東京高等裁判所 昭和28年(う)1049号 判決
被告人 渡辺政雄
〔抄 録〕
第一点について。
原判決の認定する被告人の犯罪事実は、原判決の援用する証拠によつて優に認められるところである。該証拠によれば、被告人の経営する本件飲食店は、売淫のための構造、設備等を具有するものであつて、同店女子従業員の売淫による収益からの所得を主たる目的とするものであるが、原判示のA野乙子及びB野甲子の両女は、被告人に雇われて同店に住み込んでいた児童であつて、被告人は、その監護者として当然に心身ともに未成熟なかかる児童を保護しこれを心身ともに健やかに育成すべき地位にあつたものであることは、児童福祉法第一条乃至第三条第六条の規定に徴し明らかであるにかかわらず、その他の従業婦と同様に自己の営利のために該児童等にも売淫のための場屋、設備等を支給使用させ、同女等の行つた売淫による収益中から継続して常にほぼこれに半する一定率の金銭を徴してこれを自己の営業上の所得としていたものであることが明らかであるから、同女等の該売淫行為がかかる児童の自発的意志に出たものであつて、被告人において何らその自由を拘束し又はこれに売淫を強制したものではなくても、被告人の行為は、児童福祉法第三十四条第一項第六号に規定する児童に淫行をさせる行為に当たるものと言わなければならない。記録を彼此照合して検討するも、原判決の採証、認定は、何ら条理に違背するものではなく、原審の審理に不尽の点は存しないから当審において更に所論のように事実の取調を行うを要するものではない。わが国における児童保護のための法制の推移については、所論のとおりであるが、児童福祉法は児童愛護のための劃期的法規であることは、その内容に徴して明らかであつて、所論のように従前の児童虐待防止法の法意とその軌を一にするものと言うことはできない。論旨は、独自の見解によるものと言うの外なく、これを容認し得ないところである。
本件破棄理由は量刑不当。