東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)4号 判決
原告 岡田友宏 外一名
被告 天野好三郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、昭和二十二年抗告審判第一二六号事件について、特許庁が昭和二十七年一月二十五日になした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、被告は、昭和十六年十二月一日出願、昭和十八年十月八日に特許された、特許第一五九四八六号特許の名称「蔓珠沙華球根の処理法」の特許権を有するものであるが、原告等は、この特許発明は、特許法第一条に違反して特許されたものと確信したので、昭和十八年十二月二十一日被告に対し、同法第五十七条により、特許無効審判を請求した。「昭和十八年審判第二〇一号事件)特許庁は、右事件について、原告の請求を容れ、昭和二十二年八月二十一日「特許第一五九四八号の特許は無効とする。」旨の審決をなしたが、被告はこれに対し、抗告審判を請求し、(昭和二十二年抗告審判第一二六号事件)特許庁は、昭和二十七年一月二十五日「原審決を破毀する。抗告審判被請求人(原告)の申立は、成り立たない。」との審決をなし、右審決書謄本は、同年二月九日原告に送達された。
二、原告は、特許無効審判請求の理由として、本件特許発明と同様な処理法を以て、蔓珠沙華即ち彼岸花を処理し、澱粉及びリコリンを得ることは、本件発明の出願より前に、他人により公然実施せられていたものであると主張し、証人西田保三郎の証言によつて、この事実を立証したところ、審決は、被告の特許発明は、蔓珠沙華球根を水洗し外皮を除去した後、摺潰機で少量の水を注加しつつ摺潰したものを、布袋に入れ、布袋のまま圧縮機で圧縮し、布袋より濾過した濾液を液槽に放置し、上澄液と沈澱物に分離する工程(A)に、上澄液に酸性白土を加え、「リコリン」を酸性白土に吸着させて、これを採取精製する工程(B)と、前記沈澱物から粘性物を除去した澱粉に清水を加え、酸液を滴下後攪拌し、上澄液を捨て、更に清水で数回洗滌する工程(C)とを結合させることを特徴とする蔓珠沙華球根の処理法であると認定し、(右括弧内の記号は、原告が施した。)右ABC三工程の結合が本件特許の内容であるから、AにBを加えた工程(第一工程)並びにAにCを加えた工程(第二工程)とが公知であつても、両者の結合を目的としている本件特許発明の無効原因となる公知の事実と認めることはできないといつている。
元来被告は、無効審判の初審においては、本件発明の内容を、前述の第一工程と第二工程とを内容とする発明であると主張し、審決もそのように認定しているのであるが、右審判における西田保三郎の証言により、第一工程と第二工程とが公知のものと証言されたため、抗告審判においては、本件特許発明の内容に関する主張を改め、第一工程と第二工程との結合に発明がありと主張し、審決またこれを認めたものである。
三、しかしながら、右審決は、次の点において違法である。
(一) 明細書の記載は、出願人の自由な意思で行われ、出願人の意思による特許請求の範囲につき、審査官が特許法に準拠し、客観的に評価して特許権が設定されるものであるから、本件特許のように、客観的に第一工程と第二工程とを内容とする発明であることが判然としているにもかかわらず、その各工程が公知であるからといつて、その結合に特許があると認めることは許されない。
(二) しかのみならず、第一工程と第二工程の結合に、本件特許発明の要旨があるとするためには、両者の結合が一定の時、または一定の場所で行われる時に限るとか、或はそれらを結合させる所に、いわゆる相乗的効果が存しなければならない。時と所に関係なく、またいわゆる相加的ないし併加的効果を生ずるに過ぎない場合は、両者は単なる湊合をして発明を構成しないと解釈するのが、特許法第一条解釈の定説であり現実に特許庁においても同様に解釈している。しかるに本件特許は、第一工程と第二工程を時と所を異に行つても何等差支えなく、また両者の結合は代表的な併加的効果即ち単なる湊合に過ぎない。
原告は、抗告審判においてこのことを縷々論述しているにもかかわらず、審決はこの点を少しも考慮せず、また何等かの説明をも与えることなくして、単に両者の結合に発明があると断定したのは、到底論旨を尽した正当な判断ではない。また発明の内容は、特許明細書を客観的に判断して決定するものであつて、本件特許の明細書を見るに、第一工程と第二工程との結合に特許権を請求していると思惟されるところはなく、第一工程と第二工程とを内容とする発明であると判断するのが妥当と考えるから、審決の誤謬も甚だしく、審決は取り消さなければならない。
(三) 抗告審判において証人西田保三郎は、「堀内化学研究所において同研究所の食糧係の人と、事務員、看護婦、三人の医師に話した。」と証言し、具体的にその姓名を証言しなかつたにもかかわらず、審決は、伊藤謙造証人一人の証言を採用し、西田証人の証言を排斥しているが、かくの如きは、採証の法則を誤まり、審理を尽さなかつたもので、偏頗の非難は免れない。
四、なお被告の二の主張に対し、原告等は、彼岸花球根から澱粉、アルコール製造原料及び石鹸製造等を行つており、かつ、彼岸花の処理方法について、特許第一五三八九八号ほか数種の特許権を有し、また多数の特許出願をしている者で、法律上当然無効となるべき本件特許が存在するときは、営業上この方法を使用することができないから、本訴を提起維持する利益がある。
第三被告の答弁
被告は、本件口頭弁論期日に出頭せず、当裁判所が、被告において陳述したものとみなした答弁書の記載によれば、被告は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し、次のように述べている。
一、原告主張の請求三の事実を否認する。被告の本件特許発明は、第一工程と第二工程とを切り離して考えることはできないものである。本件発明を実施するにおいて、両者を別個に実施すれば、莫大な経費と労力とを必要とし、また本件特許発明は、蔓珠沙華球根の一貫した流作業中における各工程を記載したもので、各工程を結合して一貫作業を行い、蔓珠沙華球根を完全に処理することを目的としているものである。従つてこの点を指摘した審決は相当であつて、何等の誤謬もない。また審決が、伊藤証人の証言を採用したのは正しい判断である。仮に西田保三郎の証言が全部採用されるとしても、原告等が彼岸花を処理する上に実施したことを公知だとすることは、本件特許においては、酸性白土にリコリンを吸着するB工程のみであつて、原告等のいうAにBを加えた第一工程及びAにCを加えた第二工程とは認められない。すなわちその一少部分が公知であつたとしても、何等特許には影響を及ぼさない。
二、なお、原告等は、業務上彼岸花を処理する上において、本件特許の方法を使用せず、苦汁等による方法で処理しているから、本件特許には何等の関係がなく、従つて利害関係もないから、本訴はその必要性を欠き却下されなければならない。
第四(証拠省略)
三、理 由
一、先ず原告が本訴を提起維持する利益があるかどうかについて判断するに、被告は、原告等はその業務上彼岸花を処理する上において、本件特許の方法を使用せず、他の方法によつているから、何等の利害関係もないと主張するが、特許法第八十四条第一項第一号の特許無効の審判は、ひとり被告の主張するような場合に限らず、ひろくその特許発明と何等かの関連のある、発明研究をなし、または事業を営む等、元来特許法第一条ないし第三条、第八条又は第三十二条の規定に違反し、その他同法第五十七条第一項各号の事由に該当し、無効たるべき発明が特許されて保護を受くることによつて、不利益を蒙る虞のある場合をも含むものと解せられる。そして、当裁判所が真正に成立したと認める甲第三号証(特許庁における証人西田保三郎の訊問調書)によれば、原告等は、蔓珠沙華の球根の処置による澱粉の採取、石鹸の製造等の事業を営んでいることが認められるから、ひとしく蔓珠沙華の球根の処理により澱粉等を採取することを目的とする本件特許が無効であることを主張するについて利害関係を有するものであることは疑なく、本訴を提起追行する利益があるものといわなければならない。
二、原告主張請求原因の事実は、本件について、特許庁から送付して来た審判記録によつて認められる。
三、次に当裁判所が真正に成立したと認める甲第一号証(本件特許発明の明細書)によれば、被告の本件の特許発明は、蔓珠沙華球根を水洗し外皮を除去した後、摺潰機で少量の水を注加しながら摺潰したものを、布袋に入れ、布袋のまま圧縮機で圧縮し、布袋からの濾液を液槽に放置し、上澄液と沈澱物に分離し、上澄液に酸性白土を加え「リコリン」を酸性白土に吸着させて、これを採取精製し、また右沈澱物から粘性物を除去した澱粉に清水を加え、酸液を滴下後攪拌し、上澄液を捨て、更に清水で数回洗滌することを特徴とする蔓珠沙華球根の処理法であることが認められる。当裁判所が真正に成立したと認める甲第二号証(審決)によれば、この点について、審決は、本件特許発明は、原告のいう第一、第二の二工程を結合させたことを特徴としたものであると認定しているが、右明細書の記載によれば、本件特許発明は、前記認定の範囲に終始し、特に審決のいうような結合に発明の要旨があるものとは解されない。
四、しかしながら、右認定にかかる蔓珠沙華球根の処理により、澱粉及びリコリンを得る方法が、右特許出願(前記甲第一号証により、昭和十六年十二月一日なることが認められる。)前公然実施されていたかどうかについて判断するに、前記甲第三号証及び証人西田保三郎の証言を綜合すれば、訴外西田保三郎は、昭和十一年四月頃から蔓珠沙華の球根を処理し、リコリン及び澱粉を採取することを研究したことを、うかがうことができるが、その時同人の使用した方法が、果して原告の特許発明にかかる方法と同一であつたかどうかについては、他に何等これを徴するに足りる資料の全然ない本件において、この点に関する右甲第三号証の記載及び証言のみを信用して、これを積極的に認定することは当裁判所の容易になし得ないところであり、また同証言により、同人が発明研究に従事し、特許権をも得ていることを認め得る事実に鑑れば、同人が研究の過程を第三者に縦覧させ、またその結果を第三者に告げた旨の甲第三号証の記載及び前記証人の証言も当裁判所の到底信用し得ないところである。
右甲第三号証及び証人西田保三郎の証言を外にして、原告主張のように、被告の特許出願前、前記の方法が公然実施されていたとの事実を認めるに足りる証拠は一もない。
五、右四に判示した事実と前記明細書全文の記載とを綜合して考察すれば、前記三に認定した発明は、特許法第一条に該当し、特許を受けるに値し、本件特許が特許法第一条に違反して与えられたものだとなす、原告の特許無効審判の請求はその理由がない。
六、なお原告は、抗告審判手続における採証及び審理について、審決を非難しているが、当裁判所は、前述のように、原告の審判請求の理由の全部について、改めて証拠調をなし、審理判断をなしているのであるから、審決におけるかかる瑕疵は、若し存在したとしても、独立して審決を取り消す事由とはならない。
七、以上の理由により、原告の特許無効審判の請求は成り立たないとしてこれを排斥した審決は、結局において相当であつて違法とはいい得ない。よつて原告の本件請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)