東京高等裁判所 昭和28年(う)1150号 判決
自己の被告事件について他人を教唆して偽証をさせる場合においてその者に偽証教唆罪の成立を認めるや否は学説上争われているところであるが、既に大審院は、古くからその成立を肯定しており当裁判所も亦これと同意見であつてこの点の所論は採用し難い。次に本件において原審が偽証者である原審相被告人中丸肇に対する審理と被告人に対する本偽証教唆被告事件の審理とを一時分離して進行したことは、洵に所論のとおりであるが、相関連する事件が同一裁判所に係属している場合でもその審理を分離するか併合して進行するかは、全くその裁判所の適宜決定し得る事項であつて、本件において原審が右両者を一時分離した措置は何等違法をもつて目すべきではなく又これがために被告人の利益を害する結果となつたものとも考えられない。而して原判示偽証教唆の犯罪事実は原判決挙示の証拠によつて十分認定でき記録を精査しても原判決に事実の誤認あることを発見できないし、証拠の取捨選択は経験則に違背しない限り事実審裁判所の自由裁量に属するものであるから原審が被告人の弁疏を採用しないで証人中丸肇の証言を採用したことを非難するは当らない。これを要するに原判決には事実誤認もなく又何ら所論のような違法もないから論旨はすべて理由がない。