原審共同被告福島芳彦同朝倉誠一郎の両名につき合一にのみ確定することを要する場合である。よつて本件控訴は右両名が共同控訴人として申立つべきであるのにかかわらず、原審被告福島だけで申立てたから不適法である。

二、被控訴人は本件土地の賃借人として、控訴人ら間の調停による賃貸借関係につき利害関係を有する第三者であるから、この利害関係にもとずき、控訴人朝倉の要素の錯誤を原因として右調停無効確認を求めるものであるが、もしこれを許されないものとすれば、賃借人として控訴人朝倉に代位し、要素の錯誤を主張して調停の無効確認を求めるものである。

三、被控訴人が昭和二七年五月二日仮執行の宣言を附した原判決にもとずいて控訴人主張のとおり、本件土地中(甲)の部分につき、強制執行を了したことは認めると述べ、

控訴人福島代理人において、

一、本件控訴により原審共同被告朝倉誠一郎もまた控訴人の地位を取得し、同人と被控訴人間における調停条項無効確認の原審判決は確定しないものである、この場合はいわゆる類似必要的共同訴訟と考えるから、控訴人の控訴により原審共同被告朝倉についてもその効力を生じ、同被告も同様に控訴したものとして取扱うべきものと思料する。よつて、被控訴人主張のごとく朝倉と共同して控訴の申立をしなければ控訴が不適法となることはない、ところが原判決は右のごとく類似必要的共同訴訟である本訴に適用すべき民事訴訟法第六二条の規定を無視した違法がある。すなわち原判決は、被告福島は原告の主張を極力争つたにかかわらず、共同被告朝倉についてはこれと別異に取扱い、「被告朝倉にたいする原告主張の請求原因はすべて同被告の認めるところであるから被告朝倉にたいし、本件調停無効確認を求める原告の請求は理由がある」と判示したが、これは前示理由により明らかに失当である。

二、被控訴人は本件調停につき純然たる第三者であり、その効力を云為する何等の権利もなく、また判決によりその効力の存否につき確認を受ける法律上の利益がない、被控訴人の主張によれば、被控訴人は昭和二二年八月本件土地を地主朝倉誠一郎から停止条件附で賃借したが、控訴人福島がその土地を占有しているため、その引渡を受けることができなかつた、しかるにその後昭和二三年一〇月一二日本調停により控訴人福島が地主朝倉から右土地を賃借したというのであるから、被控訴人の右賃借権は占有をともなわない純然たる債権に過ぎず、したがつてその効力は、たかだか、地主朝倉にたいし、その履行を求め、不履行の場合には損害賠償を請求することができるだけであり、それ以上に飛躍して控訴人福島にたいし、被控訴人の賃借権を主張し、これにもとずき本件土地に関する地主朝倉と控訴人福島との間の調停契約に介入し、その効力をかれこれいうことは許されない、なるほど、他人間の権利の存否に関しても確認の訴が許される場合はあるが、それには訴訟物をなす権利ないし法律関係の存否を判決によつて確定することについて法律上対立する利害関係を有することを要する、すなわち原告は当該請求につき確認の利益を有することを要し、被告はこれにつき反対の利害を有する者でなければならない。ところが被控訴人が本件調停条項の無効の確認判決を受けても被控訴人はその調停契約の当事者ではなく、またその法律関係の目的たる土地にたいし、所有権ないし管理権等物上請求権を有しないものであるから、その確認判決は被控訴人に直接法律的に何等の影響も及ぼさないのである、換言すれば調停契約が有効であつても無効であつても被控訴人の地主朝倉にたいする借地契約履行請求権には何等の消長もなく、もし無効であれば直ちに契約土地にたいし被控訴人の支配権が及ぶことになるという関係にはない、被控訴人は地主朝倉と控訴人福島との間に調停による借地契約が有効に存在しているとすれば、自己にその土地の引渡を受けられない危険があるの故をもつて利害関係を有する第三者であるというかも知れぬが前述のごとく被控訴人は本件土地に関し、地主朝倉にたいし、契約の履行を請求しうる単なる債権者に過ぎないものであるから、地主朝倉側に契約を履行し得ない原因が存するため、同人の履行が不能であれば同人が自らこれを除去しない以上、被控訴人の履行請求権は損害賠償請求権に転化するほかないものである。被控訴人の法律上の地位(借地契約の請求権)に動揺を来すものは地主朝倉の債務不履行行為であり調停契約の効力の存在ではない、したがつて被控訴人に直接の利害ありと感ずるのは合法的でなく、法律の軌道をはずれた錯覚であるから法律の保護を受け得べき限りではない。

三、被控訴人は前記のごとく本件調停条項については純然たる第三者であり、かかる第三者には契約の一方の当事者に法律行為の要素に錯誤ありとの理由を援用し、その双方当事者を共同被告としてその無効を主張する権利はない。民法第九五条の法律行為の要素の錯誤による無効の制度は表意者本人の保護を目的とするものであることはその但書に「表意者に重大なる過失ありたるときは表意者自らその無効を主張することを得ず」とある点からも明かであるから、右無効の主張は表意者のみがその意思によつて、これを行使するや否やを決すべきものであつて、いわゆるその行使が一身に専属する場合に該当するものである、けだし要素の錯誤という表意者の内心状態に存した瑕疵は表意者のみが真によくこれを知りうるところであると同時に、これを理由として法律上の保護を求めるや否やも一に表意者の決意にかからしめ、法律上利害関係なき第三者の干渉すべき限りでないと解するのが相当だからである。したがつて本件土地の賃貸人朝倉が控訴人にたいし、これを理由として調停無効の確認判決を求めるならば格別であるが、被控訴人自ら朝倉に関係なく同人の意思表示の要素の錯誤による本件調停の無効を主張することは到底許されないものといわなければならない、いわんや被控訴人は本件調停当事者たる朝倉と控訴人とを共同被告として無効確認判決を求め、これにたいし、朝倉は原告の主張事実は認めるが、請求棄却の判決を求めていることは原判決に明かである、これによれば朝倉には本件調停無効の確認判決を求める意思はないものと解すべきであるから、被控訴人は朝倉の意思に反して本件調停契約の効力を否認せんとしているというのほかはない。

四、被控訴人は被控訴人の賃借権にもとずく利害関係を有する第三者として控訴人らの間の調停契約無効が仮に容認されないとするならば、被控訴人は土地所有者朝倉に代位して、同人の控訴人福島にたいする本件調停における借地契約は要素の錯誤により無効であると主張するが、被控訴人にかかる代位権はない、民法第四二三条によれば、債務者の一身に専属する権利は代位権行使の目的とならないものであるが、ここにいう一身専属の権利とは、権利自体の帰属のみをいうのでなく、特定の権利者その人がその意思によりてこれを行使するや否やを決定することを権利の性質上必要とするものをいうのであつて、前述のごとく法律行為の要素の錯誤による無効の主張はその行為が表意者の一身に専属する場合であると解すべきであるから、これを代位行使することはできないものである。さらにまた代位権行使の目的からいつても、被控訴人は賃貸人朝倉に代位して本件調停無効の確認判決を求めることはできない、けだし代位権は債権者が債務者に属する権利を行使するに因りて債権者の有する債権の弁済を保全するに適切なる場合に限りこれを行使することができるものであつて、債権者に財産上の満足をえさせることを目的とすることは代位権を認めた民法第四二三条の解釈上疑を容れないのであるが、確認判決の目的はただ権利関係の存否を確定するにとどまり、確認判決があつても現実の財産に消長がないから、これがため債務者に何等の財産権を回復するものでなく、したがつて代位権行使の範囲に属しないと解すべきものであるからである。

五、被控訴人は昭和二七年五月二日仮執行の宣言を附した原判決にもとずいて控訴人福島にたいしその占有する本件土地中(甲)の部分につき明渡の強制執行をとげた。しかし、もし原判決が取消される場合はこの執行は不当に帰するから民事訴訟法第一九八条第三項により右明渡にかかる土地の返還を求めると述べた。

以上のほか、当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は原判決記載のとおりであるからここにこれを引用する。

三、理  由

第一、本件控訴は不適法であるとの被控訴人の主張について、

本件請求のうち被控訴人が第三者としてなす確認の訴は被控訴人の主張するところにより明かなとおり、被控訴人が原告として、調停手続によつて成立したとされている賃貸借の賃貸人と賃借人とを共同被告として相手取り、調停無効を主張し、共同被告相互間に賃貸借関係の存在しないことの確認を求めるのである。したがつて、この目的たる法律関係は被告らに共通した一個の法律関係であつて、共同被告として訴を起した以上は、被告らにつき別異の裁判をすることを許されない。すなわちいわゆる類似必要的共同訴訟であつて、民事訴訟法第六二条の適用あるものと解するのを相当とする(この見解は被控訴人及び控訴人福島の一致するところである)。しかし、同条によれば、共同訴訟人の一人の訴訟行為は他の共同訴訟人の利益においてその効力を生ずるものであるから、原審における共同被告の一人福島の本件控訴共同被告の他の一人朝倉誠一郎の利益に効力を生じ、当審において朝倉を控訴人の一人としてとりあつかう必要があるだけで、本件控訴が不適法にはならない。この点についての被控訴人の主張は理由がない。

第二、被控訴人はその賃借権にもとずいては本件調停無効確認を求める法律上の利益がないとの控訴人の主張について、

被控訴人重盛(以下単に重盛という)の主張によれば、重盛は昭和二二年八月控訴人朝倉(以下単に朝倉という)から、東京都目黒区上目黒二丁目一九六〇番地の三、宅地三四九坪七合五勺のうち、別紙図面(甲)(乙)合計六十一坪三合六勺(本件土地)を賃借したところ、控訴人福島(以下単に福島という)はこのことを知りながら昭和二三年一〇月一二日朝倉との間にこの土地につき賃貸借契約をする旨の調停を成立させたが、(一)、右は福島が重盛の賃借権を不法に侵害することを目的としてなしたものであるから民法第九〇条により無効である。(二)、右調停は朝倉が、重盛において本件賃借権を抛棄することはないのにかかわらず、これを抛棄するものと誤信し成立せしめたものであつて、右は法律行為の要素に錯誤があるから無効である。(三)、もし(一)、(二)の主張にして理由ないとしても、右調停における賃貸借契約は、重盛の賃借権抛棄を停止条件とするものであるが、重盛は賃借権の抛棄をしないことが確定し、停止条件は成就しなかつたから、賃貸借の効力は発生しなかつたものであるというにある。

しかし、仮に重盛の主張のとおり本件調停の無効であることが、判決によつて確認されたとしても、重盛の法律上の地位になんらのさしひびきを与えることはない、ことに、本件において重盛がその存在を主張している本件土地賃借権の存否並にその効力にはなんら影響を及ぼすはずがないのである。仮にかかる判決により、福島が朝倉にたいし、賃借権を主張しないでその使用土地を返還し、朝倉がこの土地を重盛に使用させる結果をえたとしても、それは事実上うけうる利益にすぎず、この確認判決より生ずる法律上の利益とはいえない、よつて重盛がその賃借権にもとずいて求める確認の請求は失当として棄却を免れない。

第三、重盛が朝倉に代位して本件調停の無効確認を求める予備的請求の適否について、

一、朝倉に代位して朝倉を相手どり、朝倉と福島との間の調停無効確認を訴求するということは、あるべからざるところであるから、本件請求中、この予備的代位訴求の部分は必要的共同訴訟ではない。したがつて、この部分については、控訴人福島のみを相手取り請求として、その当否を判断すべきものである。

二、朝倉は前記調停事件の当事者であり、したがつて調停によつて成立した賃貸借契約の当事者であるから、調停の無効なことが確定すれば、調停によつて課せられた義務ないし負担の追及をまぬがれ得るのであるから、調停無効確認の即時確定の法律上の利益を有すること明かである。したがつてこの朝倉に代位して追行する訴は、訴の利益なしとして排斥されるべきではない。

三、右調停無効確認の訴において被控訴人が勝訴するならば、朝倉は調停による賃貸借の賃貸人として本件土地を控訴人福島に使用収益させる義務の履行追及をまぬがれ、被控訴人との間の賃貸借における賃貸人として義務を履行することを容易ならしめるのであるから、被控訴人は前記代位訴訟によつて、その主張する賃貸借の賃借人として有する債権を保全することができるわけである。この点に関する控訴人福島の主張は理由がない。

四、法律行為の要素に錯誤あるとして法律行為の無効を主張する権利は、民法第四二三条第一項但書にいう一身に専属する権利と解すべきものではない。これに反する被控訴人の主張は、その独自の見解であつて当裁判所はこれを採用しない。

第四、前記の代位による無効確認の訴及び土地明渡請求の訴の請求の原因の有無について、

一、原審証人石川右三郎の証言、原審における重盛秀蔵、朝倉誠一郎(第一、二回)尋問の結果及び右朝倉の供述(第一回)により成立を認めうる甲第一号証によると、重盛は昭和二二年八月中、朝倉からその所有にかかり、戦時中強制疎開地として東京都に借上げ中の本件土地を普通建物所有の目的で、強制疎開が解除になることを停止条件として、約金五千円の権利金を支払い、期間を定めず、賃料は統制額の最高の約で借受けたが、同年十月強制疎開は解除となり賃貸借の効力を生じたこと、(ただし、土地が朝倉の所有であり、この土地が強制疎開後解除された点は当事者間に争がない)を認めることができ、本件には右認定に反する証拠はない。

控訴人らは、右賃貸借は権利金の授受をともなうもので、地代家賃統制令に違反し、無効であると主張するが、権利金の授受は右統制令に違反し無効であるにしても、賃貸借契約それ自体をも無効と解すべきではないから、控訴人らのこの主張は理由がなく、重盛は朝倉にたいし、有効な賃借権を取得したものである。重盛は債権者として、その債権保全のために債務者たる朝倉に属する権利を行い得ること明かであり、右賃借権の目的と同一の土地について被控訴人に賃借権を設定する調停が無効とするならば、訴をおこしてこの調停の無効を主張しこれによる賃借権の不存在の確定を求めることができることもちろんである。

二、ところで、昭和二三年一〇月一二日渋谷簡易裁判所昭和二三年(ユ)第三五六号借地確認調停事件において、朝倉は福島にたいし本件土地を賃料一坪につき一ケ月四円の割合毎月二八日払、賃貸借期間昭和二三年一一月一日から三十年の約で賃貸する旨の調停が成立したことは当事者間に争がない。

しかるに重盛は、右調停は前記第二において述べたとおり、(一)ないし(三)の理由で無効であると主張するのでこの点を判断するに、原審証人石川右三郎、松下則光(第一、二回)山口織之進の各証言、原審における当事者双方尋問の結果(ただし、控訴人らは第一、二回)を綜合するとつぎの事情を認めることができる。

本件土地はもと訴外森川某が朝倉から賃借してその上に建物を所有していたが、今次戦争中この土地が強制疎開となり建物は除却され、土地は前記のとおり東京都に借上げられた、しかし、福島は朝倉も承知の上でこの土地の一部を防空壕や菜園として使用していたが、(ただし、本件土地中(甲)の部分を福島が昭和二三年一〇月以降使用していることは当事者間に争がない)昭和二〇年八月頃、この土地を朝倉から普通建物所有の目的で賃借したいと考え、朝倉の法律顧問的な地位にあつた訴外弁護士松下則光を通じてこのことを朝倉に申込んだが朝倉は疎開解除後賃貸借の交渉に応じようと返事した、ところが福島は朝倉家に出入し、同家所有土地の差配のようなことをしていた訴外高田留吉と感情の疎隔を生じ、高田はこの土地を福島が賃借することを好まず、朝倉との賃貸借契約も締結にいたらないので、ついに昭和二三年夏頃渋谷簡易裁判所に借地調停の申立をした、しかるにその間に重盛は昭和二二年八月疎開前の借地人であつた森川のすすめで高田留吉の周旋により、朝倉から本件土地を前認定のとおりの内容で借受けることとなつた、ところで前記調停においては申立人福島、相手方朝倉、利害関係人松下弁護士らが出頭し、調停が試みられたが、その際朝倉は本件土地は高田留吉の仲介ですでに重盛に賃貸してあるとの実情をも述べて、調停に応ぜられないことを述べ、かつ、利害関係のある重盛と高田も出頭している旨を告げたが、調停委員会は重盛を調停に参加させることをせず、朝倉にたいし、重盛に換地を出して本件土地は福島に賃貸してやることを勧告した、そこで朝倉はやむなくこの勧告にしたがい、重盛は換地の申出に応ずるもの(すなわち本件土地にたいする賃借権の抛棄をなすもの)と簡単に考え、福島に本件土地を賃貸する旨の調停に応じたものである、しかるに朝倉の予期に反し、重盛は換地を受けることを承諾せず、紛争を生じ、ついに本件訴訟を提起したものである。

三、本件調停成立前後の事情は以上認定のとおりであるが、この事情によれば、重盛の主張するように右調停が重盛の賃借権侵害を目的とするもので民法第九〇条により無効のものであることはとうてい認められない。そこでこの調停には法律行為の要素に錯誤があつたか否かについて考えるに、調停に際し朝倉は重盛が換地を承諾するものと信じたことは前記認定のごとくであるが、重盛には代りの土地を提供して本件土地の賃貸借は合意解約をしてもらつて、調停による賃貸借の履行を可能にする旨を右調停の内容にふくませたとは認められない。本件調停条項には、朝倉が「重盛に賃借権を抛棄させることとして」賃貸借をする旨、または「重盛の賃借権抛棄を条件として」賃貸借をする旨などの文言はなんら記載されていないのである。右は単に朝倉が、調停に応ずるにいたつた動機とか縁由であつたと解するほかは法律行為の要素に錯誤があつたとの被控訴人の主張は理由がない。

もつとも前示福島及び朝倉の各供述によると、福島は、少くとも調停成立の際においては本件土地はすでに重盛に賃貸されており、福島にこの土地を支障なく使用させるについては、重盛に換地を承諾させなくてはならぬことを知り、また、もし重盛の承諾がないときは朝倉は重盛か福島のいずれか一方にたいし、賃貸人としての義務の不履行を余儀なくせしめられることをさとつたこと、朝倉は本件調停においては法律の知識もなく、代理人もなかつたから、調停調書に重盛への換地提供と賃貸借解除のことを調停の契約の内容とすることを要求し得なかつたことが認められる。しかし、前示のとおり福島はもともと本件土地の一部を昭和二〇年八月以来使用し、その頃から本件土地の賃借を申込んでいたところ、前示の事情で賃貸借契約が締結せられず本件調停申立によりようやくに賃貸借契約が成立したものであることから推察すると、福島は重盛が賃借権を抛棄するや否やにかかわらず、この調停により、なんとしても賃借権を得ようとしたものであることをうかがうに足りる。したがつて仮に朝倉が重盛の換地承諾のことを誤信して本件調停に応じたとしても重盛の借地権抛棄を停止条件とする契約を締結したものと認めることはできず、他にこれを認めるにたりる証拠はない。

以上のとおりであるから重盛が朝倉に代位して控訴人ら間の本件調停の無効確認を求める訴は理由なしというのほかなく、また、したがつて控訴人福島は朝倉にたいする本件土地賃借権にもとずき、その(甲)の部分を占有するものと認められるから、その明渡請求が理由のないことはすでに明かであるから、その余の判断を省略し、被控訴人の各請求を棄却することとする。

第五、福島が重盛にたいし本件土地中(甲)の引渡を求める申立について、

重盛が昭和二七年五月二日仮執行の宣言を附した原判決にもとずいて福島にたいし前記(甲)の土地明渡の強制執行を了したことは当事者間に争がないところで、原判決は右のとおり取消されることとなつたのであるから、民事訴訟法第一九八条第二項によつて、控訴人福島が右強制執行によつて給付した前記土地の返還を命ずべき旨の控訴人福島の申立は相当であつて、これを認容すべきものである。

よつて民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

目録(調停条項)

一、相手方(被告朝倉誠一郎)はその所有に係る東京都目黒区上目黒二丁目千九百六十番地の三の十二宅地六十一坪三合六勺を賃料一坪につき一ケ月四円の割合毎月二十八日払、賃貸借期間昭和二十三年十一月一日から三十年の定を以て申立人(被告福島芳彦)に賃貸すること。

二、調停費用は各自弁のこと。

以上

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