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東京高等裁判所 昭和28年(う)1086号 判決 1953年6月29日

控訴人 被告人 成塚公平

弁護人 飯山一司

検察官 司波実

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人飯山一司の控訴理由は、末尾に添附する控訴趣意書と題する書面に記載するとおりである。

ところで、刑訴法第二八九条第一項にいう「死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮たる」場合とは、起訴にかかる罪の法定刑が死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮となるような場合をいうのであつて、処断刑が長期三年を超える懲役若しくは禁錮となるような場合を包含しないのである。従つて、併合罪につき加重した結果、処断刑が長期三年を超える懲役刑となるような場合には右刑訴法の規定は適用されないのであるから、もとより弁護人なくして開廷することができるわけである。さて、本件は併合罪の関係にある二つの公務執行妨害罪をもつて起訴されたのであるが、もともと公務執行妨害罪の法定刑たるや、三年以下の懲役又は禁錮の刑であるから、この二つの罪が併合罪として処断されるに当り、その処断刑の長期が四年六月となるとしても、本件の審判には右刑訴法の規定は当然適用なく、従つて、原審が弁護人なくして審判したとて、毫も違法とすべき筋合ではない。また、被告人は、いかなる場合にも弁護人を依頼する権利を有するとはいえ、裁判所は被告人に対し、必ず、このことを告知しなければならないという理拠はないので、たとえ、裁判所がこのことを告知しなかつたとしても、その審判手続をして違法たらしめる謂われはない。しかも、記録に徴するに、原審が被告人に対し、弁護人を選任する権利の行使を妨げたというような跡は、少しも見出し得ないのであるから、論旨第一点は、まつたく理由ないものといわなくてはならない。

次に、記録によれば、被告人に対する勾留状に記載した被疑事実は、まさに、所論のごとき脅迫の事実ではあるが、該脅迫の事実たるや、実は、起訴にかかる昭和二八年二月四日頃、被告人が大宮税務署において同署長鈴木興義及び同署税務課長高橋義三郎をして新井錦四郎に対する酒類小売の免許処分をなさしめるため脅迫を加えたという、公務執行妨害の事実と基本的事実関係を同一とするものであるから、右勾留状をもつて違法とするわけにはいかない。従つて、この勾留状による被告人の勾留には非難すべき廉のあることなく、また、原審の審判手続に何等の瑕疵もない。されば、論旨第二点は理由がない。次に、記録にあらわれた諸般の情状にかんがみるに、原判決の量刑は決して不当というべきものではない。従つて、論旨第三点は理由がない。

よつて、刑訴法第三九六条に則つて主文のごとく判決する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)

控訴趣意

第一、原審はその審理の経過に於て弁護人を附しなかつたか、若しくは弁護人を選任する機会を与えなかつた違法がある。

本件公務執行妨害罪(刑法九五II)は単一事案としては「…………長期三年を超える懲役…………にあたる」(刑訴法二八九I)ものではない。然共、本件(一)及び(二)の各事実は併合罪として処断されていることが明らかでその「長期」は四年六月に達する。そうであるとするならば「長期三年を超える懲役にあたる事件を審理する」(刑訴法二八九I)場合であるといわなければならないのであつて、原審は当然弁護人を附する必要があつたわけで之を附しなかつた違法がある(刑訴法三六、憲法三七III )。若し右のような違法がなかつたとしても、本件訴訟記録上、被告人に対して只一度、勾留訊問に於て(四二丁)弁護人が選任できる旨を告げたのみで公判調書その他の記載中に弁護人選任の機会を与えていない違法がある(憲法三七III )。

第二、原審は違法に被告人を勾留して審理しているから破毀を免れない。

現行犯人逮捕手続書(二二丁)は被告人が「脅迫」しているからというので逮捕している。勾留状記載の被疑事実の要旨も亦「脅迫」の事実を摘示している。

然るに、記訴状記載の訴因第二、原判決の第二の事実は刑法九五IIの事実を摘示し且つ勾留期間の更新決定書に於ても亦罪名は公務執行妨害となつている。仍て検討するに脅迫と刑法九五IIの罪とは次の点に於て全く異る。1、前者の被害法益は個人、後者のそれは国家の作用である。2、前者は脅迫行為夫れ自体を罪として、後者は脅迫を手段としている。加之、その各々の具体的内容を検討すると、3、勾留状の被疑事実要旨は「昭和二十八年二月四日の午后五時頃」「大宮税務署に於て」「同署総務課長高橋義三郎に対し」「云々」となつている。起訴状並びに原判決の第二事実は「同月四日頃」「同署長鈴木興義及び同署税務課長高橋義三郎に対し」「云々」と記載されている。

之によつてみれば起訴前の被疑事実と起訴後の事実はその同一性を喪失している。単に、同一事実に対する法的標価の相違ではないから容疑のない事実に基いて被告人を勾留し審理しているもので違法である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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