東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)45号 判決
原告 幸田守親
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
第一、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、昭和二十六年抗告審判第八三七号事件について、昭和二十七年十一月二十日になした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。
第二、請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、昭年二十六年六月四日別紙記載の商標につき、第八類利器及び尖刃器を指定商品として、登録を出願したところ、(昭和二十六年商標登録願第一一五八四号)拒絶査定を受けたので、同年十月三十一日抗告審判を請求したが(昭和二十六年抗告審判第八三七号)、特許庁は、昭和二十七年十一月二十日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をなし、その謄本は、同月二十七日原告に送達された。
二、審決の理由の大要は、次のとおりである。すなわち原告出願の商標は、線画の千鳥が左上方に飛しようした構図の中に「香」の文字を記載して成り、第八類利器及び尖刃器を指定商品とし、拒絶査定が引用した登録第三一三六三六号商標は、線画の千鳥が左上方に飛しようする図形を、内方に鋸歯状を有する壺形輪廓で囲んだもので、第八類鋏類を指定商品とし、昭和十三年九月三十日登録出願、昭和十四年三月四日登録せられたものである。右両商標を比較するに、その外観は多少相違するけれども、これを称呼及び観念から見るときは、前者は、その図形中に「香」の文字を附記して成るけれども、このような態様から「千鳥」印の称呼及び観念を生ずることは極めて明瞭であり、後者は、その周囲に壺形輪廓を有するけれども、その要部である図形は「千鳥」に存することは、これまた明瞭である。従つて両者は、「千鳥」印の称呼及び観念を共通にする類似の商標であり、且つ、前者は後者の指定商品を包含するものであるから、原告の出願商標は商標法第二条第九号に該当し、登録を拒否すべきものである。
三、しかしながら、右審決の理由は、次にかかげるように不当である。
(1) 審決は、原告の商標における図形の鳥を「千鳥」であると認定しているが、それは誤りである。元来、原告の商号は、警視庁警部補として剣道をたしなんだ原告の父が、その出身地である千葉県香取郡と武の神香取神宮に因つて「香取屋」と命名した。そして原告は、自己の営業に使用すべき商標を考案中、大正十二年大震災の後、猛火にも焼け残り霊験あらたかな浅草観音に詣でたところ、その前庭で子鳩が、老婆の与える豆に飛び立つ瞬間を見て、「香取」の「トリ」は「鳥」に通ずるから「香鳥」を商標にしようと決意し、仲店で鳥の型紙を買い、それによつて鳥の図形を描き、そのうちに「香」の文字を入れて作つたものが原告の商標であつて、原告は爾来これを三十年間継続使用している。
右商標選定の由来に徴しても明らかなように、右図形の鳥は、子鳩であつて、別紙図形によつても、これが、黄嘴を開き頭がふくよかで今にもクウクウと愛いらしい鳴き声を出しそうな子鳩の姿態であることは明白である。審決にいう「千鳥」は、鴎の一種であり、その頭は瘠せて細長く、原告の商標の図形の鳥とは、全然相違している。
(2) また原告の商標は、永年にわたり、取引者間に「カトリ印」の称呼を以つて通用し、決して審決のいうように、「千鳥印」の称呼を生ずるものではない。
(3) そればかりでなく、従来の登録例を見ても、図形だけ類似する二個の商標の一方が、そのうちに本件商標と同じように、真中かつ真正面に顕著に書かれた文字があり、これを無視することができない場合には、両者は、非類似の商標として登録が許されている。従つて「千鳥」だけの登録商標があり、原告の商標の図形の鳥が、仮りに「千鳥」であるとしても、原告の商標は、この外に「香」の文字が真中かつ真正面にはつきりと書かれているから「チドリ」のみの称呼や観念は、絶対に生ずるものではない。いわんや、原告の図形の鳥は「千鳥」ではないこと、数次繰り返えし述べたとおりである。
第三、答弁
被告代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し、次のように述べた。
一、原告主張の一及び二の事実は、これを認める。
二、原告出願の商標は、線画の千鳥が左上方に飛しようした構図の中に「香」の文字を記して成るもので、審決が引用した登録第三一三六三六号商標は、線画の千鳥が左上方に飛しようする図形を、内方に鋸歯状を有する壺形輪廓で囲んだものである。右両商標は、審決がいうように、外観は、互に多少相違するけれども、称呼及び観念を共通にし、類似した商標である。すなわち、原告の商標は、その図形中に「香」の文字があるが、一見してこの態様からは、その図形を以つて、「千鳥」印の称呼及び観念で取引されることは極めて明瞭である。何となれば「千鳥」の図形が圧倒的に看者の注意を惹き、その図形中の「香」の文字は看過される態様であるからである。また引用にかかる登録商標は、「千鳥」の図形に壺形輪廓を附しているけれども、この輪廓は、単なる附飾的なものに過ぎないので、この商標の要部は、「千鳥」の図形に存することは、言をまたない。従つてこれまた、「千鳥」印の称呼及び観念を生ずるものといわなければならない。
第四、(証拠省略)
三、理 由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。
二、よつて先ず、原告の出願にかかる商標が、いかなる称呼及び観念を生ずるものであるかを判断する。
その成立に争のない甲第一号証(本件の商標登録願)によれば、原告が本件について登録を出願した商標は、別紙記載のとおり、線で描いた、左り斜上方に飛んで行く鳥の図案と、その鳥の中央に、はつきり楷書体で書いた「香」の文字から構成される商標である。そして右の鳥の図形は、世の中の一般の観察に従えば、審決が認定したように、「ちどり」を図案化したものと解するのが極めて自然であつて、原告は、その商号が「香取屋」であること及び原告が右の商標を選定した由来を引いて、右は「ちどり」ではなく、「子鳩」であると主張するが、その商号及び商標選定の由来が何であるかということは、必ずしも、世の中の一般の観察が、右の図案を「ちどり」の図案と解することを妨げるものではない。
原告の商標は、前述のように鳥の図案とその図案の中央に「香」の文字をはつきり書いたものであり、また原告の商号が「香取屋」であることは、真正に成立したと認める甲第三、四、五号証によつても認められるから、原告の商標が、甲第五号証にも記載されたように、「カトリ」印と呼ばれることがあることは、当裁判所の、少しも疑わないところであるが、一面右商標の構成部分が、古くから何人にも容易に理解され、かつ記憶され易い「ちどり」の図案から成つている場合、原告の商品の購買者が、これを記憶するに、必ずしも、鳥の図形と「香」の文字の全構成によらず、顕著な部分である「ちどり」の図案によつて記憶し、また同一の理由により、これを「ちどり」印と呼称することは、また疑のないところといわなければならない。
三、次に、審決が引用した登録第三一三六三六号商標は、その成立に争のない乙第一号証によれば、線で描いた左方に飛んで行く「ちどり」の図案と、内側に鋸歯状のきざみを持つ、「ちどり」を図案化したと思われる形の輪廓で構成された商標であつて、右の輪廓は、一般世人には結局大して意味のない附加的の装飾と認められるから、これを附した商品は、やはり、「ちどり」印として記憶され、呼称されるものと解せられる。
四、して見れば、原告の商標は、引用にかかる商標と、観念及び呼称を共通にするものであるから、類似の商標といわなければならない。原告は、甲第六、七、八号証の一、二を引いて、図形だけ類似する二個の商標でも、その一方に文字が顕著に記載され、これを無視することができない場合には、非類似の商標として登録が許されるべきであると主張するが、これらの登録例を以つて、直ちに本件の両商標の類否を律することのできないのは、前記の説示によつて、おのずから明らかである。
五、以上の理由により、審決には、原告の主張するような違法な点はないから、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 裁判官梅原松次郎は、退官のため、署名捺印することができない。裁判官 小堀保)
(別紙省略)