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東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)46号 判決 1955年5月31日

原告 長岡軍治

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十六年抗告審判第八五八号事件について、特許庁が昭和二十七年十一月二十日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十五年九月四日別紙記載のように、「藤四郎延国」の文字を楷書体で縦書にして構成されている原告の商標について、第八類利器及び尖刃器を指定商品として、登録の出願をしたところ、(昭和二十五年商標登録願第二〇五〇八号事件)昭和二十六年十月二十日拒絶査定を受けたので、同年十一月八日抗告審判を請求したが、(昭和二十六年抗告審判第八五八号事件)特許庁は昭和二十七年十一月二十日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審判をなし、右審決書謄本は同月二十七日原告に送達された。

二、審決は、別紙記載のように「信国」の文字を楷書体で縦書にして構成されている登録第三七一九一三号商標を引用して、両商標は、外観上は類似していないが、称呼、観念上からみると、原告の商標は、「延国」に「藤四郎」の文字を冠しているけれども、このような態様のものにあつては、「藤四郎」は省略されて、「延国」すなわち「ノブクニ」の略称で取り扱われるが迅速をたつとぶ商取引界の一般法則であるから、同一の称呼、観念を有する引用商標「信国」と類似する。そして引用商標も第八類利器及び尖刃器(但し刀剣類を除く。)を指定商品とするものであるから、原告の商標は、結局商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否すべきものであるとしている。

三、しかしながら、右審決は次の点において違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  商標は目印、すなわち吾人の目で見る標識であるから、その類否の判断には、外観の対比が最も重要である。そして原告の商標及び引用商標は、それぞれ前述のとおりであるから、目印である商標としては彼此あまりにも違い過ぎ、一見直ちに鑑別できその相違は絶対的なものであるから、それ以上類否判断の問答は無用である。

(二)  審決は、原告の商標は迅速をたつとぶ商取引上「延国」すなわち「ノブクニ」と略称されるといつている。なるほど商取引は迅速をたつとぶが、同時に正確をもたつとぶものであるから、省略しては、通用しないものまでも両断してその一半を呼称するものではない。ある商標を熟知している者同志の間では、これを略称しても全ぼうを正解して誤ることがないが、商標を熟知していない者がその商標を聞いたり、言つたりする場合には、全部をいわなければ正解することができず、強いて略称すれば大変な間違を起して商取引が混乱する。商標の熟知者間の略称が、商取引界の一般法則だとするのは大変な誤りである。

(三)  また審決は、原告の商標は、「藤四郎」の文字を冠しているといつて、「延国」が本体で、「藤四郎」が附属物であるとの見方をしているが、原告の商標は別紙記載のとおり、一番上の「藤」の文字から一番下の「国」の文字に向つて次第に小く書いて構成されているものであるから、「藤四郎」は決して「延国」に対する附属物ではない。「藤四郎」は人名であり、「延国」はなのりであるから、「藤四郎」こそ主要部分であつて、決して無視さるべきでない。たとえ刀剣師が氏姓を省略して名のみを呼称する慣行があつたにしても、「藤四郎」は氏姓すなわち苗字ではないから省略されないし、(甲第三号証以下参照)また引用商標の指定商品中には、刀剣類が除かれている。

元来本件商標は、原告が自己の作者名として採択した「藤四郎」みずからが、刃物を通じて国の命を延ばすことの悲願を表わしたものである。また「延」の字はエン、ノベ、ノビ、ノブともよばれ一定しないから覚えにくい「延」の字を含む「延国」に比して、「藤四郎」と略称されるのが自然である。以上の諸点から見て、「藤四郎」こそ本件商標の本体であつて、「延国」がその要部だとする審決は誤つている。

(四)  しかのみならず、本件商標「藤四郎延国」は、当然これを省略せず、「トウシロウエンコク」と呼ばれているので、引用商標が「シンコク」と呼ばれるのと誤聞を生ずる虞は全然存在しない。

(五)  最後に観念から見ても、原告の商標は「藤四郎が国を延ばす。」の意に解せられ、「国を信ずる。」意味の引用商標とは全然相違する。

第三、被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因としての主張に対し、次のように述べた。

一、原告主張請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張を否認する。

原告の商標の指定商品である第八類利器及び尖刃器中、刀剣師は、氏姓を略称する慣行であることは周知の事実であるから、原告の商標も、「藤四郎」を省略して「延国」の名によつて取り扱われるし、また迅速をたつとぶ商取引界においても、これが「延国」と略称され勝ちなことも、経験則に徴して明らかである。してみれば原告の商標、引用商標は共に「ノブクニ」の称呼、観念を同じくするものであるから、審決には、原告の指摘するような違法はない。

第四、立証<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証によれば、原告の登録出願にかゝる商標は、別紙記載のように、「藤四郎延国」の文字を楷書体で縦書にして構成されているものであり、また審決が引用した登録第三七一九一三号商標は、「信国」の文字を楷書体で縦書にして構成されているものであることを認めることができる。

したがつて右両商標は、明らかにその外観を異にするものであるが、商標はたとえその外観が相違する場合であつても、称呼または観念が、同一または類似するときは、たがいに紛らわしく混同を生ずる虞がある場合が多いから、単に外観がはつきり相違する以上、両者の区別は絶対的で、それ以上に類否の判断は無用であるとする原告代理人の主張は採用することができない。

三、商標殊に数語から成る商標が、商取引の実情において、必ずしも正確にその全体を以てのみ指称されず、その一部が省略されて指称されることのあるのは、われわれのしばしば経験するところであり、また刀剣類が、その製作者の実名(なのり)のみを以て呼ばれることも決して稀なことではないから、原告の本件商標も、その称呼が、構成上「藤四郎延国」の全部から生ずることは、もとより少くないであろうが、単にその一部である「藤四郎」、ことに「延国」から生ずることも、これに比してまた少なくないものと解せられる。そして右「延国」からは、「ノブクニ」の指称が生ずることが極めて自然といわなければならない。

原告代理人は、「藤四郎延国」は、その一部を省略して称呼されず、また「藤四郎」が本体であつて、「延国」は本体でないから、原告の本件商標は、「トウシロウエンコク」、少くとも「トウシロウ」と称呼され、前記認定のように、「ノブクニ」と称呼されない旨主張するが、別紙に表示した原告の商標の構成自体からは、そのように判断することはできず、その他原告の提出する全証拠によつても右の事実を認めることができない。

四、一方「信国」の文字で構成される引用の登録商標が、後述のように刀剣類を除外するとはいえ、利器及び尖刃類を指定商品とする場合、「ノブクニ」の呼び名で指称されることは、むしろ自然であると解されるから、原告の本件商標と引用の登録商標とは、その称呼を共通にし、類似の商標といわなければならない。

五、次いで、前記乙第一号証によれば、引用登録商標は、第八類利器及び尖刃類(但し刀剣類を除く)を指定商品とすることが認められるから、右は、原告の商標の指定商品中に包含せられ、両者は互にていしよくするものである。

六、してみれば、審決が、原告の商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないとしたのは相当で、原告の本訴請求は、その理由がなく、棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

(別紙省略)

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